★のんの★の悪性リンパ腫(ホジキン病)体験記

2006年に発症し、ABVD療法6クール+放射線治療50グレイで寛解。2017年に再発しましたが、未治療で経過観察中。

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経過観察になりました

2018年2月15日、夫と一緒にG病院へ行きました。
血液検査と造影剤入りのCTスキャンを撮影し、その後、診察を受けました。
どのような治療を勧められるのかと少々落ち着かない気分で向かいましたが、T先生からは「経過観察」を勧められました。
理由は、自家移植はリスクが大きいので、癌が大人しい状態でする必要はないのではということでした。

I病院から借りた組織をG病院でも検査した結果、やはり私はホジキンリンパ腫で間違いないとのことでした。
ですが、一般的なホジキンリンパ腫と比べて、私の組織の中は殆ど繊維質ばかりでホジキン細胞(癌細胞)がかなり少ないこと、またCD30という分子の陽性反応があるけれども反応が少ないこと等を説明されました。(ホジキンリンパ腫は、CD30が必ず陽性になるとのことです。)

今までI病院やA病院では、私の腫瘍の状態を敢えて尋ねないと教えてもらえなかったのと、敢えて尋ねても「大きくなっています」「小さくなりました」等と言われるだけだったり、一度、I病院で大きさを尋ねた時に「何センチかなんて分からない。知ってどうするの?」と言われた事もあってそれ以上聞けない雰囲気だったので、詳しく知らなかったのですが、私の腫瘍は、昨年4月と昨日のCTスキャンの画像を比べると、大きさは殆ど変わっていないとのことでした。
(先月、A病院のO先生に、縦隔の腫瘍の大きさを尋ねた時は、「4月と比べて、結構大きくなってますねぇ」と言われたので、自分は、てっきり腫瘍は大きくなっているという認識でいました(^^;))
また、私が体調に異変を感じたのは約一年前でしたが、私の進行具合から考えると、おそらくもっと前から発病していたのではないかということでした。

T先生は、私の肺の中葉にある影は、悪性リンパ腫の腫瘍ではなく、放射線療法の後遺症(炎症等)だと考えていて、確かにその証拠(?)に、4月時と見比べると昨日のCTでは影の位置が微妙にずれていたりしていました。
T先生の説明では、私の腫瘍は、外科手術で生検した箇所とその少し上の部分に一カ所、縦隔部分の計3か所になるのですが、生検した所は取りきってしまったのか、生検後CT上では腫瘍は消えてしまったので、現在、腫瘍は全部で2カ所だけになります。
その2カ所の腫瘍の大きさは、1センチ×1センチと2センチ×1センチ(両方とも縦×横の大きさで、高さは分かりません)だとのことでした。
そんなに小さかったのかと、驚きました。
また、12月にI病院で、肺の中葉にある影を外科手術しなくて、本当に良かったと思いました(^^;)
もし肺の中葉部分を生検したら、悪性リンパ腫だと分からないところでした。

ホジキンリンパ腫の再発で「経過観察」するのは一般的ではないと、T先生もおっしゃっていましたが、私もネットで検索した限りでは見たことがなかったので、経過観察との言葉を聞いた時は、「えー、本当にそれでいいの?」と混乱してしまいました(汗)

T先生は、低悪性度のリンパ腫のような感じで考えているのだろうかと思い、「進行が遅いということは、抗がん剤治療が効きにくいということでしょうか。」と尋ねてみましたが、「分かりません。」との回答でした。
先生も見たことがない程、進行が遅いホジキンだから、確かに分からないだろうなぁと思いました(^^;)
でも、T先生は、「その心配はあります。」ともおっしゃっていました。

