週刊 生活の中の洞察 聖書から教え

62にしても迷っています。生活の中でちょっと立ち止まって教えられた

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神は太陽です

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  ○○○ 神は太陽です ○○○             
 「神なる主は太陽です」詩篇84章11節。先月大腸内視鏡検査をしました。朝から、おいしくない特別なドリンクを飲んで、腸の中のものを全部出します。内視鏡でおしりから腸に内視鏡を80センチ押し込んで腸の内部を見ました。これまでに経験しない痛さと辛さ。しかし、こんな機会はないと自分の腸をしっかりと見ました。幸い結果はドクターからきれいな腸ですと言われました。
 その日は、晴天で検査びよりでした。 
 というのも、私の育った石川県の金沢は、冬はいつもどんよりとした曇りが多く、日照時間が東京の半分以下なのです。その下にいると気分も暗くなります。この太陽一つで人の気分が変わるのです。
「あなたの太陽はもう沈まない。主があなたの永遠の光となる」イザヤ60章20節。 
 たとえ、人生に暗くなることがあっても主は太陽となっていつも輝いています。なんとすばらしいことでしょうか。
 「涙の谷を過ぎるときにも、そこを泉とします。」詩篇84篇6節。谷が意味するものは、日が当たらない暗い道です。そこには危険があり、先が見えません。人生で暗い谷を歩くことがあります。そこに追いつめられ光が見えない時、落ち込み、泣くしかできない時があります。
 しかし、神が近くにおられ、そこを泉のわく所にしてくださいます。谷を早く抜け出ることも神は導きます。しかし、慌てる必要がないのです。そこに泉を湧かせてくださるからです。こんな所でと思うその場所を、祝福の泉の場所と神は変えてくださるのです。
 そして、私達にはいつも太陽が用意されています。用意されているというよりも太陽はすでにあるのです。日は沈みますが、主は沈まない太陽となっていつまでも私達を照らしているのです。

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分け与える恵み

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   ○○○ 分け与える恵み ○○○             
 コリントの教会が献金を集めて、貧しい教会に献げることにしていましたが、教会に問題が起こり一時中断していました。そこでパウロは与えることの大切さを教えています。まず、神が豊かに与えて溢れさせて下さる。そして、私達にも与えることの大切さを教えています。
 今年の世界長者番付1位は前年同様ビル・ゲイツ/マイクロソフトで、資産は約8兆5千億円。日本人トップはユニクロの社長、世界全体では57位で資産は約1兆4600億円。
 昨年12月に、米フェイスブックの創始者、マーク・ザッカーバーグが、保有するフェイスブック株の99%、約5.5兆円を「人の可能性の追求と平等促進」のために寄付することを明らかにしました。30代の若さで何兆のお金を持つことになり、子どもが与えられて夫婦で考えたのです。節税のためだという批判もありますが、99%を寄付するとなると簡単には批判できません。
 米国の寄付総額は39兆円、遺贈寄付額は2兆9000億円。日本では寄付総額1兆2350億円。遺贈のデータがありません。日本の国家予算税収の54兆円を考えと大きな額です。日本人はそのまま子孫に相続することがいいと考えるので遺贈の習慣がありません。そして、多くの場合、遺産相続で子どもたちが争うことになります。
 曽野綾子さんの言葉です。
「年を取ると『死に欲』が出て、かえて物質に執着するようになる。しかし、老年とは物に頼る時期ではない。仕事の責任も多くはない。残っている仕事は重要なことが一つだけある。それは、内的な自己の完成だけである。私達は若いときから、常に多くのことを望んでささやかな努力もしてきたが、必ずしもそれを手にしたわけではなかった。しかし、老年は若いときには忙しさに取り紛れてできなかった自分の感性のために、まさに神から贈られた時間を手にしているのである。聖書には人間が物質だけで生きる者ではないことが随所に書かれている。死ぬまでの時間が短くなった人々にとっては、本当に有益な示唆がある。それは、『感謝すること』と『与えること』である。」

