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旅行でも楽しいと思うのが常ですが、何かにつけてツイテイル!とその余韻がずっと残りものすごく得をした気になります。
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ネットを始めてすぐに知り合ったお友達に会うことが出來ました。 少なくとも15年以上は経っているのに合うのは始めて!「はじめまして!」なんて照れくさいぐらい。 PCだけのお付き合いではなくて手紙のやりとりがあり、ずっと長いお付き合いをしていて始めてお目にかかったという気は全くなくて楽しくお話をさせて頂きました。 彼女は絵手紙の先生で、私が入院している間も絵手紙で励ましてくれました。 そんな素敵な人なのに今までお会いすることもなく、はがき手紙以外のお付き合いもなく不思議な関係だったと、今更ながら思いました。 そんな素敵な彼女に会えて、しかも気の利いた絵手紙、お土産の手提げ袋まで絵を描いて下さって最高のしあわせを味わえることが出来ました。 これからも、もっと大切に大事に温めていきたい友人の一人。 そんなすばらしい出会いをしていただいた友人に改めて感謝します。 |
満喫の日
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随分と前に上野城に行ったことがある。
鉄ちゃんの子供が伊賀線に古い電車が走っているからそれに乗り写真を撮りたいといい、付き添いで行った。
ついでに伊賀上野城にいき、忍者屋敷も見学した。
今回、今一度お城に行ってみたいと思い立ち行ってみた。
日本1.2の高さって?ここは1番?それとも2番??
訳わからん‥と言いながら石垣をのぞきに行った。
藤堂高虎の居城。
藤堂高虎の兜(ウサギさんの耳みたい)
城内には伊賀越え仇討ちの遺品や、伊賀上野ゆかりの俳人松尾芭蕉の陣笠、文机なども展示されていた。
もっと伊賀越えについて、また松尾芭蕉の事なども知りたいことが一杯あったけど35度以上の猛暑日で断念した。
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修復された姫路城に行ってきました。
以前のお城、覆いの掛けられたお城、そして白鷺城の名前の通り美しいお城、新幹線などの車窓からでチラッとみる姫路城!遠望なのにきれいに見え近くに行ってしっかりと眺めてきたいと執念のように思い続けていました。
姫路駅からの歩道にあるマンホールの蓋は白鷺模様。
まずは場内にある護国神社様にお参りしました。
大手門に入らないで内堀沿いを行くと和船乗り場があり、城の歴史など観光協会の案内を聞きながら予備知識をいれていざ参ろう。
和船からの眺め、橋の向こうに動物園がある、行きたかったけど・・・。
どこから見ても城はきれい!!
播州皿屋敷のお菊さんが投げ込まれた井戸、いちまい〜にまい〜〜。
百間廊下から見る天守。
百間廊下の化粧櫓の千姫。
姫路での10年が千姫にとって一番幸せだったと今でも語られているそうな。
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1月31日(水)晴れ 曇 午前8時05分発のJALで伊丹空港から出発しましたよ…。数年ぶりの飛行機で、どうやってと乗るかを、ほとんど忘れておりました…。笑。。。 空港で自転車も無事預けることができました。自転車であることを説明し、立てたまま置くことを指定しました。「自転車」、「取り扱い注意」のタグがぶら下げられ、天地無用のラベルが貼られました。 午前10時35分、定刻15分遅れで、那覇空港に到着しました。手荷物受け取り場所では、コンベアで運ばれてくるのではなくて、自転車は手渡しと聞いていましたので、どうなるのかと待っておりましたら、しばらくしてから、出口の係員の所においてあるのを発見しましたよ。「えっ…」、立てたまま置くことを指定していたのに、置かれていたのは横倒し、それも、あろうことか変速機側が下に…。汗汗。。。 いつのまにか、天地無用のラベルが剥がされていました。「えっ、どういうこっちゃねん」と思いましたが、そのまま受け取りましたよ。 とりあえず、空港建物の外に出て、組み立てる所を探しましたよ。建物沿いの通路を歩いていると建物の壁が凹んでいるところが一定間隔でありちょうど、組み立ての露店を開くのに都合の良さそうな所がありました。本来は、職員用の通用口のようですが、通常は閉鎖されているようです。一般通路に面していてるのですが、ちょっと凹んでいる所がミソです。覚悟を決めて、輪行袋を開けて、自転車を取り出し、組み立てを始めましたよ…。意外と、通行客は、無関心で、あまりじろじろ見ていないようでした。というより、私も組み立てに夢中で、気にならなかったのかもしれません…。組み立てはじめは午前11時頃、予定よりも、かなり遅れているので、焦りながら組み立て。でも、そのせいで、後輪を先に嵌めないといけないのに、前フォークを先に嵌めて、かえって作業がやりにくくなったり、後輪を嵌める前に泥除けを付けなければならないのに、後輪を先に嵌めてしまったりと、最大限時間のかかる組み立て方をしてしまいましたよ…。