「もし、のんのさんが何らかの治療をしたいということであれば」ということで、T先生から、分子標的薬「アドセトリス」を単独投与する説明がありました。
アドセトリスとは、CD30を目印にがん細胞とくっついてがん細胞の中に取り込まれ、取り込まれたアドセトリスががん細胞の増殖を阻止する薬剤を放ち、がん細胞を消滅させるというものです。
CD30だけを目印として作用する為、従来の化学療法と比べると正常細胞の攻撃が少ないとのことでした。
また、アドセトリスは投与回数が有限であるとのこと(癌細胞に免疫がついて薬の効果がなくなってしまう為)、アドセトリス単独療法で寛解に至る確率は50%位だとのことでした。
(アドセトリスは2014年に承認されたばかりなので、データが多くないということでした。)

投与回数が無限でないのならば、がんが大人しい今使用するのは勿体ないような気がするし、また、私の組織検査の結果ではCD30の陽性反応が弱いということだったので、今使ったとしても効果が少ないかもしれないと思い、今は治療しないことを選択しました。

T先生に、「先生が、私が治療した方がいいと判断される時は、どのような状態になった時でしょうか。」と尋ねると、「腫瘍が大きくなったり、他の場所に転移した時です。」とのことでした。

確かに癌細胞が活発になった時の方が、抗がん剤がよく効くような気がします。

咳とか肺の調子が良くないのは、放射線療法の後遺症で常に肺炎等になっているのが理由らしいので、これは悪性リンパ腫の治療をしても治らないし、身体が痒いのは嫌ですが、我慢することにします(^^;)

次は2カ月後に、CTスキャン(造影剤無し)を撮影して経過を見ます。

このままホジキン細胞が大人しくしてくれて、治療しないまま寿命をまっとう出来たらいいなと思います(^^;)

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治療方針はまだ未定

2018年2月2日の昨日、G病院に行きました。

夫も一緒に診察に行く予定だったのですが、昨日の朝5時に突然息子(下の子)が布団の上で嘔吐し、その2時間半後に下痢をしたので、小児科に連れて行ったりと、急きょ夫が息子の面倒を見ることになったので、私一人で診察に向かいました。
昨日は朝から、汚染された毛布、シーツやベッドパット、布団カバー等を洗濯するのに、大忙しでした。
それにしても、上の子も下の子も胃腸炎になると、まず最初に一回だけ嘔吐するのですが、その場所が毎回夜中(若しくは、朝方)で布団の中なのは何故なのでしょう?たまには、日中、部屋の中等洗いやすい場所で嘔吐して欲しいものです(^^;)

昨日の診察では、治療方針の具体的な説明がある予定だったのですが、残念ながら、15日に延期となりました。
I病院から借りた組織が一昨日届いたばかりで、G病院での組織検査が終わっていないのが一番の理由だと思いますが、
T先生は、今回、私のCTスキャンの画像をじっくり確認したようで、昨年4月にA病院で撮った画像と12月にI病院で撮った画像では、腫瘍が殆ど大きくなっていないことに驚いていました。
ホジキンでこのようにゆっくり進行するのは見たことがないと言っていました(^^;)
私は、「ですが、少し大きくなっていると言われました。」と答えましたが、先生曰く、この「少し大きく」は小さい差であるとのことでした。
「実は、私も進行が遅いので、組織検査の結果を聞くまでは、低悪性度のタイプに変わったのかと思っていました。組織検査の結果がホジキンだと聞いて、驚きました。」と言うと、T先生も同じ意見らしく、「そうなんです。これは低悪性度と同じ位の進行に思えます。でも、A病院の組織検査の結果の画像を見ると、ホジキンですよねぇ。」と言いました。

T先生は、「こんなに進行が遅いのであれば、リスクのある自家移植をする必要があるのか少し検討させていただけませんか」と言いました。
また、「もしかしたら、自家移植はしないで、分子標的薬だけ使ってみるという選択もあるかもしれません。」とも言いました。

