週刊 生活の中の洞察 聖書から教え

生活の中でちょっと立ち止まって教えられたことを、2017年6月、妻が乳がんの宣告を受け、その後の歩みについて記しています。

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赦しと監獄 

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○○○ 赦しと監獄 ○○○   (高槻で行われたニューイヤーフェスティバルでの茶席の奉仕者です      聖書に赦しと監獄の話があります。
 マタイの福音書 18 章で王がしもべと精算をすることになりました。何万年分の労賃の借りのあるしもべが連れてこらえました。王はかわいそうに思って赦しました。ところが、赦されたしもべはたった100デナリを貸していた人を赦さずに、借金を返すまで牢に投げ入れました。それを聞いた王は怒って今度はしもべを牢に入れました。期限は借金を返すまで。返せないしもべは永遠に牢に入れられることになりました。兄弟を赦さない者にはこのようにされるとイエスは言われました。
 人を赦さないものは、心が監獄に入れられているようなものだといわれます。心が閉じ込められていて体が自由なのに、心が自由になれないのです。忘れられない過去の記憶と傷の監獄のなかに閉じ込められているのです。赦しによって心の監獄から自由になることができます
 人を赦さないとは、心に囚人を見張っている看守のようだともいわれます。囚人がいる限り、看守は自由になれません。いつも監獄の中の囚人を見張っていなければならないのです。そして、赦すことで囚人は解放され、自由になれるのです。
 27年間監獄にいた南アフリカのネルソン・マンデラは大統領になり、その就任式の演壇に自分が入っていた監獄の看守を招きました。彼は「この国は正義よりも癒しを必要としている」「ゆるしこそ恐れを取り除く最強の武器だ」と語り赦しを伝えました。彼を何年も見張っていた看守に、マンデラは毎日従わなければなりませんでした。彼が自由になっても、看守はまだ存在します。看守との和解がマンデラを自由にしたのです。

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 混乱の中での平安 

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○○ 混乱の中での平安 ○○    (高槻で行われたニューイヤーフェスティバルでの茶席の奉仕者です   
 私たち家族は父が友人の借金の保証人となり、それが払えず金沢から中学2年のときに夜逃げして関東にきました。父は社長からサラリーマンになりました。中途採用なので給料は安く。4畳半一間と台所、共同トイレ、風呂無しのアパートで再スタートでした。
 父は職人で母は寺で育って19才で結婚したので、大学に行くという考えがなく私は工業高校に行きました。
 荒れていた高校で、勉強をしていると後ろからたたかれ、校内では盗みが横行していました。学校のハイキングは県内の工場見学。卒業するとこのラインで働くのかと暗くなりました。夢も希望も持てませんでした。
 その学校にクリスチャンがいて、教会に誘ってくれました。17歳の時です。思い切ってイエス様を信じる祈りをしました。その決心した時、心になんともいえない、説明ができない平安が訪れました。平安がくると将来の希望を持つことができるのです。
 クラスの友人に神を信じると心に平安がくるということを語り始めました。クラスメールが教会に来てくれました。その中で3名の人が洗礼を受けました。
 その平安を説明するために、エレミヤ29章を引用しました.「主の御告げ、それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」
 しかし、このエレミヤ書が書かれたのは、イスラエルの危機の時です。国が滅ぼされて民がバビロンに引かれる中で、神は希望がある、将来があると語っているのです。
 人生の危機のときこそ、主が語られます。主の平安は普通の時に語られたのではなく、不安の真っ只中で、困難の真っ只中で、混乱の真っ只中で語られます。

