★のんの★の悪性リンパ腫(ホジキン病)体験記

ABVD療法6クール+放射線治療50グレイで寛解。2012年に完全寛解、2017年に再発しました。

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退院

12月10日、I病院を退院しました。

12月7日に、外科のU先生から「術後の経過がいいので、抜糸前には退院出来ますよ。のんのさんは、早く退院したいと言っていましたよね。」と言われました。
生検した箇所は消える糸(でしたっけ?忘れました(^^;))を使っているので、抜糸する必要はないのですが、脇腹に入れていた管を取った所も2〜3針縫いました。
ここについては、縫ってから1週間以降に抜糸することになっています。

先生の言葉を聞いて、「私、いつ、先生に早く退院したいと言ったかしら?」と疑問に思いましたが、おそらく手術前に外泊許可を取った時に、「下の子がまだ小さいので、一時帰宅をしてもいいでしょうか。」と先生に言ったことが、「家に帰りたい=早く退院したい」という意味になったのかなと思いました(^^;)

「もちろん、もう少し入院したいということだったら、急いで退院することもないですよ。」とも外科の先生はおっしゃって下さいましたが、入院する必要のない患者がいつまでも病院にいるのも申し訳ないので、最速で12月9日に退院可能ということでしたが、一日遅らせて10日に退院しました。

一日遅らせた理由は、ただ一つ。
「帰宅したら、のんびり出来ない」からです(^^;)

「退院後は、どんどん動いて下さい!」と外科の先生達からも看護師さんからも言われましたが、手術から数日経った今も痛むんです(悲)
手術すると、そこから若干離れた位置に神経痛とかで痛む人がいると、外科の先生がおっしゃっていましたが、脇腹の傷の少し離れた箇所が体の中から痛むのです。もちろん傷口も痛むし、背中も痛みます。
我慢出来ない痛みではありませんが、どんどん動く!という気は失せる程度の痛みではあります。

もちろん身体の為ですから動きますが、でもまだ精力的に動きたくないというのが本音です。
なので、昨日は、退院して帰宅後、「今日は、家事をしない」宣言を家族にしました(^^;)
すると、中学生の娘が肉じゃがを、夫がお味噌汁と冷ややっこを作ってくれました。(プラス前日の残りのサラダ(夫作))
嬉しかったです。

私が入院していた間は、夫と子ども達の食事は、朝はパン食、夜は私が作り置きして凍らせておいたハンバーグやミートソースを解凍して食べたり、手術した当日は下の子を預かってくれた私の両親が、私の自宅に来て、おでんを作ってくれたそうです。
入院中に外泊した日は、私が夕飯を作り、翌日の分も夕飯を作ってから病院に戻りました。

今朝は、夫が夕飯に味噌ラーメンを作ると言っていましたが、今までのんびり出来たので、これから夕飯を作ろうと思います。他の家事もしなくては!(^^)




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術後

12月6日に日付が変わる夜中の0時頃になると、ようやく麻酔が切れてきたようで、これまでは眠くて仕方がなかったのに、今度は逆に眠れなくなってしまい、それでも時折うとうとして過ごしました。

外科手術した患者は皆、手術の翌日から血栓予防の為に身体を動かすことになっているので、6日の朝になると、まずは電動ベッドを動かして体を起こしてみましたが、身体を動かす度に気持ちが悪くなります。
朝になっても、前日に動かなかった左手は浮腫みが更にひどくなっていて、びりびりと痺れて、動きませんでした。
ベッドに座った姿勢をキープしようと、2時間位、その姿勢のままうとうとしたりしながら過ごしていたのですが、その姿勢が良かったのか何なのか、11時過ぎに目が覚めると、これまで全く動かなかった左腕が突然動くようになりました(驚)
手の浮腫みもなくなっていました。

その後、酸素チューブや心電図、脈拍を計測する機器を私の身体から外して、看護師さんとお手洗いまで歩いてみようということになったのですが、立ち上がると気持ちが悪くなり、吐いてしまいました。
吐き気は、背中から入れている痛み止めの薬剤のせいだろうということでした。
術後に目が覚めてから、全くと言っていい程痛みを感じなかったのは、この背中の痛み止めのおかげでした。
この痛み止めがないと痛いのだろうなぁと数十秒程悩みましたが、嘔吐する程の吐き気があるといつまで経っても歩けないので仕方がありません。
あと2日は、この痛み止めを注入する為の管を背中に入れたままにする予定だったのですが、急きょ抜くことにしました。
抜いて1時間もすると、早速外科手術した箇所と管が入っている脇腹が痛み始めました(悲)