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心にシオンへの大路が

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○○○心にシオンへの大路が○○○             
 ある牧師一家の話し。牧師住まいが教会の中にあったので、教会に行くにはドアを開ければすぐ教会です。そこで、その牧師夫婦は子ども達のために工夫をしました。子ども達に一度家を出て、教会の建物を回ってそして教会堂に入るようにしました。新たな気持ちで、新たな心で礼拝するということを教えようとしたのです。
 礼拝に集う道程は大切です。道中今日主が語られることの期待があります。一週間の心の整理があります。仕事づけになっていた人は、天地の神を想うことに心が少しずつ向けられます。兄弟姉妹との再会を楽しみに、自分のためではなく神のために奉仕ができるという嬉しさが湧いてきます。
 しかし、教会での奉仕がある場合には、これまでにない緊張を感じます。それが、あまりにも人を意識しすぎると重荷になってしまいます。義務となると神に心がむかなくなってしまいます。
 「心の中にシオンへの大路がある人」は幸いだと聖書は語ります。それは、心を神にむけることです、教会に行く道中に、教会に到着して礼拝が始まるまで、この準備が行われています。
 先日、関東での奉仕で赤坂に宿を取りました。帰りは、首相官邸、国会議事堂、議員会館を通りました。物々しい警備です。そして、四谷駅で聖イグナチオ教会の会堂に入り静まる時を持ちました。カトリック教会は祈りのために会堂を開放しています。政治を司る人たちが静まる時間と場所がないのは大いなる問題です。いつの間にか、お金の誘惑、支配欲、権威を振りかざすごう慢さにかき乱されてしまうのです。
 私達はキリスト者として毎週礼拝を持つという幸いがあります。それが、慣れとなってはならないし、奉仕をすることで礼拝することへの心が曇ってはならないと思います。

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約束を守ること

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○○ 約束を守ること○○○             
 元総理大臣が現総理大臣に質問するというのは異例のことだそうです。先週、問いただされたのは、議員定数削減の約束はどうなったのかという質問でした。
 モーセーの偉大なところの一つは、神との約束を守ったことです。人々から、いつも不平を言われ、不従順な民に対して、最後まで自分の使命を果たそうとしました。それは、神との約束を守ろうとしたからです。
 私達は、個人的な利益と約束を守ることの間で選択しなければならない人生の岐路に立つことがあるかもしれません。自分の願望を成就したり夢を実現するために、これまでの約束を破るような機会に出会うことがあるかもしれません。そのようなときに私達はどうするでしょうか。
 詩篇15:4「損になっても立てた誓いを変えない」詩篇50:14「あなたの誓いをいと高き方に果たせ。」旧約聖書には、神に誓ったことを果たせと何回も出てきます。
 H・クシュナーは「約束を守ることは、あなたの内なる力と成熟した人間性のしるしとなります」と約束を守ることの大切さを教えています。
「約束を守ることは、誠実な自分自身であり続けてあまりあることです。それは、あなたが行うと言ったことを行う以上のことを含みます。それは、自分自身の幸せを受けとめるのと同じくらい真剣にその人への責務を受け止めることであり、他の人に神のイメージを認識するしるしとなります」
 ビジネスで間違いのない物を提供し受け取る方はきちんと支払いをします。たとえ損になっても契約を守るげきです。夫婦が結婚の誓いを守り、結婚生活を続けるというのは約束を守ることです。主を信じて洗礼を受けるときに信仰を最後まで守ると誓います。教会での任職式では神への誓いがあります。正直さ、真実さ、偽らない、嘘をつかない、私達の生活でいつも問われています。そして、確かなことは、約束を守ることは私達を強くします。あなたの誓いはどこにありますか。

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求められる正直さ

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○○ ○ 求められる正直さ ○○○             
 政治家の問題は選ばれた者ゆえに大きい。野々村元兵庫県議、活動費詐欺の容疑で裁判が行われました。彼は何も覚えていない、記憶障害になったと証言しました。それはいつからだと聞かれると12月9日と覚えていました。
 内閣府甘利明元大臣、現金を事務所で受け取ったことが問題となりました。彼はすぐには答えず一週間後に秘書の不祥事と説明しました。
 問題となることは、いくら実績のあるよい働きをした人であっても、嘘をついているならこれからの政治は任せられないということです。自分の信頼する秘書の責任にして、自分は議員を辞職しませんでした。自分の信頼する秘書を悪者にして自分は政治家の責務を果たそうとしていることが問題です。
 もし、その秘書が詐欺をしたとしたら、そうさせた自分にも問題がなかっただろうか。自分の信頼する部下一人をかばうことができないで、むしろ罪をなすりつけました。秘書一人を大切にしない者が国民一人一人を大切にすることができるでしょうか。今後も都合の悪いことは誰かのせいにして、自分の正しさだけを主張するとなると真の政治家と言えるでしょうか。
 大切なのは正直さです。ダビデ王は大きな罪を犯しました。王ですからなんでもできました。自分の部下から罪を指摘されたとき、その部下を抹殺したり、無視することができました。しかし、彼はその言葉を真摯に聞き、神の前に悔い改めました。大事なことは、失敗したときにどのような態度を取るかです。誰もが失敗をします。その時に、正直に神と人との前にそれを告白することができるかどうかです。
 さて、キリストは、ご自分に罪がなかった唯一のお方です。そのお方は部下である私達の罪を全部背負って十字架にかかられました。大いなる模範の姿がここにあります。

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