診察時はこの言葉を聞いて、自家移植しなくて済むかもしれないと嬉しくなりましたが、低悪性度のリンパ腫の治療で分子標的薬(リツキシマブ)のみを使う方法はあるようですが、ホジキンの治療で分子標的薬の単独療法というのは、帰宅後ネットで検索しても出てきませんでした。

まだ治療法がどうなるのかは未定ですが、もし分子標的薬の単独療法になるようでしたら、それで寛解に至ることが可能なのか先生に尋ねてみようと思います。

私の体調ですが、咳が少し出るのと(肋骨の軟骨を骨折した時と比べたら、全然大した咳ではありません。)、息を吸うと肺に圧迫感のような違和感を感じることと、背中に軽い痛みとたまに肺に痛みを感じることと、身体の痒みです。
この症状の中で一番困っているのが、身体の痒みです。
日によって強弱がありますが、強い時は日中は身体を掻きむしり、夜はなかなか寝られず、夜中も何度か目が覚めるので、寝不足になります。
この痒みは発疹等は一切ないのですが、兎に角全身が痒いのです。耳の中まで痒くなるので、その時は耳かきでかいています(^^;)
初発の時は、抗がん剤治療を始めた途端に痒みがなくなりました。
今回は昨年2月から痒くなったので、もう一年経ったことになります。

次の診察は、2月15日です。


この記事を書いた後、ホジキンなのに進行が遅いとかなかなか治療にいかないこと等、我ながら記事内容が嘘くさいというか、信ぴょう性が感じられないと思ったので(^^;)、再発関連の記事が事実であることを証明する為に画像を追加させていただきます。

PET検査報告書↓
イメージ 1


I病院の外科手術で取った組織↓
イメージ 3


A病院の組織検査の結果↓
「総合所見」欄一行目から五行目の(最終報告)までの文章と「表面マーカー検査」・「染色体検査」・「追加検査」欄の記述は、12月5日にA病院へ持って行った分の組織の事が書かれています。
「総合所見」欄六行目の(追加報告)(院内標本10本を確認いたしました。)以降の文章が、I病院で借りた組織の検査結果になります。
イメージ 2

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転院

2018年1月26日、初発時に放射線療法を行ったG病院に転院する為、初診に行きました。
(A病院では放射線療法の機器がない為、当時放射線療法は他院でしました。)
私は先に病院に到着して受付を終え、仕事の都合で診察の予約時間ぎりぎりにやって来た夫と合流しました。
紹介状に同封していたA病院のCTスキャンの画像等が入ったCDのデータは、G病院の専門の部署で入れるそうなのですが、そのデータがまだ入っていないということでなかなか呼ばれず、診察室に入ったのは、予約した時間の約1時間半後でした。

診察室に入ると、血液内科のT先生が対応して下さいました。
T先生は、悪性リンパ腫の知識が豊富そうで、説明も分かりやすく、とても優しそうな医師でした。

ホジキンリンパ腫の再発治療は、G病院では、救援化学療法として
VIP療法(エトポシド+イホスファミド+シスプラチン)
を選ぶことが多いとのことでした。
救援化学療法は、ESHAP療法(エトポシド+シタラビン+シスプラチン+ステロイド)が広く使われているらしいのですが、VIP療法の方が、強めの抗がん剤だとのことでした。
更に、VIP療法に併用して、ブレンツキシマブ・ベドチン(アドセトリス)という分子標的薬も使うとのことです。

VIP療法は5日間点滴して、3〜4週間に一度で1コース、これを計3コース行って、3コース目の血球回復期に自家抹消血幹細胞を採取して凍結保存し、大量化学療法後に、自家抹消血幹細胞を解凍して輸注するという説明でした。

