週刊 生活の中の洞察 聖書から教え

毎週教えられていることを隔週で紹介しています。

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5月11日に「金スマ」というテレビ番組でで主人公の渡辺さんのお母さんが終活をしているというので、私の本が数秒でました。来月には、この本のエンディングノートの部分だけをガイド付で出版予定です。終活のセミナーでお招きくだされば奉仕させていただきます。 
 5月には、フィリピン福音自由教会名古屋地区のキャンプに招かれました。フィリピン人の教会が名古屋地区に4つあり、フィリピンからの牧師が2名おります。日本で生まれて日本語しかできない3世の子供達、フィリピン人と結婚されたパートナーの方々のための集会を頼まれました。4つの集会でしたが、そのうち彼らの必要から2回は結婚の話に替えました。中学一年の男子たちも熱心に聞いていました。
 芦屋福音教会に招かれ、午前の礼拝で結婚について、午後には結婚の話しをしました。終活の奉仕が多かったのですが、結婚の必要がありますので、フリーになり、この分野の奉仕もさせていただけたらと思います。

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伴侶を亡くし

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○○○ 伴侶を亡くし ○○○
伴侶を亡くした者の困難さについて読みました。
 日常生活の困難には「情緒的側面」と「道具的側面」があります。道具的側面は、日常の家事、健康管理、生活の不規則などです。私が人から一番多く聞かれるのは、「食事は作っているのか」という質問です。
 情緒的側面は、話し相手がいなくなった、一緒に行動する相手がいなくなった、ということです。この二つの面において男性は女性よりもつらく感じると言われます。だから、4割の人が早死にしるそうです。
 伴侶を失うことですが、これがなかなか辛いものなのです。こんなに辛いことなら、博子姉ではなく私でよかったと思っています。伴侶の死は人間のストレスの中で一番大きいことされています。私の辛さは情緒的な困難です。
 この辛い別離の苦しみは、夫婦であれば必ずどちらかが迎えなければなりません。平均寿命からすると女性が平均で7年は未亡人として過ごさなければなりません。
 しかし、その研究、対処の仕方が日本では進められていません。病気の治療の研究だけにお金が使われているのが現状です。カナダのホスピスでは、愛する人を亡くした人のケアーを1年間するという規則があり、それをしていないところはホスピスという名前を使えないそうです。
 配偶者を亡くした人のタイプがあります。1.メソメソ型、ウジウジする梅雨型2.あっけらかん型、ウジウジしないでスコールのようなタイプ、3.アッサリ型、せいせいしたという非行型。
 私の場合は、悲しみが愛する人を失う前から始まっていました。余命宣告をされた日の病院の待合室から泣き始めました。「対象喪失を予期する悲哀」と呼ばれるもののようです。まだ死が発生しないうちから別れの悲しみを感じ始めるというものです。
 こんなグリーフワークの本ばかり読んでします。その中でこんな言葉を見つけました。
「配偶者の死を克服する過程において体験される苦悩は、遺された夫や妻達の人間的な成熟を促進させるのです。配偶者の死を乗り越えた時、人間的な成長を遂げていたという事実は、最愛の人を失うという苦悩を克服したものだけに与えられる特権です」
「多くの人々は、配偶者の死の苦しみを乗り越え、やがては立派に立ち直ったのです。悲しみは必ず底をつくのです。そして、苦しみを乗り越えた時、今までより人間的に一回り大きく成長した自分と出会うのです。」
河合千恵子

「今その渦中にある方にとっては、深い闇の中をあてどもなくさまようようなこの苦しみは、永遠に続く自分の過酷な運命としか思えないかもしれません。しかし、明けない夜はないように、いつか光を見出す時が来ます。あなた自身の『喪失の悲嘆を超える道』はより成熟した明日を迎えるために、必ず用意されているのです。」 アルフォンス・デーケン

成長した自分、成熟した明日。苦しみの先にあるようです。それは長い先にあるのでしょうか。

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泣くということ

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○○○ 泣くということ ○○○(4月8日)(写真:カイザリアのローマ時代の水道)
 4月8日フリーランス牧師として最初の奉仕を京都福音自由教会でしました。
昨年8月29日病院の霊安室で、大泣きしました。さっそく葬儀の準備を進めなければなりません。京都の教会の山下牧師に電話しました。そのとき必死の思いで出た言葉は「山下先生、助けてくれよ!」でした。
 先生は、すぐに病院にかけつけてくださいました。その午後京都教会で受け入れていただきました。本当に助けられました。そのことのお礼を言う機会がなかったので、礼拝後の挨拶の時にお伝えすることができました。
 不覚にも言葉につまり泣いてしまいました・・・・。

泣くといっても、日本語ではいくつかの言葉があります。
・慟哭/どう こく (声をあげて激しく嘆き泣くこと。体を震わせて泣きじゃくる。)
・号泣/ごうきゅう(大声をあげて泣く)
・ 涕泣/ていきゅう(涙を流してなく)
・ 嗚咽/おえつ(むせび泣く、声をつまらせて泣く)
・ 欷歔(ききょ):すすりなく
私が泣き始めたのは、昨年の6月からです。博子姉の診断でがんの末期で治療ができないと医師から言われた日、病院の受付で会計を待つ時でした。人目をはばからず泣きました。嗚咽でした。帰りの道でも、店に入っても、夕食の後にも嗚咽しました。
 葬儀後、7週連続で説教の時に泣きました。賛美歌が歌えず、納骨式でも泣きました。
召天者記念礼拝後の集まりの場で、下を向いていると大きな涙が机の上に落ちました。大粒でした。涕泣でしょうか。
 人からは、泣くのを我慢しないで泣くといいと言われましたが、男が人前で泣くのは恥ずかしいものです。霊安室での祈りは号泣を超えた慟哭でした。
「わかってあげられなくてごめん」「理解してあげられなくてごめん」「代わってあげられなくてごめん」誰もいない部屋で叫びました。
 
