★のんの★の悪性リンパ腫(ホジキン病)体験記

2006年に発症し、ABVD療法6クール+放射線治療50グレイで寛解。2017年に再発し、2018年7月から治療開始。

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術後

12月6日に日付が変わる夜中の0時頃になると、ようやく麻酔が切れてきたようで、これまでは眠くて仕方がなかったのに、今度は逆に眠れなくなってしまい、それでも時折うとうとして過ごしました。

外科手術した患者は皆、手術の翌日から血栓予防の為に身体を動かすことになっているので、6日の朝になると、まずは電動ベッドを動かして体を起こしてみましたが、身体を動かす度に気持ちが悪くなります。
朝になっても、前日に動かなかった左手は浮腫みが更にひどくなっていて、びりびりと痺れて、動きませんでした。
ベッドに座った姿勢をキープしようと、2時間位、その姿勢のままうとうとしたりしながら過ごしていたのですが、その姿勢が良かったのか何なのか、11時過ぎに目が覚めると、これまで全く動かなかった左腕が突然動くようになりました(驚)
手の浮腫みもなくなっていました。

その後、酸素チューブや心電図、脈拍を計測する機器を私の身体から外して、看護師さんとお手洗いまで歩いてみようということになったのですが、立ち上がると気持ちが悪くなり、吐いてしまいました。
吐き気は、背中から入れている痛み止めの薬剤のせいだろうということでした。
術後に目が覚めてから、全くと言っていい程痛みを感じなかったのは、この背中の痛み止めのおかげでした。
この痛み止めがないと痛いのだろうなぁと数十秒程悩みましたが、嘔吐する程の吐き気があるといつまで経っても歩けないので仕方がありません。
あと2日は、この痛み止めを注入する為の管を背中に入れたままにする予定だったのですが、急きょ抜くことにしました。
抜いて1時間もすると、早速外科手術した箇所と管が入っている脇腹が痛み始めました(悲)

レントゲン撮影で経過が順調だったので、脇腹から出ている管が午後に抜けることになりました。
この管は体内の出血等を外に出す為のもので、直径1センチ位の太さで、脇腹から体の上方に向かって20センチ位の長さが身体の中に入っているとのことでした。
また、管が入っているところは、身体の中に縦に切り込みを入れているとのことでした。
管を抜くまでは、この脇腹が一番痛かったです。
でも、抜いたらかなり楽になりました。
お手洗いまで頑張って歩くことが出来たので、尿管も外してもらい、これで管は右手の点滴だけになりました。

背中の痛み止めが無くなってしまったので、痛み止めのロキソプロフェン錠を服用しました。
おそらく術後の翌日ということもあって、身体を動かさなければそこまでは痛くありませんでした。
身体を動かしたとしても、陣痛や血管痛の方が痛かったので、我慢出来ない痛みではありませんでした。

外科手術した当日は、私は眠ってばかりいたので発熱したのかどうか知りませんが、翌日の6日は、一日中微熱(37度代)がありました。
点滴で、抗生剤も投与されました。

食事は本当でしたら6日の昼食からだったのですが、私が嘔吐してしまった為、看護師さんが「食事は無理そう」と判断して無くなってしまい、夕飯からとなりました。
背中の痛み止めが無くなったら吐き気が治まったし、お腹も空いていたので、私は昼食を食べる気満々で、「いつ昼食が届くのかな」と病室で楽しみに待っていたのに、食事が無くなったと知った時は少々悲しかったです(^^;)
お見舞いに来てくれていた夫にゼリーを買って来てもらって、食べました。
夕食を完食すると、栄養の為の点滴も無くなりました。

12月7日、朝起きると、身体が前日よりも痛くなっていました。
背中の左側から左肩、左腕に掛けて、術中の姿勢のせいでどうも筋肉痛になっているようでした。
翌日ではなく、翌々日に筋肉痛になるとは・・・・トシを感じます(^^;)

入院時から気にしていたお風呂ですが、入らなくても痛みで気になりませんでしたが(笑)、この日、先生に尋ねてみるとシャワーを浴びていいとのことだったので、3日振りにシャワーを浴びることが出来ました。

抗生剤の点滴はこの日が最後で、夜になると、ようやく右手の点滴も外れて、身体についていた管は全て無くなりました(^^)

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