G病院では、多くの悪性リンパ腫の患者さんを診ているとこのとでした。
T先生は、この日、紹介状の内容で私がホジキンの再発患者と初めて知ったのに、すぐに治療方法を説明出来る知識を持っていることが、本当に頼もしく思えました。
A病院の血液内科には、ホジキン病再発の疑いで11月から診察を受けていましたが、1月18日に型が確定した時も治療法のはっきりとした説明がありませんでした。
O先生からは分子標的薬を使うことと自家移植をすることは話がありましたが、自家移植前にどのような抗がん剤を使うのか、何コースなのか、どの位の期間になるのかは、質問してもはっきりとした回答がありませんでした。
O先生は、ホジキンの再発患者は私が初めてだと言っていましたが、それでも、計5回の受診の間に私の治療法を調べたり考えたりしなかったO先生の私への治療意欲の低さに、かなりがっかりしたというか、傷つきました(^^;)

今回の体調不良でA病院で初めて診察を受けてから9カ月経過しているので、不安に思っていることを、T先生に尋ねてみたところ、「腫瘍の大きくなるスピードがそんなに早くないので、大丈夫です。」との返事でした。

もしかしたら実際は多少は寛解率に影響があるのかもしれませんが(疑い深くて、すみません。)、それでも、悪性リンパ腫の症例を数多く知っている医師のこの言葉を聞いただけで、心の底からほっとしました。
この言葉を聞いたら、安堵の余り勝手に涙が溢れてしまい、慌てて鞄の中にあるハンカチを探しました(^^;)
T先生は、この時、側にあったティッシュの箱を差し出して下さいました。本当に、優しいです。
今度の主治医になる先生は優しい先生だと思ったら、今後は診察の度に医師の言動に傷つくことがないのだと、嬉しくて、また涙が出てしまいました(汗)

G病院でも私の組織を見たいということで、I病院で組織を借りて確認することになりました。
次の診察は、2月2日です。
この時に、入院日等もっと詳しい説明があるかもしれません。

今回、再発治療の話を聞いて、分子標的薬以外は、基本的には10年前(寛解後1年の検査で再発の可能性があると言われた時)に聞いた治療と同じなのかなと思いました。(ESHAP療法は、10年前にもありました。)
でも、10年前と比べて今は、分子標的薬があるのと、当時は聞かなかったVIP療法というもので効果があがるのではと思うと、心強いです。

10年前の再発治療については、こちら↓をご参照ください。
2008年5月31日の記事「セカンドオピニオン」
https://blogs.yahoo.co.jp/mimi_nonno98/9734153.html

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型の判明

2018年1月18日、ようやく組織検査の結果が出ました。
結果は、「古典的ホジキン結節硬化型悪性リンパ腫」でした。

前回の記事から日にちが空いてしまいましたが、理由は、私が落ち込んだからです(^^;)
この曖昧な状態がまだ続くのかと思ったら、検査結果が出た今よりも、随分と落ち込みました。
クリスマスイブ辺りが落ち込みのピークでしたが、これではいけないと思い、クリスマス以降は病気のことは敢えて考えないようにして過ごしていました。

2017年12月28日、外科手術を行ったI病院のS先生が肺の影の経過を見たいということで、I病院でCTスキャンを撮影したところ、小さくなっていた肺の中葉にある影がまた大きくなっていることが分かりました。
(この影は、I病院の呼吸器外科のS先生は「肺炎でしょう」と言っていましたが、A病院の血液内科のO先生は、リンパ腫の腫瘍と考えているようです。)


2017年2月から感じていた身体の痒みは、何故か10月頃から少しづつ軽くなってきていて、12月に入ると然程痒くなかったのですが、12月20日から何故かまた段々痒みが強くなってきました。
もしかしたら精神的なものかもしれないと思っていましたが、CTスキャンの結果を聞いて、肺の腫瘍が大きくなっているから痒いのかもしれないと思いました。
年が明けてからの肌の痒みはもの凄く、昨年は9月が一番痒かったのですが、その時と同等の酷い痒みで、内出血したり血が出る位掻いてしまい、夜もなかなか寝付けず、夜中に痒くて起きることもしばしばです。
治まっていた咳も、年が明けてからまた出るようになりました。

