週刊 生活の中の洞察 聖書から教え

62にしても迷っています。生活の中でちょっと立ち止まって教えられた

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病床でできることは

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○○ 病床でできることは○○○             
 大腸ガン検診でひっかかりました。月末に内視鏡の検査です。この出来事をどう考えたらいいのか。信仰的にどう受け止めるのかが私の課題です。まず反省したのは、これまで、検査の経験がなかったので、人に対してあまりにも冷静に客観的に話していたことです。「大丈夫ですよ。初期に見つかってよかったですね。」今度検査を受ける人には私もしましたからと言えるようになります。
 もし、ガンだったら治療が始まります。転移していたら抗ガン剤治療で、辛い治療になります。人生を音楽で奏でるならば、人生には、必ず喜び、苦しみがあります。それによって高音、低音を奏でて深い演奏となります。もし、1音階だけの曲だったら飽きるでしょう。神は私達の人生に深みを与えるために、様々な経験をさせ、苦しみの重厚音、喜びの高音部を与えて下さっているのではないかと思います。
 食べ物で言えば、食物には辛さ、酸っぱさ、塩辛さ、苦味、甘さがあります。人間はそのコンビネーションで食べることを楽しんでいます。ペットのようにいつもドッグフードでは人間は飽きてしまいます。人生の苦難の辛さ、喜びの時の甘さがあります。そのように神は私達に辛いこと、苦しいこと、甘美なことを与えて人生を味のあるものにしようとされています。
 その中で、私たちに最大の課題が用意されています。それはあなたが弱っているときに、他の弱っている人を配慮することができるかどうかです。苦しくて自分のことしか考えられないときに、他の人のことを考えることができるかどうかです。
 さらに、もし回復しなければどうなるのでしょうか。いつか私達はこの地上のいのちを終えます。しかし、イエス様を見るならば、復活があります。この復活の希望が、病床で私達を支え、悩みの炉に中にあっても他の人のことを顧みる力を与えることができます。

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『下座奉仕

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○○ ○『下座奉仕』○○○             
 賀川豊彦の言葉の色紙を、からし種館のクリスマス茶席、福音自由教会新年聖会の茶席で飾りました。最近、福祉施設の入所者への虐待が問題になっています。福祉に携わる者は、人に仕えるという姿勢が大切です。
 パウロは弟子テキコを忠実な奉仕者、同労のしもべと書いています。私達キリスト者は、同労者であり求められているのは忠実さです、そこには、しもべとしての態度が必要です。
 彼は世界の賀川と呼ばれ、ノーベル文学賞と平和賞の候補に上げられました。彼はまず神戸の貧民窟に住み込み路傍伝道を始めました。妻ハルと出会い神戸の教会で簡素な結婚式を挙げましたが、その後で貧民窟で披露宴を行いました。彼は妻ハルを紹介して言いました。「私はみなさんの女中をお嫁にもらいました。あなた方の家がお産や病気で手が足らなくて困った時には、いつでも頼みに来てください。喜んで参ります。」妻も立派です。
 彼に影響を与えた人が二人います。一人は、ローガン宣教師です。
 「わたしは青年時代、自分は猿の進化したものだと思っていたが、結核を患って喀血していた頃、ローガン宜教師が、夫人がアメリカに帰っておられた時、私を抱いて寝て下さった。その時、私は降参してイエス・キリストを信じた」
 もう一人は、長尾巻牧師です。
長尾牧師は仏教の盛んな金沢の地で開拓伝道を始めました。しかし、五年間人一人来ないところで毎日曜日、礼拝説教をしたのでした。彼は、貧しい者への奉仕をされ、この地を去る時ホームレスの人たちが駅の改札口に押しかけました。この貧しい牧師家庭に、肺結核を病んだ賀川神学生がころがりこんだのです。喀血するこの神学生を、長尾牧師夫妻は
家族の一員のように世話をしました。「主イエスは十字架上で私たち人類の罪という汚物を尻ぬぐいして下さった。その愛を実践することが私たち信じる者の仕事である。」賀川の言葉です。