汗、笑。。。 組み立てに、たっぷり1時間掛かり、既に12時。その後、車椅子用の大型トイレで着替え、行き帰り用の服装と輪行袋は、手荷物一時預かり所に預けた(ロッカーより預かり期間が長い)。自転車にまたがって出発したのは、12時半頃、予定では11時過ぎ頃から走り出すつもりだったのに…。笑。。。 今日の予定は、那覇から沖縄南西部の戦跡を時計回りにまわる予定でした。まず、目指したのは、那覇の北東にある首里城公園。高台にあるので、ヒーコラ登ってゆく。公園の中に入り、なおも進んで行こうとしたところ、ボランティアガイドと思われるおばさんから、自転車進入禁止ですとやんわり注意されました。汗。。。 もう、午後1時を回り、腹ペコ…。公園の中のレストランで昼食。沖縄での第1食は、中身汁定食でしたよ。中身汁とは、豚の内臓を煮込んだものに、干し椎茸、コンニャク、生姜を入れたもののようです。昔作った、ラーメンスープの味を思い出しましたよ。これに、かやくご飯、ゴーヤ漬物、サラダ、沖縄豆腐、モズクが付いて、1000円でした。本土では、1400円はしそうな内容でした。この後も、沖縄の食べ物価格水準は安いと、思い知らされます…。沖縄への無事到着を祝って、ビールも付けましたよ…。もちろん出てきたのは、オリオンビールの生でした。 ここまでは、まま、順調でしたが、首里城公園の一角にあるはずの第32軍司令部の壕は、観光地図には明示されておらず、あまりおおっぴらにはされていないようでした。で、戦跡巡りの第一歩は、挫折…。その後も、場所がよく分からないことや、時間的制約もあり、約8ヶ所の戦跡をパスすることになりました…。泣。。。 その後、南部の摩文仁の丘のある平和祈念公園に行きましたよ。ぐるっと回りましたが、既に午後4時を回っており、行きたかった資料館に立ち寄る時間はありませんでした…。泣。。。 次いで、ぜひ見たかった魂魄の塔を訪れましたよ…。この地域一帯は、沖縄戦で追いつめられた住民、軍人が多数命を失った所です。戦後、放置された多数の遺骨を、住民が収集して、一カ所に納め、さらに納まりきらずに積み上げられて、大きな遺骨の山が築かれました。やがて納骨堂が設置され、魂魄の塔と名付けられました。実に3万5千体の遺骨を納め、その霊を慰めている塔です。戦後、はじめて沖縄で築かれた慰霊碑だそうです。この「魂魄(こんぱく)」という名称には、浮遊霊を慰める意味が込められてるそうです。 最後に、沖縄本島の南端の喜屋武岬に行きたかったのです。逃げ場を失った住民が身を投げたという悲しい岬でもあります。時間は切迫しており、行き方がよく分からないときは、パスもやむを得ないと思っていましたが、案内板がありましたので、行くことにしましたよ。折から、太陽は東シナ海に傾いていました。おっ、絵になると向かいましたが、到着後、まもなく、雲が広がりゆっくりと撮影できませんでした。泣。。。 ここで、既に午後5時半前。この後は、後15km、ひたすら、今夜の宿の、ホテルを目指すのみ…。ちょっと行き過ぎたりで、ホテル到着は。午後6時半過ぎ。1日目、大慌ての早回りでしたが、無事終わりました。 夕食は、街の店でと思い外をウロウロしましたが、適当な店がなく、ホテルに付属のレストランでしましたよ。すきっ腹で、気持ちの余裕がなくて、写真を撮るのを忘れましたよ。途中で気付きましたが、時既に遅しでした…。笑。。。食べたのは、グルタン唐揚げ、海鮮サラダ、豆腐ステーキ。グルタンというのは、沖縄の白身魚です。海鮮サラダはお造りの盛り合わせのようなもの、豆腐ステーキは、沖縄豆腐を焼いたものです。海鮮サラダ、豆腐ステーキは大皿で圧倒的ボリューム。たいらげるのに1時間半は掛かりました。お酒は、ビールと泡盛の古酒をいただき、すっかりとまわり、沖縄1日目の夜が更けたのでした。笑。。。 走行距離 69km 平均速度 18km/h 最高速度 46.3km/h 写真1枚目は、首里城公園でいただいた中身汁定食。 2枚目は、首里城と石垣。 3枚目は、平和祈念公園の平和のモニュメントと修学旅行生 4枚目は、魂魄の塔説明板 5枚目は、魂魄の塔 6枚目は、喜屋武岬で、夕日をバックにboubou。逆光で顔をわかりにくく…。笑。。。 7枚目は、喜屋武岬夕景色 8枚目は、喜屋武岬と具志川城跡
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毎年この時期、なんばグランド花月に来ます。
なぜ、この時期かと言うと、春に観劇チケットをいただくのですが、その有効期限が翌年の2月末までなんです。
春、まだまだ先まで期限があるわ。
夏、夏休みは入場者が多いからな。
とかなんとか思ううちに有効期限ギリギリに。
なんばグランド花月、すっかり変わっていました。
きれいになっていました。
以前、展示場みたいなところが、今回47クラブという全国の商品を販売していました。
今は九州のうまいものコーナーで、入り口にはくまモンが。
今日は4回公演があり、そのうちの2回目。
会場内は撮影禁止なので始まる前にパチリ。
漫才、落語は面白いでした。
新喜劇はイマイチで、所々居眠ってしまいました。
また来年の2月に行くかな。
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