2018年1月4日、A病院に夫と一緒に検査結果を聞きに行きましたが、結果は「悪性リンパ腫の細胞は認められませんでした。」という内容でした。
外科手術で取った組織は、I病院とA病院で半分に割ってそれぞれの病院で検査したのですが、たまたまA病院が持っている組織には癌細胞が含まれていなかったのだろうということで、I病院が所持している組織を借りて、再度A病院が検査に出すことになり、18日にようやくその結果が出ました。

低悪性度の型に変わっているのだと思っていましたが、ホジキンでした。
ホジキンだと月単位で病気が進行していくというのに、今回の体調不良で初めてA病院に行ったのは昨年4月だったので、もう9ヵ月が経過しています。

18日は、夫が仕事で一緒に診察に行けなかったので私一人で結果を聞いたのですが、帰り道、車を運転しながら、思わず、「神様。私は、まだ間に合いますか?」と独り言を言ってしまいました。
そう言ったら、急に悲しくなってきて、涙がこぼれました。

A病院で初めて治療を受けた時の主治医だったU先生は、とても信頼の出来る先生でしたが、今回の体調不良で、昨年4月以降のA病院の医師の対応は、私にとって信頼できるものではありませんでした。
U先生は、今はA病院にはいません。
11月に血液内科を受診するまでは、血液内科の医師が良い先生ならば、このままA病院で治療しようと考えていました。
ですが、残念ですが、そう思えませんでした。

I病院で外科手術で取った組織はその日の内にA病院へ運ばなければならなかったのですが、11月に受診した際、血液内科のO先生が「御主人が、組織を当院に持って来て下さい」と言うので、私と夫はそのつもりでいましたが、I病院の診察で、S先生がその話を知らない様子だったので、「O先生は、夫が運んでくださいと言っていました。」と伝えると、S先生が「ご家族とはいえ、病院の関係者以外の人が運ぶのは良くない」と言うので、次の診察で、血液内科のO先生にその事を伝えると「何故、家族が運んだらいけないんですかね。それならば、病院関係者が運ぶのだって良くないじゃないですか。」と私に向かってムッとしながら言ったり(この時、「組織は御主人が運ぶのですよね」とO先生に念押しされたので、話しました。私としては、患者を通じて話すのではなく、医師同士でやり取りして欲しかったです。)、初めての診察では、「忙しくて、まだ過去のCT画像(昨年4月と5月のもの)を見ていないから、分からない」とムッとしながら言ったり、でも、過去のCT画像を見ていなくて、私の腫瘍の中に大きくなるスピードが異なるものがあることをまだ承知していなかった段階で、外科手術で組織を取る腫瘍を既に指定していた事や(適当に指定したように思えてしまいました・・・)、I病院の入院直前にO先生の診察に行った際、O先生は「I病院のS先生に連絡しないといけないですね。」と言っていたのに、結局S先生には一度も連絡を取らなかったこと等々、O先生の言動を見ていると、どうしても信頼できませんでした。

18日の診察の際、O先生は「ホジキンの再発患者をみるのは、のんのさんが初めてです。ホジキンは皆、初発で治ってしまうので。」と言いました。
A病院の血液内科は白血病の患者さんが多く、悪性リンパ腫の患者は少ないということでした。
また、「再発の場合、標準治療はありません。」とも言いました。

今回の診察でも組織検査の結果が出ないような悪い予感がしていて、結果が出たらO先生に何を尋ねるのか等を全く考えていなかった私は、先生が信頼できないという点が引っ掛かっていて先月から転院の事は頭にあったのですが、いきなり転院したいとは言いづらく、取り敢えず「セカンドオピニオンに行ってもいいでしょうか。」とO先生に尋ねました。
O先生は少々嫌そうな表情をしましたが、「いいですよ。」と言いました。
セカンドオピニオンは、初発の時に放射線療法をしたG病院を希望し、O先生がG病院にその場で電話して、26日に予約を取って下さいました。