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 ○○ 水路のそばに植わった木 ○○             
 先週、ニューイヤーフェスティバルで茶席の奉仕をしました。花入は八幡から青竹を切ってきて、花も山を歩いて捜し、お菓子を注文。道具を用意し、かえしを人数分準備しました。昨年から、手に入れた屏風も運びます。畳がないので、机でお茶を点てます。そのための立礼棚は京都教会からお借りすることにしています。手間がかかることです。しかし、何回か経験すると、それがすべきこととして、受け入れられてくるのが不思議です。習慣というのはそのようなものでしょうか。
 話は変わりますが、この4月から教会はこれまで福音自由教会本部で社会保険業務、税の源泉徴収をしていたのですが、それぞれの教会ですることになりました。1月中に年末調整を税務署と市役所の市民税課に提出しなければなりません。厚いてびきの本とたくさんの書類が送られてきました。てびき通りにやればできないことはない、とたかをくくっていました。ところが、どこに何をどう送るのかがまったくわからないのです。
 京都教会に立礼棚を借りに行く日に、以前、福音自由教会事務所で働いておられたH姉が次週教会に来られることを思い出しました。次週時間をいただきアドバイスをもらえないかとメールしました。姉妹は、今職場だから後で電話するとの返事。改めて電話があり、職場の方が見て上げると言ってますよとのことでした。彼女の職場は、京都の商工会だったのです。京都教会の帰りにお会いして助けていただきました。心の重荷が取れてなんと嬉しいことでしょうか。
 主は弱い者の味方であることを今回も教えられました。私達は水路のそばに植わった木のようだとあります。嵐が来ても日照りでも、そこに必要な水がいつも用意されているのです。

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誰に雇われているのか

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○○○誰に雇われているのか○○○             
 Hクシュナーが多忙なラビの話を紹介しています。病気になった自分の会衆を病院に見舞いに行きました。彼はとても多忙で、日曜の午後に家族との時間をキャンセルして、なんとか病院に行く時間を作りました。病院に行くと、見舞うべき人のうち二人が前日に退院していました。その他の患者は睡眠中で起こすことをためらいました。別の患者の病室に行くと、見舞客がたくさん病室にいて目に留めてもらえませんでした。
 最後に見舞った女性患者は、自分のこれまでの労苦、以前の心身の苦痛について不平を並び立て、神も祈りの価値も今はもう信じられないと長々として話をして、ただ聞くだけになってしまいました。
 ラビは帰る道すがら費やした時間のことを考えて、腹立たしくなって駐車場に戻ろうとして外に出にでました。一つの事務所のビルを通り過ぎようとすると、その前にいた警備員がラビに挨拶をしました。そこで、立ち話になりました。
 「今日は、日曜ですよ。ビルは閉まっていて誰もいないのに、あなたは何故ここに立っているんですか?」警備員は「このビルに盗みに押し入る者や、あたりかまわず故意に物を壊す者を見張るために私は雇われているのです。ところで、あなたは、日曜の午後にスーツにネクタイを締め、ここで何をさているのですか?あなたは誰のために働いているのですか?」と聞き返しました。
 ラビはそこでハッとしました。ラビは自分の名刺を出して「毎月曜日の朝に私に電話して『私は誰のために働いているのか?』と自問することを思い出させてくれたら、あなたに5ドル差し上げます。」と言いました。
 さて、自分は誰のために働いているのか。パウロの回りにいる多くの働き人は、人を喜ばせるために、人から不満を言われないようにするために、自分の成果をあげるために働いてはいません。皆主のために生きています。主によって結び合わされ、協力し、従い、主のしもべとして忠実に奉仕をしています。
  

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捨て犬のような者を

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○○○捨て犬のような者を○○○ (クリスマスランチョンで当重茜さんをお招きしました。感動でした。) 
 小学生の時に、両親が子犬を拾ってきて育てることになりました。コロコロと肉がついていたので、名前をコロとしました。
 その後、父が家具の工場を持つようになり、私達家族は工場の2階に住むことになりました。工場では、コロを飼えないので、かわいそうですが元の自然に戻して捨てることにしました。車で遠くに行って置いてきました。ところが3日かけて帰ってきたのです。何も文句も言わずに喜んで帰ってきました。それから、両親は捨てることはしないで工場内で飼うことにしました。
 何年かして、父は友人の借金の肩代わりをしなければならなくなり、それが払えなくなって、私達家族は夜逃げすることになりました。コロをそこに置いてきました。犬は家に戻る能力がありますが、いなくなった飼い主のところにいく能力はありません。その後のコロですが、幸い隣の人が面倒をみてくださったようでした。
 詩篇119篇の最後は「滅びる羊のように迷い出ました。しもべを捜して求めて下さい。」羊は、来た道を帰るという能力がない弱い動物です。主はそんな弱い羊のような私達の羊飼いとなって下さいました。私達の羊飼いは、私達人間とは違い決して私達を捨てるこはしません。いなくなることもありません。
 聖書が旧約だけで終わると、探し求めて下さいの祈りで終わりますが、私達には新約聖書があります。イエス様は、よき羊飼いとして天から私達を捜してわざわざ来て下さいました。キリストは「失われた人を捜して救うためにきました。」と言われました。羊飼いは、私達が人生に迷っても捜して救って下さいます。この羊飼いに信頼し従っていきましょう。

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