週刊 生活の中の洞察 聖書から教え

毎週教えられていることを隔週で紹介しています。

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ホロコースト記念館で

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ホロコースト記念館 (杉原千畝さんのプレート)
 イスラエルツアーツアーで、ホロコースト記念館を見学できました。虐殺された600万人のユダヤ人を記念し記憶するために建てられた記念館です。内部はコンクリートの打ち放しで当時の強制収容所の雰囲気を物語っています。内部通路をジグザグにしてユダヤ人の近年歩んだ苦闘の歴史を表現しています。
 最後の出口の建物に入ると初めて音楽が流れてきてホッとするやいなや、名前と年齢の朗読が始りました。150万人の子供たちを忘れないように。朗読されているのです。多く犠牲となったのは働けない子供と弱い者です。
 多くの無名の勇士がいました。その日の朝、ヤンシーの本を読んでいました。ナチのドイツ兵は働けない者を価値がないと虐殺しました。そのような中で、ダッハウの死体の山でかろうじて脈をうっていた人たちを軍医らは夜を徹していのちを救おうとしました。そのためにいのちを落とした者もいるというのです。
 記念館のあるコーナーで、一人の婦人が紹介されていました。彼女は毎日自転車で、一人子供を乗せて帰り、多くの子供を救いました。その自転車が展示されていました。
 私たちも戦争の中に置かれれば残虐になれる恐ろしい罪人です。そして、この世の権威に巻かれるのか、神のみ思いに立ち、一人の人を助けることができるのか。自分の問題として突きつけられます。
 外の庭園にはユダヤ人を救った外国人の名を記念した500の植林がありました。その一つは、6000人のユダヤ人にビザを与えて救った杉原千畝さんの植林とプレートがありました。
 植林の木の意味することは、人一人を助けることは一人ではなく、そこから多くの枝が伸びていくように多くの人たちが生まれ大きな影響を与えることができることを表しています。
 私も命が与えられているのだから、生きなければならないと強く感じました。

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天において結婚は

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○○○天において結婚は○○○
 三浦綾子さんの夫三浦光世さんの「死ぬという大切な仕事」のあとがきがです。
「死んだらどうなるのか。聖書には私達の知るところは一部分にすぎないと書かれている。強引に聖書を解釈してはならない。復活の時には、赤ちゃんで死んだら赤ちゃんなのか、老人で死んだら老人の状態で復活するのか。疑問が残る。人間の一番盛んな状態で復活するという説も読んだことがある。しかし、この二つの説は現存する地上のいのちから、どうしても離れえない推論のような気もする。
 いずれにしても、私達の想像をはるかに超えた時間と空間が、未来に備えられているのは確かであり、それだけに、この貴重な人生をおそれをもって生きなければならないということだろう。
 ということになると綾子が死んで、今どこにどうしているか、さだかではないとしても、再会の望みをいつも確認してよいのであろう。むろんこの世における妻としての存在を、そのままひきずるということではなく、もっと確かな存在としてである。そのためには、やはりこの世における生き方が問われるはずである。そして、所詮、赦されなければどうしようもない人間であることに思いは至る。帰するところ、やはりキリストの十字架を仰ぐ以外にはない。」
 おしどり夫婦の妻が召され夫の光世さんは、どのようにとらえているのでしょうか。妻との再会を強く望んでいるとは言っていません。『再会の望みをいつも確認してよいのであろう』と再会できることは確認できる。しかし、この地上の関係をひきずることはしてはいけない。大事なことは、この天の御国に入れるかどうかがまず大切であり、キリストの十字架を仰ぐ以外にないと語っています。
 さて、聖書では天の御国で先に召された人との再会について何も述べていません。主と会うとしか書かれていません。つまり、本当に恋憧れていた主との結婚を地上の結婚で予感して、天において実現するのです。天においては、キリストとの深い交わりがあるので、もう地上の結婚の必要がなくなるのです。
 エペソ5章で夫と妻のすすめがありますが、パウロはこれをキリストと教会をさしていると語っています、ここは夫婦の勧めよりも、私たちとキリストの関係を語っています。
 イエス様はマルコ12章で、天においては、めとったり、とついだりしない。み使いのようだとあります。私たちにはすばらしい小羊キリストとの結婚が用意されているのです。
 そのために、私たちには「死ぬという大事な仕事がある」のです。天国が用意されているから、この地上でなし終えなければならない仕事を考えることができます。