診察が終わると、夫に電話して結果を伝えました。
更に、O先生はホジキンの再発患者が初めてだと言ったこと、標準治療がないのならば、やはり自分は悪性リンパ腫の症例を多く扱っている病院で治療を受けたいこと、だからセカンドオピニオンに行った後、O先生にG病院への転院を話すつもりだと話すと、夫は、「それだと治療まで時間が掛かってしまうので、今日、O先生に転院したいと言った方がいい」と言いました。
確かに、セカンドオピニオン(1月26日)→O先生の診察(2月1日)→転院となると半月は遅くなってしまうと思い、内科受付のスタッフに、セカンドオピニオンではなく転院したい旨を話すと、もう一度、O先生の診察室に案内されました。

O先生に、「夫と電話で話し合いまして、悪性リンパ腫を多く扱っているG病院に転院したいと思います」と申し出ました。
O先生が紹介状を書くのに一週間掛かるとのことで、G病院の診察は1月26日になりました。
(O先生が、再度G病院に電話して下さいました。)

O先生が「G病院は、移植をやっていないんじゃないかなぁ。」と言ったので、私が驚いて、「え?そうなんですか?」とO先生に尋ねましたが、O先生からの返事はありませんでした。
G病院のHPには過去の治療実績を載せていて、悪性リンパ腫の患者さんを多く対応していると事前に調べてはいたのですが、心配になり、帰宅してからもう一度HPを見ると、移植はやっていたのでほっとしました。
G病院は、A病院から車で10分位離れた所にある大きな病院で、O先生は移植をやっていることを知っているのに、敢えて「やっていない」と言ったように思います。転院を申し出た時、不愉快そうな様子でしたから。
(やはり医師からすると、患者が転院を希望する事自体が嫌なのかもしれませんね・・・。)

でも、正直な気持ちなのですが、医者は、何故このような事を言うのでしょうか。
昨年4〜6月に私を担当した内科医は、CTスキャンを2回撮影しても肺の影の大きさが変わらず、放射線療法の傷跡のようなものだという診断だったので、大したことではなかったと考えたからだとは思いますが、「当院に気軽に来ないでください。」と言いました。
ですが、今まで、治療の影響で背中が痛かったり、肺が癒着して肺活量が基準値以下になってしまい人間ドッグの結果が要診察になったので、近所の総合病院に何度か行きましたが、「悪性リンパ腫の治療の後遺症の事は、よく分かりません。治療した病院に行った方がいいですよ。」と言われる事が多いのです。患者は、どうすればいいのでしょうか。

I病院の呼吸器外科のS先生には、初めて夫が付き添いで一緒に診察に来た時、夫が病気の事や外科手術の事を色々細かく質問したら(確かに、妻の私から見ても、細かいなとは思いました・・・)、何故か夫ではなく、何も言っていない私の顔を見ながら「のんのさんと御主人は、医者を振り回すタイプの患者ですね。」とムッとしながら言われた事があります。
男性には直接言いにくいので、女性の私に向かって言ったのでしょうか。
それまでS先生の事を良い先生だと思っていただけに、この一言は本当にショックでした。
この日、帰宅してから思わず泣いてしまった私に、夫は「ごめん。俺が色々質問したから。」と私に謝っていました。

医者から言われる度に、傷つきます。
それでなくても、自分の病気の事で精神を消耗しているのに、医者からの言葉で更に消耗します。
I病院のS先生に「医者を振り回すタイプの患者」と言われてからは、医者が不機嫌にならないように特に気を使って話しました。疲れました。
血液内科のO先生が、「何故、(A病院に組織を運ぶのを)家族がやってはいけない」とムッとしている時も、「夫は運ぶつもりでいるのですが」と何度か繰り返し言って、決して私達夫婦の意見ではないことをアピールしたりもしました。(結局、組織を運んだのはI病院のS先生でした。)
S先生は、「医者のプライドが」等と言っていましたが、私と夫が医者を馬鹿にしたような態度を取った訳でもないのに、S先生もO先生も何故ムッとするのかが私には理解出来ません。
O先生は、18日も含めると、計5回の診察の内4回はムッとしていました。
こうして思い返してみると、自分は気を使ったつもりでしたが、結局O先生はムッとしていたので、意味がなかったですね・・・