 緩和科のドクターにこの話をすると、「あなたは人前で泣くことができた。それは人に見せたくないところを見せられるようになったのではないか」と言われました。そういえば、恐いものがなくなったような気がします。
 最近は泣かなくなりました。泣くととても疲れます。泣いてもすっきりなどしません。だから、泣かないようにしています。
 とにかく、山下牧師と京都教会には感謝しています。葬儀には特に連絡を控えたのですが、160人以上集まって下さいました。葬儀でも泣いて話をしました。黙示録21章4節には「神ご自身が彼らの目の涙をすっかりぬぐいさってくださる。」とありますが、今は自分でぬぐっています。

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私たちは神の神殿

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写真はカイザリアのローマ時代の劇場です。
  枚方で17年間奉仕をしてきました。足りない奉仕でした。4月から、新たな歩みに入ります。一応、8月までの日曜の奉仕は埋まっています。枚方教会には月1回、無牧の教会、そして、特別集会、セミナーの奉仕が月1回入っています。ウィークディは時間があります。また、9月から日曜も奉仕が可能です。お招きくださるところがありましたら、よろしくお願い致します。
 以下に、教会退任のこと、この1年に多くのことが起こったことなどを書きました。くずはだよりは今回で最終回になります、次回から「伏見城下町だより」と題して、コラムを書く予定です。
  ○○○私たちは神の神殿○○○
 本日が枚方教会の担当牧師として最後の奉仕になります。そのことを知って、埼玉よりTさん、名古屋から Nさんが来てくださいました、
 Tさんは私の高校時代のクラスメート。3年間ずっと一緒に過ごしました。過去を知られているので恥ずかしいのですが、教会にお誘いして来てくださり信仰を持ちました。ひどい私が信仰を持って変わったのを見て、ここに真実があるのではと感じられたのではないかと思います。30数年間仕事で教会を離れておられましたが数年前に戻って来られました。そして、私たちの教会を支援してくださいました。
 Nさんは、私が大学生の春休みに御茶ノ水でアルバイトをしたのですが、そこで働いていた方です。何気なく御茶ノ水キリスト教会館の伝道集会に誘うと来てくださいました。春休みになって集会がなくなったので、聖書の学びをしようと誘うと、同意して学びをしました。そして、教会に来られ信仰を持たれました。このお二人が私に会いに来てくださいました。
 キリストは「この神殿を壊してみなさい。私は三日でそれを建てよう」ヨハネ2:19と言われ、ご自分が十字架で贖いをされること、三日目に復活することを語られました。そして、パウロは、私たちのからだはキリストがご臨在される神の神殿だと解説しました。
 キリストはエルサレムの神殿におられるのではなく、私たちのうちにおられます。ユダヤ人のための救い主ではなく全世界の救い主です。我らのうちにキリストがおられるのなら、私たちが行くところが神の国となるように王であるキリストをお迎えするべきです。 
 教会で待っていても人は来ません。私たちが行くところにキリストがおられるのです。私たちが各地に遣わされてキリストを現して神のご臨在をあらわしていくのです。

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教会退任について

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○○○教会退任について○○○
愛する人を亡くすというのは、二つの見方があります。一つは心の傷、それは癒されれば治ってしまうという考え。もう一つは、事故で手足を失ってしまったようなもの。治るのではなく、再適応していくことだという考えです。私の場合は後者で自分のうちの何かが失われてしまった状況です。
 二人で一人前という考えを持って33年間夫婦で奉仕してきました。開拓教会では説教を私がして、奏楽を博子姉がする、二人いればなんとかなりました。なんでも二人で話して、二人で助け合って、休みは二人で出かけました。
 その半分が無くなったので、飛行機で言えば片肺飛行になったようなものです。このまま飛行を続けられないので、どこかに着陸して修理をしなければなりません。それが枚方チャペルも退任する理由です。
  旧約聖書最後のマラキ書の終わりに「あなたがたにはその翼には、癒しがある。」と書かれています。イスラエルの民には「エジプトからわしの翼に乗せてわたしのところに連れてきた」と神の翼による導きがあると語られ、イザヤ書では「主を待ち望むものには新しい力を得、わしのように翼を広げて上ることができる。」と神から翼が癒され、新しい翼が与えられ飛べるようにしたいと思います。
 今、日本の教会は停滞している状況です。無牧師の教会が増えています。私ができることは、そのような教会を少しでも助けられたらと思っています。また、人がしていない結婚、終活での奉仕をしたいと思っています。一つに教会の牧師をしているとなかなか外部での奉仕ができないので、これからは求めに応じられたらと思います。
 伴侶を無くした男性の4割が早死にすると言われています。そのことがよくわかります。そうならないように毎日歩いています。以前は祈りながら歩くことをしたのですが、祈れなくなってしまいました。最近少しづつ、祈りが出てくるようになってきました。このような者を送り出していただければ感謝。

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