レントゲン撮影で経過が順調だったので、脇腹から出ている管が午後に抜けることになりました。
この管は体内の出血等を外に出す為のもので、直径1センチ位の太さで、脇腹から体の上方に向かって20センチ位の長さが身体の中に入っているとのことでした。
また、管が入っているところは、身体の中に縦に切り込みを入れているとのことでした。
管を抜くまでは、この脇腹が一番痛かったです。
でも、抜いたらかなり楽になりました。
お手洗いまで頑張って歩くことが出来たので、尿管も外してもらい、これで管は右手の点滴だけになりました。

背中の痛み止めが無くなってしまったので、痛み止めのロキソプロフェン錠を服用しました。
おそらく術後の翌日ということもあって、身体を動かさなければそこまでは痛くありませんでした。
身体を動かしたとしても、陣痛や血管痛の方が痛かったので、我慢出来ない痛みではありませんでした。

外科手術した当日は、私は眠ってばかりいたので発熱したのかどうか知りませんが、翌日の6日は、一日中微熱(37度代)がありました。
点滴で、抗生剤も投与されました。

食事は本当でしたら6日の昼食からだったのですが、私が嘔吐してしまった為、看護師さんが「食事は無理そう」と判断して無くなってしまい、夕飯からとなりました。
背中の痛み止めが無くなったら吐き気が治まったし、お腹も空いていたので、私は昼食を食べる気満々で、「いつ昼食が届くのかな」と病室で楽しみに待っていたのに、食事が無くなったと知った時は少々悲しかったです(^^;)
お見舞いに来てくれていた夫にゼリーを買って来てもらって、食べました。
夕食を完食すると、栄養の為の点滴も無くなりました。

12月7日、朝起きると、身体が前日よりも痛くなっていました。
背中の左側から左肩、左腕に掛けて、術中の姿勢のせいでどうも筋肉痛になっているようでした。
翌日ではなく、翌々日に筋肉痛になるとは・・・・トシを感じます(^^;)

入院時から気にしていたお風呂ですが、入らなくても痛みで気になりませんでしたが(笑)、この日、先生に尋ねてみるとシャワーを浴びていいとのことだったので、3日振りにシャワーを浴びることが出来ました。

抗生剤の点滴はこの日が最後で、夜になると、ようやく右手の点滴も外れて、身体についていた管は全て無くなりました(^^)

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外科手術による生検

12月5日、外科手術による生検をしました。

前夜21時までは食事は普通通りでOK、水分は当日朝6時まで、浣腸を前夜19時と当日朝7時にしました。
手術が終わったら、ナースステーションに近い個室の病室で過ごすことになっているので、部屋の荷物をまとめていると、8時半前に夫と息子が来ました。
(家族の付き添いは、8時半までに病院に来て下さいと言われていました。)

自宅からI病院までは、渋滞があると車で1時間位掛かることがあるので、夫が、7時半までに息子を保育所に預けてくる時間的な余裕がないということで、息子も病院まで連れて来ました。
私の両親がI病院から車で10分位の所に住んでいるので、この日は両親に息子を預けるつもりでした。
上の子(娘)は、いつも通り中学校へ行きました。

手術着に着替え、血栓防止の医療用のハイソックスを履くと、9時に手術室へ案内されました。
手術室の前で、夫が私に「頑張れ。」と言い、息子が手を振ったので、私も、「うん。頑張るよ。」と答えて手を振りながら、手術室に入りました。夫と息子は、その後控室に行ったようです。
手術室エリアに入ると、私を担当する看護師さんが一人一人挨拶して下さいました。私も、「お世話になります。よろしくお願いします。」と頭を下げました。

2番の手術室に案内され、入ると、20畳以上の広い銀色の部屋の真ん中に幅の狭いベッドがありました。
裸眼だったので(裸眼だと、視力は0.1無い位です。普段はコンタクトですが、病院では眼鏡を使っていました。眼鏡は、手術室前で夫に預けました。)、ぼんやりとしか見えませんでしたが、銀色の壁とか銀色の機器が沢山あって、「THE 手術室」という雰囲気でした(笑)
部屋には、元気のいい洋楽がガンガン掛かっていました。
先生方の趣味なのかなと思ったら、やはりそうだとのことでした。(術後に看護師さんに教えてもらいました。)
部屋には、外科の先生3人と麻酔科の先生、男性の看護師さん3人の計7人いました。

手術室のベッドの上に横になると、前日にお会いした麻酔科の医師が、まずは点滴のルートを取る(点滴の針を刺すこと)ことになりました。
今日の手術は、全身麻酔で行います。

麻酔科の先生は笑顔を絶やさず優しそうな方なのですが、少々変わっているような気がします(^^;)
前日に麻酔の説明があった際にお会いした時も、「私の血管は細いようで、ルートを取りづらいと以前はよく言われました。」と話すと、それでは腕を見せてごらんということになったのですが、腕を見る時に先生が擬音を言うのです。
私の腕を触りながら、「どしゃ〜」とか何とか、そんなような感じのことを言っていました(^^;)
手術室でも、ルートを取る時に一度だけ何かの擬音を言っていました。

