週刊 生活の中の洞察 聖書から教え

生活の中でちょっと立ち止まって教えられたことを、2017年6月、妻が乳がんの宣告を受け、その後の歩みについて記しています。

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社会の破れ口に

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○○○ 社会の破れ口に ○○○  (洛西で高山右近記念キリシタンセミナーをしました。)             
 古代ローマには、幼児の遺棄が多くありました。不要な子供が捨てられ、女子は売春宿の経営者に拾われて売春婦になるように育てられました。そして、街には売春屋が多く立ち並びそこに入る誘惑がいつもありました。客は自分の子供と関係を持つということも起こりえたと当時の人が書いています。罪が罪を作っていくのです。
 賀川豊彦の明治44年の年報です。
「もらい子殺し問題、大阪市南に384名のもらい子あり、神戸新川に200のもらい子があるという事実は、社会問題の重大事件だ。貧民窟で移住すること2年。この惨劇を見て黙していられぬ。44年1月中に3件のもらい子殺しを見て泣いた。パロの王女よ、モーセが流されているじゃないか、あれ、ナイルのワニが来る。ワニが来る。」
 もっとも弱い子供が社会の被害を受けます。これは、古代、明治だけの問題ではありません。
 親が赤ちゃんを育てられなくて匿名で預ける赤ちゃんポストが、神戸の助産院で設置する計画がありました。しかし、医師が常駐していないと赤ちゃんの迅速な対応ができないという神戸市の見解が出て、マナ助産院のクリスチャンである永原郁子さんが見送ることになりました。
 赤ちゃんポストは2007年に全国で初めて熊本の慈恵病院で設置されました。2015年までに預けられた子供は125人。相談件数だけでも昨年度5500件になるといいます。神戸にもらい子を殺す者がいて、その神戸に赤ちゃんを救おうという働きがありました。社会の破れ口に私たちは立たせられています。

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心に愛の火を

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○○○ 心に愛の火を ○○○   (列福式です)          
 高山右近の列福式に出席しました。1万人が大阪城ホールに参列しました。その会は、静かで祈りで始まり、祈りで終わりました。人がほめたたえられること、拍手が控えられ、右近の神に従う信仰だけが尊ばれました。
 その祈りは「高山右近は、福音に忠実に従う道を選び、すべての地位と名誉を捨て、祖国から追放されて殉教を遂げました。わたしたちもその模範にならい、この世の力や誘惑に打ち勝ち、決して揺らぐことのない信仰に生きることができますように。」「高山右近があなたの愛に支えられてあらゆる苦しみに打ち勝ったように、あなたの恵みによって、わたしたちの心にも同じ愛の火を燃え上がらせてください。」
 その週、洛西バプテスト教会で列福記念のセミナーを急きょ開催しました。インターネットの時代です。おもしろいことに、ネットを見て来られた方が5人おられました。
 洛西教会は、京都のキリシタン研究家の杉野榮牧師が開拓した教会で今年で50年になります。障がい者手帳を持つ身となられた先生ですが、毎週週報を手書きで書かれ、午前中は休まれ午後に動き出すという生活です。
 心に愛の火がなければ50年休まずに、同じ教会で奉仕することはできません。私たちの心にも同じ愛の火を燃え上がらせてくださいと祈らずにはいられません。

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意志力の衰弱 

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○○○ 意志力の衰弱 ○○○             
 スタンドード大の心理学者ケリー・マクゴニガルが私たちの意志の弱さを紹介しています。
.織丱海傍されている健康についての警告表示があります。吸いすぎると健康を害するという警告は効果がありません。医療従事者が発見したことは、欲求を抑えるかどころか、かえって逆効果で人を不安にさせ、その不安を落ち着かせるためにタバコを吸うことになるというのです。さらに猛烈に吸いたくなってしまうというのです。
◆嵌酲の従業員に雇用主が差別待遇をする」という記事を読んで、人はどうするでしょうか。対象になる人たちは、減量しようと思わないで、さらにカロリーを多くとってしまったというのです。人は恥をかくと自己破壊的な行動に走ってしまうのです。
自分が道徳的によいことを行ったと感じている人は、次に悪いことをしてしまう可能性が高くなります。過去によいことをしたので、次は自分にゆるくしようとするのです。全米の上位企業の社長の行動を分析すると、過去、企業の社会的責任が認められた業績のある社長は、特に不祥事を起こして告発される確率が高かったというのです。人はよいことをすると、次は少々悪いことをしてもいいと考えてしまうのです。
 最初の人アダムは、警告を受けていましたが、かえってそれを破りました。破ると死ぬと言われていましたが、自己破壊的な行動に走ってしまいました。今まで従順に行きてきたので、これくらいはいいだろうと甘くなってしまったのです。
 聖書の罪という言葉には、的外れ、道を外すという言葉があります。私たちは意志において罪を犯してしまう弱い者です。
 「罪の増し加わるところには、恵も満ちあふれました。」これが救いです。キリストの義のわざにしか罪の解決がありません。

