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ジパング倶楽部のツアーで備中高梁に行きました。
晴れ女なのに雨!!
朝は良いお天気だったのに高梁に着いた頃雨でした。
高梁の駅から古いボンネットバスで松山城へ。
備中松山城、大手門跡
ふいご峠から40分の時間しか無くて、足の遅い私はここまでが精一杯。
この大手門の石垣は天然の岩盤の上に石垣が築かれている。
大河ドラマ真田丸のオープニングに流されたもので、これだけは見たかった!!写真も撮れて満足!
吹屋という村のレストランで昼食。
またボンネットバスで広兼邸へ。
1810年の建築
(小泉銅山とローハ(ベンガラの原料)製造で巨大な富を得て、建てられた。
映画八つ墓村のロケに使用された。
鉱山笹畝坑道見学
江戸時代から、大正時代まで採掘された。中はとても広かった。
手堀だったが、明治以後機械で掘るようになった。
模型の人形
ベンガラ館
江戸から明治、大正と大いに繁昌を続け吹屋町の基礎を作った。
吹屋を繁栄させたさせたベンガラ産業も昭和47年の銅山の閉山で、昭和49年にその製造を終えた。
吹屋ふるさと村郷土館
もう一度ゆっくりと訪ねてみたいふるさと村。
備中松山城にもせめて本丸まで行きたかった。
今回は雨で、時間が無く残念だったが、機会を作って再度行きたいです。
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昨夜は温泉三昧で満喫しました。
ホテルの山上は狼煙山。昔、黒船が来たとき狼煙を上げたとか。
四方の海、朝日に映えてギラギラしていました。
小さな島は山成島
平維盛が壇ノ浦の戦いから逃れて高野山で得度して熊野からこの地に来て小舟で山成島で入水する。
「故郷に、いかに松風恨むらん、我が身の行くしらずば」島の松の木に辞世の和歌を残しす。
狼煙山山上のお稲荷様
狼煙山山上から見えた那智の滝
遠望に那智の滝。
急に行ってみることに。
家路に向かう道中、立ち寄った紀北亀の道の駅
餌やりをしました。
道中獅子岩で休憩。
お天気がよくて温かくて最高の旅でした。
お友達のBlogには私と出会ったことを書き込んで下さいました。
今までで一番楽しい旅でした。
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今回別にこれと言った旅行ではなくて勝浦温泉でも行こうか。と気軽に決めた旅行でした。
いつも勝浦へは家からまっすぐ南下して向かうのですが、京奈和自動車道が開通したので、遠回りだったのですがそこを通って行きました。
道中あちこち寄り道しながらそれはそれで、楽しいでした。
高所恐怖症の私が潮岬の灯台の上に上がりました。
らせん階段も怖かったですが、上からの眺めは綺麗と思うよりも怖いが先行しました。
足の裏がズンズンした。
ここからは橋杭岩まですぐ。
海水の色がきれいで、小魚がよく見える。
部屋は十分すぎるぐらい広かったので、ゆっくりくつろげました。
部屋からの写真。↓
ホテルの送迎用の舟も見えました。
舟に乗らないで、車はホテルの駐車場に止めさせていただきました。
この次は亀さんの舟に乗りたいです。
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旅行でも楽しいと思うのが常ですが、何かにつけてツイテイル!とその余韻がずっと残りものすごく得をした気になります。
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ネットを始めてすぐに知り合ったお友達に会うことが出來ました。 少なくとも15年以上は経っているのに合うのは始めて!「はじめまして!」なんて照れくさいぐらい。 PCだけのお付き合いではなくて手紙のやりとりがあり、ずっと長いお付き合いをしていて始めてお目にかかったという気は全くなくて楽しくお話をさせて頂きました。 彼女は絵手紙の先生で、私が入院している間も絵手紙で励ましてくれました。 そんな素敵な人なのに今までお会いすることもなく、はがき手紙以外のお付き合いもなく不思議な関係だったと、今更ながら思いました。 そんな素敵な彼女に会えて、しかも気の利いた絵手紙、お土産の手提げ袋まで絵を描いて下さって最高のしあわせを味わえることが出来ました。 これからも、もっと大切に大事に温めていきたい友人の一人。 そんなすばらしい出会いをしていただいた友人に改めて感謝します。 |
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大阪に出る時は必ずこの本をもって行きます。
JR玉造駅からトコトコ歩いて玉造稲荷神社に。
聖徳太子が戦勝祈願した古社。(仏教問題で物部守屋と争った)
伊勢参宮本街道起点の碑があった。
豊臣秀頼が奉納した鳥居。
阪神淡路大震災で倒れた。
蝉がいっぱい、抜け殻もいっぱい!
狐さん鼻が・・・・ムズムズ・・・。
次ぎに訪れたのが白山神社。
天正4年(1576年)に織田信長と交戦したとき社殿が焼失され豊臣秀頼が再建。
歯の神様とある。
今、歯医者にかかっているので、より早く治るようにお参りした。
大きな銀杏の木があった。
大阪府の天然記念物に指定されている。
玉造稲荷神社も白山神社も夏祭りで、提灯や出店で賑やかだった。
大坂の陣 ゆかりの地 御朱印は25の寺社を巡ります。
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