週刊 生活の中の洞察 聖書から教え

毎週教えられていることを隔週で紹介しています。

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誕生のお祝い 

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○○○ 誕生のお祝い ○○○ (伏見の散歩コースです)
 先月寂しい誕生日を迎えました。夜、帰りの遅い次男の帰りをローソクの火を灯し時を過ごしました。悲しみのセラピーには「記念日や祝日や誕生日。ただただ喜びとお祝いであった時間・・・。それが今では、非常につらい日々となりうるのです。痛みを和らげることができるように心を配って、ささやかに祝いましょう。」とあるので、一人ささやかに祝いました。
 振り返ると、その日の昼は、埼玉の友人が来てくれてランチをしました。子供達のメール、教会の役員会でケーキをご馳走になり、次の週、牧師夫人の集まりで祝って頂きました。きわめつけは、ある方から30センチ以上のでっかい誕生日カードが届きました。神が祝っていることを叫んでいるかのようです。
 みな、牧師と信徒の関係を超えて、友として接してくれています。改めて友の存在は大切だと感じます。ある週、関東の友と、カリフォルニアの友と1時間ラインで電話しました。博子姉の友と1時間話しました。彼女は自分の教会の聖餐式の時に、博子姉のことを覚えて受けたといいます。みなこちらが終えなければずっと続く会話でした。大切な1日のうちの1時間、時間をとって下さいました。
箴言 17:17 友はどんなときにも愛するものだ。兄弟は苦しみを分け合うために生まれる。
 キリストが友となって下さいました。私たちのそばに来てくださり、寄り添い、導いて下さる最も近くにいる方です。そのキリストはクリスマスに赤ちゃんとなって来て下さいました。人が片手でその命をどうにでもできる形で差し出されました。友以上のものとなってくださったのです。
 クリスマスに何を祝うのでしょうか。私たちは誕生日をお祝いします。その人の存在を喜び祝福します。しかし、イエス様の場合は私たちと違います。キリストの誕生は、キリストにとって苦しみの始まりです。キリストは神であってすでに存在された方。そのお方が人としてきてくださいました。だから、キリストが生まれたことを「おめでとう」とはお祝いできません。私たちのために生まれてきてくださったことをただ感謝するだけです。

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あの世について

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○○○ あの世について ○○○
 瀬戸内寂聴さん95才がテレビのインタビュー番組で
 「あの世はないのではないかと思う。死んだら先に死んだ人に会えると教えるが会えないのではないかと思う。」と語っていました。
 天の御国に入るにはどうしたらいいか。まさにイエス様が語っていることです。
聖書の通読で黙示録にきました。黙示録7:17「なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。」イエス様についていくとは、羊飼いであるイエス様についていくこと。 
 このコラムを読んで下さっている方が、ガンの仲間にも送られました。その友人は近くの大学の「生と死を考える会」で講演をされました。
 最初に乳がんになったのは21年前、手術、放射線、抗がん剤。15年過ぎて、転移して再発、強い抗がん剤治療。昨年6月から違う場所にも転移。もう抗がん剤は辞めることにします。命の長さよりも質を取ろうと決心をして緩和ケアーにされました。死について最後に話されました。
 「死は人間の力ではどうすることもできません。死にたいと思ってもし死ねないように、どんなに生きたいと思ってもどうにもならない。がん友のNさんの友人は牧師夫人ですが、炎症性乳がんで告知から3ヶ月で亡くなられました。死の2週間前までオルガンを弾き、前日はシャワーを浴びて、亡くなる直前にはトイレに行かれた。がんの人で最期まで自力でトイレに行った人をはじめて聞きました。神様の委ね、神様に愛されたクリスチャンの最期とうらやましいです。人の生死は神様の領域、果たすべきことがあれば生かされ、もういいよと言われればそれが死ぬ時だろうと思うと平安になります。」
 加えてお伝えしたいのは、最後の数分前に痛みではなく、「聖霊で一杯になっている」と次男に語り、私には「幻が見えた」の言葉が最後でした。もし、天の御国がなければ永遠のいのちがなければなんとむなしいことでしょうか。神様の特別な配慮があったことと思います。
 クリスマスにイエス様は天の御国から私たちを導くために来て下さいました。天の御国に行くには、いつか捨てなければならない、この世のもの、変なプライド、根深い欲、限りない自己中心を捨てて、羊飼いイエス様について行くことです。

