週刊 生活の中の洞察 聖書から教え

生活の中でちょっと立ち止まって教えられたことを、2017年6月、妻が乳がんの宣告を受け、その後の歩みについて記しています。

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大船に引かれるように

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○○ 大船に引かれるように ○○○    (石巻の仮設、復興住宅で薄茶と点てました。)        山室軍平の祈りに関する言葉を読みました。
「私達は祈祷によって神を説き伏せ、これに自分の思惑/おもわくを行わせるのではなく、かえって祈祷によって自分を神の御心に合致させ、神と一緒になって、その最もよき御旨を行う者となるのである。
 今小舟から大船に縄をかけて引っ張れば、大船は小舟の方にこないで、小舟がかえって大船のほうに引き寄せられる。ちょうどそのように私達は祈祷によって、神を私達の方に引き寄せることができない場合にも、私達が神の方に引き寄せられる。
 私達の祈祷は「主よ、救いたまえ、我らは滅ぶ」と言うことに始まって、「我が意のままにとはあらず、御旨のままになしたまえ」と言うことに終わる。祈祷の極意は私達が全く自分を無くして、神と合致し、一切万事その、おぼし召しのままになり、また、そのおぼし召しのままを行う間にあると言わねばならぬ。」
 私達の祈りは、小舟で大船を引いているような祈りになっていないでしょうか。神に御心よりも自分の思いを通そうとしていないでしょうか。神の御心は神の大船のようなものです。自分の願いを神の御心に変えるようにお願いするのは、小舟で大船を引くようなものです。真の祈りではありません。神の御心を知って神の大船に任せることですが祈りです。小舟で大船を引き寄せるのではなく、そのまま任せて大船に引いてもらうのです。 
 それにしてもまずは縄を大船にかけなければなりません。それが祈りの最初です。日本のことわざに「大船に乗ったつもりで」があります。それは、心配ない、安心だという意味です。「大船に引かれるように」安心して、任せなさいが聖書的です。

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天の父さまと呼べる幸い
 ノートルダム清心学園のシスター渡辺和子さんが、NHKこころの時代〜私の戦後70年で出演されました。彼女は、二・二六事件で、父を目前で殺されました。その父にとどめを刺した陸軍少尉の弟が安田善三郎氏。事件から50年の法要で初対面したことの番組です。それ以来二人が交流を続けています。番組が注目したのは、学園の玄関に飾られている河野進牧師の詩でした。
「天の父さま どんな不幸を吸っても、はく息は感謝でありますように すべては恵みの呼吸ですから」
 河野進牧師は、岡山の教会の牧師でハンセン病施設を訪問する働きをしていました。ある日渡辺さんを訪問してこの詩を渡しました。何かお菓子の入れ物の底に書いたものでした。当時の渡辺さんの言葉です。
 「この詩を手にした当時の私は、多分自分を『不幸』というバイキンのただ中に置かれた不幸いっぱいの人間と考えていたと思います。そんな私に、神は、その人の力に余る試練を与えないこと、不幸に思えることも『恵み』以外の何ものでもないという信頼、また、人間には、吸い込んだ不幸を、感謝に変える力が与えられていることを教える励ましの詩でもありました。」
 詩は『天の父さま』と呼びかけています。この呼びかけが大切です。
 どんな不幸の中にいても天の父さまが見ていて下さること、不幸を感謝に変えて下さること、天の父さまに頼らなければならないことを教えています。
 私達は息をしなければ死んでしまいます。息をしている中でどうしても嫌なことも吸わなければならない時、避けられないものがきます。そのときこそ、天の父さまによって、感謝に変えていくのです。