転院先のG病院では、良い先生に出会えるよう祈るばかりです。

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12月18日、I病院に行き脇腹の傷(今までの記事で脇腹と書いていましたが、じっくり見てみたら、脇腹よりやや上の位置に傷がありました。)の抜糸をしました。
この時に、I病院内の病理の検査結果を聞いたところ、「悪性リンパ腫古典的ホジキン結節硬化型」、つまり前回と同じ型だという結果でした。
以前と同じ型にしては腫瘍の進行速度が遅いので、呼吸器外科のS先生に質問してみましたが、「悪性リンパ腫の診断は特殊で、専門的な知識が必要だし、病理を担当する医師の経験にもよる」というような回答でした。
また、当初問題視していた肺の中葉にあったCT上の影は、今月1日に撮影したCTではかなり小さくなっていたので、S先生は「きっと、ここの部分は肺炎だったのでしょう。」と言いました。
PET検査で、肋骨に陽性反応があったのは、8月末に咳のし過ぎで肋骨の軟骨を骨折したことがあるので、そのせいで反応があったのでしょうとのことでした。

これら2カ所を除くと、PET検査で陽性反応があった場所は、縦隔にある初発の腫瘍があった部分(腫瘍の残りかすのようなものが残っている箇所)と、今回外科手術で組織を取った左胸の肺と肋骨の間にあった腫瘍(?)の2カ所になります。

12月21日、A病院の血液内科に検査結果を聞きに行きました。
I病院で取った組織は、半分にしてI病院とA病院のそれぞれで検査に出していて、A病院では、悪性リンパ腫の診断に強いという外部の検査機関にお願いしているとのことでした。
ここでの検査結果は、古典的ホジキン結節硬化型ではないとのことでした。
現時点では、「悪性リンパ腫である」との診断すら出ておらず、引き続き検査するので、来月4日にまた結果を聞きに来て下さいということになりました。

A病院の血液内科のO先生曰く、ホジキンの場合、腫瘍は炎症等腫瘍以外のものを巻き込んで大きくなるので、たまたまA病院で検査に出した組織が腫瘍以外の部分だった可能性があるとのことでした。

もしA病院の外部の検査機関が「悪性リンパ腫ではない」と診断した場合、I病院が保存している組織を借りて、もう一度検査に出すそうです。
組織はホルマリン漬けになっていて「生」ではないので、遺伝子レベルでの検査は出来ないそうですが、型の判断は可能だとのことです。

O先生にも、ホジキンにしては進行速度が遅いので、別の低悪性度の型に変わっているのではないでしょうかと尋ねてみましたが、再発で型が変わるのは余り例がないこと、ホジキンでも進行が遅いというのはなくはないというような回答でした。

再発かもしれないと思ってから随分と時間が掛かっているので、自分の病気のこと、私が入院中の子ども達の心配等をあれこれ考えるのに疲れてしまいました。

こんなに診断に時間が掛かるのは、「もしかしたら再発ではないからなのかもしれない」なんて、考えたりもしています。
もしかしたら、PET検査の陽性反応は何らかの炎症のせいで、実は全て偽陽性なのかもしれない・・・という結末だったらいいなぁ等と考えています。

今の私の体調ですが、咳は治まりました。
身体の痒みは、ピークだった9月に比べれば治まってきてはいますが、まだ痒みを感じます。
背中は痛みますが、先月よりもやや左寄りの箇所が痛むので、外科手術の影響のような気がします。
後は外科手術した傷口が痛む位です。

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