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○○○ 報いとしての永遠のいのち ○○○(たくさんいただいた手紙です)
 12月3日博子姉の納骨式を京都市内が一望できる鳴滝霊園で行い、福音自由教会の共同墓地に納骨しました。説教は午前中の礼拝であったので、午後には、自分たちのやり方ですることにしました。
 葬儀の後に、たくさんの人たちからお手紙を届きました。60件のメール、手紙が50通以上になるかと思います。それは、彼女がよく手紙を書いていたからです。その中で彼女の印象的なことが書かれていることを読み、偲ぶ時を持ちました。
 墓には彼女が好きだったバラを飾りました。数本残して持ち帰って家に飾りました。自分たちの自分たちのための納骨式にしました。
 メールの中で、ある方が言葉が出てこないので、み言葉を送りますと。
マルコ10:29を送ってくださいました。
 「イエスは言われた。まことに、あなたがたに告げます。わたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子、畑を捨てた者で、その百倍を受けない者はありません。今のこの時代には、家、兄弟、姉妹、母、子、畑を迫害の中で受け、後の世では永遠のいのちを受けます。」
 この御言葉が深く心に入りました。手紙では、彼女の言葉、彼女の行為、彼女の態度が多くの人たちによい影響を与えていたことがわかりました。地上で百倍と言われているのですから、天においてもっとすばらしい報いがあることを思いました。
 また、福音のために奉仕した者には、来るべき世では永遠のいのちを受けるのです。これは付属で加えられているのではなく、一番すばらしいものとして、この地上のものの百倍以上の比べることができないものとして永遠のいのちが説明されています。 
 彼女は、今永遠のいのちの豊かさの中にいることで慰められました。

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栄光の姿に

○○○栄光の姿に○○○
 先月、緩和科でお世話になった看護士さんから、「どうしてますか」と電話がありました。その後、病院でドクターと看護士の方が時間と取ってくださいました。このドクターはボランティアでもこの仕事をしたいと言われていた尊敬できる方。1時間以上話が続きました。
 まず、ドクター自分の転院の対応がうまくできなかったこと、自宅で最後の時のことについて話さなかったことを謝られました。
 それから、博子のことになり、彼女は自分の最後を悟っていた。そして、死を受け入れていた。死を受け入れられずにパニックになる人も多い。しかし、彼女は強い人で最後をわかっていた。あなたは彼女の手の中で踊らされていたようなものだ、と言われました。
 それから、彼女はきれいな顔だった。普通痩せ細って美しさがなくなる。きれいな姿で召されることは幸福なこと。彼女は新しい家できれいな姿で苦しまず理想的な最後だった、と言われました。医者が言うのだから真実です。
 確かに今考えると、私は毎日のように泣いていましたが、彼女が泣いたのは数回。しっかりと友人たちと別れをしていました。最後の時のことは何も書いていないし言いませんでしたが、「こんなに長い間、一緒に住んでいながらわからないの」と言っていました。落ち着いていました。訪れる人には救いの話、天の御国の話を最後までしていました。晩年毎日世の終わり、イエス様の再臨のことについて学んでいました。天の御国を確信していたのです。
 地上では顔はきれいでしたが、体は蝕まれていました。しかし、聖書では、卑しいもので蒔かれて栄光あるものによみがえらされ、弱いもので蒔かれ、強いものによみがえらされ、血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされる。そのように、栄光のからだによみがえらされるとあります。ここに希望があります。
 ドクターは最後にこう言いました。「あなたは、博子さんからやさしくなるという特別なものをもらったのだから、それ活かしなさい。これから自分の経験を活かすように託されているんですよ。」「先生、今はまだ無理です」と言うと、うなずいておられました。
 先週「自分の十字架を負ってキリストについてきなさい」を学びました。私たちには大切なキリストの十字架がリレーのバトンのように託されています。

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○○○『喜んで十字架を負う人生』○○○ (友人の写真です)
 19日夜岩手から、博子の母が召されたとの連絡がありました。通っていた教会では葬儀は難しいということで、前夜式は家で、告別式は、葬儀会館で私が司式、説教をしました。しかし、弟以外親族全てが未信者という完全アウェーで進行しました。偲ぶ会では、「みなさん、1時だけクリスチャンになって『アーメン』を唱和して下さい」お願いしました。
 父を導いたのは、水沢教会のKさん、母を導き数日前にも電話で励ましてくださっていました。そのKさんが教会からキーボードを持ってきて下さり奏楽をしてくださいました。彼女は事故に会い、右肩の関節がありません。その中で弾いてくださいました。
 火葬している時に思い出話になりました。私たちが6月に結婚して8月に実家の岩手に休暇で行った時に、博子が行きたいところがあるということで、訪問したのがこのKさん。当時彼女は病があり、家から出られませんでした。私は外で待っていました。その夜、寝ていると博子が夜中に起きて泣いていました。なにか私が悪いことをしたのかと思い、恐る恐る聞いてみると、昼間訪問したKさんがかわいそうで祈っていたという。私はこんな心の優しい人と結婚できてよかったと思いました。
 その話になり、Kさんは、博子姉は訪問した時にも泣いて祈ってくれたことを教えてくださいました。その後、病が癒されてから、博子の家の方々にできることをさせてもらおうと思ったというのです。
 私も博子の実家からすれば、関係が薄くなりました。しかし、私はこの週、自分の十字架というテーマを考えるように導かれていたので、これは私が負うべき大切な十字架だと受け止め、奉仕しました。倉成さんも自分が受けたことを今度は与えられた十字架と思い、喜んで毎週のように父、母を訪問し、介護の手伝いもし両親を助け、導いてくださいました。
 私たちにはそれぞれ喜んで負うべき十字架が与えられています。それはイエス様の十字架が代々バトンのように渡されているかのようです。

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