★のんの★の悪性リンパ腫(ホジキン病)体験記

ABVD療法6クール+放射線治療50グレイで寛解。2012年に完全寛解、2017年に再発しました。

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外科手術による生検

12月5日、外科手術による生検をしました。

前夜21時までは食事は普通通りでOK、水分は当日朝6時まで、浣腸を前夜19時と当日朝7時にしました。
手術が終わったら、ナースステーションに近い個室の病室で過ごすことになっているので、部屋の荷物をまとめていると、8時半前に夫と息子が来ました。
(家族の付き添いは、8時半までに病院に来て下さいと言われていました。)

自宅からI病院までは、渋滞があると車で1時間位掛かることがあるので、夫が、7時半までに息子を保育所に預けてくる時間的な余裕がないということで、息子も病院まで連れて来ました。
私の両親がI病院から車で10分位の所に住んでいるので、この日は両親に息子を預けるつもりでした。
上の子(娘)は、いつも通り中学校へ行きました。

手術着に着替え、血栓防止の医療用のハイソックスを履くと、9時に手術室へ案内されました。
手術室の前で、夫が私に「頑張れ。」と言い、息子が手を振ったので、私も、「うん。頑張るよ。」と答えて手を振りながら、手術室に入りました。夫と息子は、その後控室に行ったようです。
手術室エリアに入ると、私を担当する看護師さんが一人一人挨拶して下さいました。私も、「お世話になります。よろしくお願いします。」と頭を下げました。

2番の手術室に案内され、入ると、20畳以上の広い銀色の部屋の真ん中に幅の狭いベッドがありました。
裸眼だったので(裸眼だと、視力は0.1無い位です。普段はコンタクトですが、病院では眼鏡を使っていました。眼鏡は、手術室前で夫に預けました。)、ぼんやりとしか見えませんでしたが、銀色の壁とか銀色の機器が沢山あって、「THE 手術室」という雰囲気でした(笑)
部屋には、元気のいい洋楽がガンガン掛かっていました。
先生方の趣味なのかなと思ったら、やはりそうだとのことでした。(術後に看護師さんに教えてもらいました。)
部屋には、外科の先生3人と麻酔科の先生、男性の看護師さん3人の計7人いました。

手術室のベッドの上に横になると、前日にお会いした麻酔科の医師が、まずは点滴のルートを取る(点滴の針を刺すこと)ことになりました。
今日の手術は、全身麻酔で行います。

麻酔科の先生は笑顔を絶やさず優しそうな方なのですが、少々変わっているような気がします(^^;)
前日に麻酔の説明があった際にお会いした時も、「私の血管は細いようで、ルートを取りづらいと以前はよく言われました。」と話すと、それでは腕を見せてごらんということになったのですが、腕を見る時に先生が擬音を言うのです。
私の腕を触りながら、「どしゃ〜」とか何とか、そんなような感じのことを言っていました(^^;)
手術室でも、ルートを取る時に一度だけ何かの擬音を言っていました。

そして、ルートは3回目で成功というのが過去の最多記録でしたが、この日は6回目でようやくルートが取れました。記録の更新です(悲)
ルートを取り終わると、横向きになって背中を丸めるような姿勢になり、まずは背中に麻酔を注射して(かなり痛かったです・・・)、それから痛み止めの薬剤を注入する為の管を背中に入れるのですが、麻酔科の先生が「うーん。うーん。」と言いながら管を入れる作業をしているので、ちゃんと入るのかなと少々不安になりました(^^;)

背中に無事に痛み止めの管が入ったので、また仰向けになり、酸素マスクを付けると、急に気持ち悪くなって頭がフラフラするような感じになりました。
「急に、フラフラしてきました。」と訴えると、「薬を入れたから、それで大丈夫ですよ。」との返事があり、十数秒程気持ち悪さに耐えていましたが、「そろそろ、麻酔を入れますね。」と言われた後は、もう記憶がありません。

目が覚めると、私は病室のベッドの上で、夫が隣りに座っていました。
痛みは全く感じないのですが、兎に角眠かったです。
時計を見ると、13時半でした。
この時、夫や看護師さんと何か話したのかもしれませんが、兎に角眠くて、よく覚えていません(^^;)
夫と会話するのも、眠気との闘いでした。

少し喋っては眠る・・・を繰り返していると、何時頃だったでしょうか。私の左腕が、何故か動かないことに気が付きました。
肘より上を何とか上方向に動かすことは出来るのですが、下におろすことが出来ず、そして手首よりも先が全く動きません。手の指がぴくりとも動かないのです(悲)
左手はびりびりと痺れていて、夫に腕や手を触られても、触られている感覚もありませんでした。
心配になって、外科の先生に尋ねましたが、今回の手術では神経は触っていないので、術中同じ姿勢でいた為に痺れてしまったのでしょう、じきに治りますということでした。

夫には、この日、17時前には家に帰ってもらいました。

夫が帰宅した後も、看護師さんが何度か、殆ど寝ている状態の私の脇の下に体温計をさしては体温を測ったり、血中酸素濃度を測っていったような気がしますが、よく覚えていません。

術後の私の身体には、酸素が出てくる管が鼻に入っていて、心電図が付けられ、背中には痛み止めの管、左の脇腹には直径1センチの太さの管が体の中から出ていました。それから、右腕に点滴と、右手の人差し指には脈拍か何かの測定器が付けられ、この日はベッドで絶対安静でお手洗いに行けない為、尿管が入っていました。

生検の傷痕は7センチで、肋骨は4センチ位切除したそうです。

後日、夫に当日の様子を聞いてみたら、11時には組織が取り終わり、その後縫合等をして、1時間程麻酔が切れるのを待った後、病室に戻ったのが12時40分位だったとのことでした。

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