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絶望がない人生

○○○ 絶望がない人生 ○○○             
信徒の友に載っていた宝田あいの証しです。
 「宝田あいのお嬢さんが山本書店の山本七平の奥さん。山本七平は結婚した当時貧しくて自分の家の四畳半1間を山本書店として地味な本を出版していた。10年位してようやく1軒の家を借りて今まで預けていた本を収納することができた。ところが、その3日後に漏電による火災でいっさいの物が焼けてしまった。そのとき、奥さんのお母さんである宝田あいさんが来て娘を抱いて『神様は愛なりよ』と言った。その時はとてもそうは思えなかったが、何か記念になるものがないかと灰の中を探したら1枚の絵が奇跡的に出てきた。それは「希望」と題するジョージ・フレドリック・ウオットの絵だった。一人の女性がたて琴を取って地球の上に腰掛けている。彼女は目かくしてされており、一つに星が輝いているがそれを見ることができない。この絵を見たときに彼女はやはり神は愛だ、希望を持たねばならない、1本の糸でも残っていればそれを弾いてみようと思った。私たちには絶望がない。神は絶望するようなことも益としてくださると教えられた。」
 私たちが苦しみにあったときに、先が見えないことが一番の悩みです。目隠しされている状況です。しかし、霊の目を持つと少し希望が見えてきます。一本の弦に気がつくのです。じつは、この苦しみを通して私たちはきよめられるのです。
 苦しみを通して今まで重要だったことが重要でなくなります。これまで誇っていたもの、知恵、強さ、富、行い。苦しみを通してそれらの価値がなくなってくるのです。その先に神の栄光があります。

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勝利の光栄に酔う生涯

○○○ 勝利の光栄に酔う生涯 ○○○             
 内村鑑三の「ロマ書の研究」5章の解説より
 『喜びをなせりは原語のカウカオマイである。これは英語のrejoice(喜ぶ)、boast(誇る)glory(栄とする)などを意味する語であって、勝ち得てあまりあるところのその勝利を喜ぶという意味である。1節より4節までを反復熟読せよ。信仰生活の特徴は遺憾なくこの数語の中に示されているではないか。これを霊的領得の上より見れば、神と和らぎ恩恵に入り妙なる希望を与えられて勝ち喜ぶ心境であり、これを実際生活の上より見れば、患難にありても、その生むところが忍耐、練達、希望なるがゆえに、勝利の光栄に酔う生涯である。』
 『神を喜べりは神にありて勝ち誇れりの意味である。単に怒りより救いださるるにとどまらず、救われて勝ち誇るに至る。かろうじて救われたのではない。優に救われて、罪と死に勝ち得て余りあるのである。5章の1節〜11節は歓喜と勝利の連続である。』
 内村鑑三のローマ書講演は、大正10年、内村が61歳の時のこと。毎回600人が集いその中には仏教の僧侶もいたといいます。
 彼はしっかりと原語を調べて語っています。日本語訳の「神の栄光を望んで大いに喜んでいます」新改訳、「神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる。」口語訳、「神の栄光にあずかる希望を誇りにしています」新共同訳だけでは伝わりません。内村の解説は、『勝ち得てあまりあるところのその勝利を喜ぶ』『勝ち誇れりの意味である。』患難さえも喜んでいるは『患難にありても、その生むところが忍耐、練達、希望なるがゆえに、勝利の光栄に酔う生涯である』
 私たちの人生は、神を勝ち誇る人生、勝利の光栄に酔う生涯であることを喜びたいと思います。

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