そして、ルートは3回目で成功というのが過去の最多記録でしたが、この日は6回目でようやくルートが取れました。記録の更新です(悲)
ルートを取り終わると、横向きになって背中を丸めるような姿勢になり、まずは背中に麻酔を注射して(かなり痛かったです・・・)、それから痛み止めの薬剤を注入する為の管を背中に入れるのですが、麻酔科の先生が「うーん。うーん。」と言いながら管を入れる作業をしているので、ちゃんと入るのかなと少々不安になりました(^^;)

背中に無事に痛み止めの管が入ったので、また仰向けになり、酸素マスクを付けると、急に気持ち悪くなって頭がフラフラするような感じになりました。
「急に、フラフラしてきました。」と訴えると、「薬を入れたから、それで大丈夫ですよ。」との返事があり、十数秒程気持ち悪さに耐えていましたが、「そろそろ、麻酔を入れますね。」と言われた後は、もう記憶がありません。

目が覚めると、私は病室のベッドの上で、夫が隣りに座っていました。
痛みは全く感じないのですが、兎に角眠かったです。
時計を見ると、13時半でした。
この時、夫や看護師さんと何か話したのかもしれませんが、兎に角眠くて、よく覚えていません(^^;)
夫と会話するのも、眠気との闘いでした。

少し喋っては眠る・・・を繰り返していると、何時頃だったでしょうか。私の左腕が、何故か動かないことに気が付きました。
肘より上を何とか上方向に動かすことは出来るのですが、下におろすことが出来ず、そして手首よりも先が全く動きません。手の指がぴくりとも動かないのです(悲)
左手はびりびりと痺れていて、夫に腕や手を触られても、触られている感覚もありませんでした。
心配になって、外科の先生に尋ねましたが、今回の手術では神経は触っていないので、術中同じ姿勢でいた為に痺れてしまったのでしょう、じきに治りますということでした。

夫には、この日、17時前には家に帰ってもらいました。

夫が帰宅した後も、看護師さんが何度か、殆ど寝ている状態の私の脇の下に体温計をさしては体温を測ったり、血中酸素濃度を測っていったような気がしますが、よく覚えていません。

術後の私の身体には、酸素が出てくる管が鼻に入っていて、心電図が付けられ、背中には痛み止めの管、左の脇腹には直径1センチの太さの管が体の中から出ていました。それから、右腕に点滴と、右手の人差し指には脈拍か何かの測定器が付けられ、この日はベッドで絶対安静でお手洗いに行けない為、尿管が入っていました。

生検の傷痕は7センチで、肋骨は4センチ位切除したそうです。

後日、夫に当日の様子を聞いてみたら、11時には組織が取り終わり、その後縫合等をして、1時間程麻酔が切れるのを待った後、病室に戻ったのが12時40分位だったとのことでした。

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今日の夕方、外科の先生が私の病室に来て、急きょ組織を取る腫瘍を変更する旨口頭で説明がありました。

今日、三人の外科の先生が検討したところ、当初目的としていた肺の中葉の腫瘍は若干小さくなっていたので、小さくなるのならば悪性ではないだろう、それならば、他の取りやすい場所の腫瘍の方がいいのではないかということになったそうです。

今度の目的の腫瘍は左胸の肺の外側にあるもので、肺に癒着していなければ、肺を切らなくても良くなるそうです。
突然決まったので、術後どのような感じになるのか分かりませんが、肺を切らないのでしたら、入院した日から、術前から練習するようにと呼吸の練習器(トライボール)や痰を出しやすくする装置(ネプライザー)を使っていましたが、術後はこれらをもう使わなくてもいいような気がするし、肺関係の合併症についても該当しなくなるのではないでしょうか。

ただやはり肋骨は一部(数センチ)切除するらしく、切った肋骨は元には戻さないそうです。
(外科の先生曰く、人間の肋骨は2本位無くなったとしても支障はなく、数センチ位の切除なんて何の問題もないそうです。)

肺を切らなければ、術後に体の中に管を入れてなくてもいいでしょうし、当初の計画よりも随分と軽く済みそうで、嬉しいです。

肺の中葉の腫瘍ですが、もしかしたら、今年の8月に急性副鼻腔炎になった時の点鼻薬のせいかもしれないなぁと思うことがあります。
リポイド肺炎の原因の一部に点鼻薬と書かれた記事を見たことがあるのですが、8月下旬から3週間程、夜寝る前に点鼻薬を使いました。
副鼻腔炎のせいで匂いも味もしなくなり、点鼻薬を鼻に垂らしても、薬が入った感覚もなかったので、一度に結構な量を使ったりもしたんですよね・・・
4月と5月は大きさが変わらなかったのに、9月に急に大きくなったのは、中葉にあった腫瘍の周りを取り囲むようにリポイド肺炎が出来たからかもしれません。