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二つを一つにする神

 ○○○二つを一つにする神 ○○○             
 アウシュビッツの強制収容所に収容されて生き延びた精神科医ヴィクトール・フランクルとユダヤ教の神学者のラビ・ラピーデの対話の本「人生の意味と神」を読みました。
 聖書の最初の言葉、「初めに神が天と地を創造した」。最初に出てくる言葉は、初めにのベレシット。このヘブル語の最初の言葉はアレフではなくベット。このベットはヘブル語のアルファベットの2番目の言葉です。なおこの言葉は2の数字も表します。    
 ラビのラピーデは、この「2」は全創造の鍵だといいます。神は世界を対において造られました。それは、光と闇、天と地、太陽と月、陸地と海、動物と植物で始まります。
 どうしてすべてのものが、2ということの中にあるのでしょうか。この対の意味は、対照としてではなく、自らの自己理解のためにもう半分を必要とするということを意味しています。二つで一つであることを示しています。昼がなければ夜がない。陸地があるから海がある。その意味で神は男と女を造られました。よって二つは神によって一つとなることを意味しています。二つが一つになることは、神的なことなのです。
 世にはたくさんの対立が存在します。自分のうちにある善と罪、夫婦のうちの一致と不一致、社会の中の善と悪、自然界の調和と不調・・・。それを一つとするのは神です。そして、神がそれを欲しているのです。それをすることは神の子として召された私達の大切な使命です。

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 「夫と妻のしあわせ作り」の本を改訂しています。最後に二つの勧めを加えました。その一つは二人で先を見ることです。
 婚約時代はお互いに見つめ合っていたのですが、問題が起こるとお互いににらみ合うようになっていきます。大事なことは二人で同じ方向を見ることです。問題を抱えている夫婦は、お互いの目を見るのではなく、相手の欠点、間違い、行動、性格に目を向けています。そして、お互いに批判し合うようになります。さらにお互いの過去を掘り返し、それをつきつけます。それでは先に進みません。
 お互いに理解し合い、赦し合い、そして、二人の未来をみることが大切です。過去ばかりを見ていると、過去に縛られてしまいます。お互いに自分に対して誠実ではなかったパートナーの態度を振り返ります。それでは先に進みません。
 さて、本の中でキリスト教カウンセリングには、一般のカウンセリングにはないことに触れています。それは互いのために祈ることです。特に男性が家族のために祈ることです。クリスチャンの夫婦でも一緒に祈ることが少ないようです。家族が一緒に未来を見ることができるのは祈る時です。これまで守られ、導かれてきたことを感謝し、これからの生活を、人生を神に委ねて祈る、それは一緒に二人の先を見ることにつながります。
 まずは、食事の時に短く家族のために祈ることです。特に、困難に直面しているときには、相手にとってどんなに大きな励ましになることでしょうか。お互いに考えていることが違っていても、同じ神に祈ることによって一致することができます。
 教会でも、社会でも、議論、追求する、問題を掘り起こすのではなく、人々のために祈ることです。どんな時にも、どこででもきよい手を上げて祈ることです。

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二つを一つにする神

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   アウシュビッツの強制収容所に収容されて生き延びた精神科医ヴィクトール・フランクルとユダヤ教の神学者のラビ・ラピーデの対話の本「人生の意味と神」を読みました。
 聖書の最初の言葉、「初めに神が天と地を創造した」。最初に出てくる言葉は、初めにのベレシット。このヘブル語の最初の言葉はアレフではなくベット。このベットはヘブル語のアルファベットの2番目の言葉です。なおこの言葉は2の数字も表します。    
 ラビのラピーデは、この「2」は全創造の鍵だといいます。神は世界を対において造られました。それは、光と闇、天と地、太陽と月、陸地と海、動物と植物で始まります。
 どうしてすべてのものが、2ということの中にあるのでしょうか。この対の意味は、対照としてではなく、自らの自己理解のためにもう半分を必要とするということを意味しています。二つで一つであることを示しています。昼がなければ夜がない。陸地があるから海がある。その意味で神は男と女を造られました。よって二つは神によって一つとなることを意味しています。二つが一つになることは、神的なことなのです。
 世にはたくさんの対立が存在します。自分のうちにある善と罪、夫婦のうちの一致と不一致、社会の中の善と悪、自然界の調和と不調・・・。それを一つとするのは神です。そして、神がそれを欲しているのです。それをすることは神の子として召された私達の大切な使命です。

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