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祭司として着るものは

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○○○祭司として着るものは ○○○
 新潟の佐渡島から看護学校に青年が入学し、近くの私たちの出身の東大宮教会に出席されました。その関係で佐渡には夏に伝道の応援に何度か行きました。北條和人牧師はその小さな町の教会の牧師でした。上京した青年たちを尋ねるために時々上京されましたので、私たちの教会の集会に奉仕をお願いしました。ところが集会が終わると、何も言わずにそのまま帰って行かれるのです。皆で追いかけて行ったことがありました。   
 この北條牧師は足に障がいがあったのですが、自分は障がいがあるので献身者としてふさわしくないというのです。
 旧約の祭司の規定を読むと、幕屋で奉仕をする祭司は身に欠陥のある者、目の見えない者、足のなえた者、足や手の折れた者、奉仕ができない。とあります。しかし、新約に入りイエス様は完全な犠牲となり、そして、私たちの真に祭司となってくださったので、その規定は関係のないものとなりました。むしろ、誰が祭司かというとキリスト信者すべてが祭司と言われています。 
 先生を通して、神の前における奉仕の厳粛さを教えられました。
 私たちは、外側は健康的でも、内側は罪と汚れで一杯です。そんな者に天の御国に入る資格がありません。そのような者に奉仕ができるでしょうか。 
 興味深いのは、その旧約の祭司の規定では、祭司は特別な装束を作るように命令されているのです。それを着ないと祭壇に近づく時、咎を負って死ぬというのです。
 盲人バルテマイは古い、汚い上着を脱ぎ捨て、イエス様について行きました。私たちもこの地上の価値観である古い、汚い服を脱ぎ捨て、イエス様の用意してくださっている救いという衣を着ることです。
 そして、バルテマイがイエス様に従ったように、私たちは祭司としても招かれています、イエス様のくださる特別な祭司の服を着て、世のために祈り、仕えていくように召されています。

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○○○ 教会堂で一番大切なものは何か ○○○
 十字架と答えるでしょう。しかし、初代教会では教会のシンボルは、復活のしるしでした。新しく会堂を建てる教会はいろいろと考えます。そこで、なくてならないのは、説教講壇、聖餐台、十字架です。現代のカトリック教会は非常にシンプルです。そして、聖餐台は必ずあります。
 安藤忠雄が設計した。「光の教会」(日本基督教団茨木春日丘教会)が斬新です。国立新美術館の開館10周年を記念して原寸大のコンクリート造りで光の教会が再現されました。そこには説教壇と聖餐台と十字架があります。
 彼は水の教会を北海道の星野リゾートに建てました。これはホテルのチャペルウェディングのためなので、聖餐テーブルがありません。そこには、キリストとの交わり、招き、十字架の恵みがありません。
 聖餐式は、見えないキリストが臨在される場所です。私たちが神の国に招かれ、いのちのパンが用意されていることを覚え、目に見えるパンを通してキリストを感じる時となります。
 大事なものは建物ではなくそこにいるキリスト者の信仰と交わり。テーブルを囲んでも相変わらず、争っていたり、愛を示さなければ意味がありません。
 「ちいろば先生物語」の主人公の榎本保郎牧師が始めたS教会の牧師会に出席しました。マンションの最上階にあります。管理人に尋ねるとあごで、エレベーターを指されて行きました。簡単な参加者の自己紹介があり、集会が終わってから、誰一人声をかけてくれる人がおらず、こんなところに人は来るのかと思いました。
 葬儀のあと、近くの伏見教会の牧師夫妻がお花を持って訪ねて来てくださいました。訪問する牧師から訪問される牧師になりました。ご夫妻の訪問は骨身にしみました。大切なことは私たちのうちに愛があるかどうかとということを感じました。

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ガリラヤ湖での祈り

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○○○ ガリラヤ湖での祈り ○○○
 小雨の中ガリラヤ湖の舟の周遊が始まりました。強い風が吹く中、一人船首に立っていると、2ヶ月間、毎日祈ったことが思い出されました。毎日寝る前に博子姉の足を揉み、びわの葉療法をして、患部に手を置いて祈りました。「ガリラヤ湖の嵐を静められたイエス様が、博子の炎症を静めて癒してください・・・。」炎症は癒されませんでしたが、しかし、毎日平安のうちに休むことができました。あの場面のビデオの繰り返しが流れ出しました。
 ペテロは、嵐の時にイエス様を舟に招きいれると嵐が止みました。舟から出て海を歩き出しました。最後は、イエス様の復活後、このガリラヤ湖で漁をしているとき、岸にイエス様が立ち、「子供達よ。食べるものがありませんね」と言われました。ペテロはイエス様とわかると湖に飛び込みました。100mほどだとありました。
 最後にペテロは水の上を歩きませんでした。舟から出てイエス様の用意された食事を食べ、用意されていた新しい歩みのために旅立ちました。弟子たちはもうガリラヤ湖には戻りませんでした。
 ガリラヤ湖は本当に静かなところです。私も食事をしてガリラヤ湖から出発し新しい歩みを進むように語られているように感じました。

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