なんて、ただの素人の意見ですが(^^;)

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外科手術の説明

12月2日、外科医のY先生から手術の説明があり、夫と二人で聞きました。
私の外科手術を担当する医師は、外来診察でお会いしたS先生を含めて、3人の先生で対応するということでした。

予定術式は、開胸生検、肺部分切除術(腫瘍の一部を採取)。
切る場所は、前胸部右側を横一文字に8〜20センチ(手術の状況で切る長さが変わる)、肋骨を2本切る予定だそうです。
通常、私の箇所を手術する場合は、脇の下辺りを切って、肺を縮ませて、その隙間を利用して手術するらしいのですが、私は10年前の放射線療法の影響で肺が癒着していて、肺が縮まないだろうということでした。

また、もし目的の肺の中葉にある腫瘍が癒着等が原因で上手く取れなかった場合は、縦隔の腫瘍を取ることにする。
縦隔は、左右にある鎖骨の中央の下付近にあるので、切る場所は、前胸部で一文字に切った所から繋げて鎖骨の下辺りまで縦に切るので、L字型に切ることになる。縦隔の前にある胸骨は、縦に切って、腫瘍を取ったらワイヤーで縫うとのことでした。

術後の合併症は、

出血・・・必ず伴うものだが、術後再手術が必要なケースは1%以下。血行動態(血圧、脈拍等)に支障をきたす程の出血があった場合は、輸血する。

循環器合併症・・・血圧の上昇・低下、不整脈、心筋梗塞等(心房細胞が最も起きやすく、この手術では約15%起こるという報告もある)。

肺合併症・・・肺炎、空気漏れ、膿胸、肺水腫

肝・腎合併症・・・術中、術後の様々な薬で負担が掛かり、肝臓や腎臓の機能低下を起こすことがある。

神経損傷・・・術中、神経の近くに触れねばならない場合がある。神経が麻痺すると、それぞれの神経特有の症状が出る(一過性の場合と永久的な場合がある)
肋間神経痛、反回神経麻痺、横隔神経麻痺、腕の神経損傷

梗塞(心筋梗塞、肺梗塞、脳梗塞)、血栓症

術後せん妄・・・術後、自分がどこにいるのか分からなかったり、家族を認識出来なくなったりすることがある。患者が暴れることもあり、体動が激しく、診察に影響を及ぼすようであれば、四肢を縛ったり鎮静剤を打つこともある。

とのことでした。

手術時間は、体位を決めるのに1時間〜1時間半、手術そのものは2時間の予定ですが、意外に肺が癒着しておらずスムーズに組織が取れたらもう少し早くに終わるし、縦隔の腫瘍を取ることになったら、もっと時間が掛かるとのことでした。


説明を聞いている内に、物凄く怖くなってきました(^^;)

腫瘍の組織検査が目的の外科手術が、こんなに大事になってしまうだなんて(悲)

12月1日に書いた記事で、私はお風呂のことをしきりに気にしていましたが、術後は2日どころではなく、何日もお風呂に入れなくなるとのことでした。
術後1週間経過する前には入れるようになると思いますよと、看護師さんに言われました・・・。

汚い話で大変申し訳ありませんが、私は結構なオイリー肌で、毎日頭を洗わないと髪の毛がベタベタするんです(^^;)

術後は、胸の所に、管が2本体の中から出ているのと(肺の傷口から出てくる漏れた空気や血、分泌液を外に出す為だそうです)、背中には痛み止めの薬を注入する為の管が刺さっているとのことで、それらが抜けないとシャワーは駄目だし、そもそも痛くてシャワーは浴びれないとのことです(それは、そうですよね・・・)。
痛いんでしょうね。もの凄く。きっと髪の毛がベタついていることも気にならない位(悲)ちょっと考えれば想像できたでしょうに、術後がそんなに大変だなんて、説明を聞くまでは何も考えていませんでした(^^;)

一昨日はこの説明を聞いた後、外泊許可をもらって、一泊だけ自宅に帰りました。
手術のことを考えると怖かったので、家族と一緒にいられて気が紛れました。
でも、自宅にいても、やはり手術のことが気になってしまって気持ちが落ち着かず、食事を作ったり、掃除をしたり、洗濯物を畳んでアイロンを掛けたりして身体を動かしていました。
身体を動かした方が、余計なことを考えなくて済みます(^^;)

昨日の夕方に病院に戻りました。

今も考えると怖いので、余り考えないようにします(^^;)

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