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十字架の栄光

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○○○ 十字架の栄光 ○○○             
 長崎で一番心に残っているところは、26聖人記念館です。
 24人のキリシタンは1597年秀吉の命令により、京都で耳をそがれて京の町を引きずり回され長崎に送られ処刑されました。途中で二人加えられて26人になっています。その処刑された場所に祈念碑があります。何度も来ているのに心に響くところなのです。
 彼らは、信仰を捨てると言えば解放されました。役人も最年少のわずか12歳の少年ルドビコ茨木がいるのを見て哀れに思い、「キリシタンの教えを棄てればお前の命を助けてやる」とルドビコに持ちかけました。しかし、彼は「(この世の)つかの間の命と(天国の)永遠の命を取り替えることはできない」と答えました。
 彼らの記念碑を見て、誰もが「ああ処刑されてかわいそうに」とは思いません」「うらやましい」とも思わないでしょう。しかし、誰もが見事だと思うでしょう。見事とは、「見るべき価値のある」という意味です。外側の輝きではなく、神の御心にかなって生きているかが問われます。
 キリストはヨハネ17章の祈りの中で、栄光を現してください、栄光で輝かせて下さいと祈られました。この栄光とは十字架のことを意味しています。
 キリストは本来王の着物を着るべきなのに裸にされ、犯罪人としてむち打たれ、十字架で殺されました。それが栄光だというのです。 
 十字架それは神のご計画、贖い、神のなさる最上のこと、最大の愛の現われなのです。イエス様は遣わされた者として、その使命を十分に果たすことが栄光を現すことだと言われたのです。十字架の上に神の栄光が輝いているのです。私たちは世に遣わされた者としてどのように生きたらいいのでしょう。

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○○○ 宣教師の顔の復元をして ○○○             
 2014年の7月に、茗荷谷駅近くの切支丹屋敷跡から3基の墓と人骨が出土しました。DNA分析や人類学的分析、新井白石の「西洋紀聞」などの文献をもとに、一基の人骨は、最後の潜伏宣教師と言われる、ジョヴァンニ・パッティスタ・シドッチであると確定されました。その両側の墓から出土した人骨は、彼が洗礼を授けた長助、ハル夫妻のものであると思われます、
 シドッチは、日本で厳しい禁教の中で捕えられれば処刑されることを知っていながら日本宣教を志願し、禁教下1708年、屋久島に上陸しました。しかし、言葉が通じないので、すぐに捕えられ長崎奉行所を経由して江戸に送られました。切支丹屋敷に入れられ新井白石の尋問を受けました。白石は、シドッチの人格と学識に感銘を受け、敬意を持って接しました。
 屋敷でシドッチの監視役で世話係であったのは長助・はるという老夫婦。ある日、木の十字架をつけていることを役人により発見され、シドッチより洗礼を受けたと告白しました。そのためシドッチはこの2名とともに屋敷内の地下牢に移され、その10ヶ月後の1714年(正徳4年)46歳で衰弱死しました。
国立科学博物館では発掘された遺骨をもとにシドッティの頭部の復元像を制作し、2016年11月に公開しまし。なんとシドッチの顔が再現されたのです。
 いったい日本人は暗い地下牢に餓死させた人の顔を復元して何を考えるのでしょうか。彼が命がけで語ったことを聞かないのでしょうか、彼が今栄光の中に入れられていることを知ろうとしないのでしょうか。我らキリスト者も感心するだけでいいのでしょうか。餓死させて殺した先祖、勝手に再現した現代人。 
 科学が再現したのは外側の人間の顔。彼が何を語ったのか、今何を語ろうとしているのかを聞くこと、今彼がどこにいるのかを知ることが大切なことではないでしょうか。

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感謝の祈りで始める

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○○○ 感謝の祈りで始める ○○○             
 私たちは非常に否定的ですぐに感謝を忘れてしまう弱い存在です。
 難しいことがあると一生懸命祈ります。しかし、困難に目が奪われてその困難がさらに大きなり、それに支配されてしまいます。その問題をすでに支配している神様よりも、その困難を自分のほうで大きくしてしまっています。
 これまで神が祈りをお聞きになり御業をされたことよりも、まだ、祈りが実現していない、聞かれていないことに焦点を合わせてしまいます。いつの間にか、神から忘れられ、見捨てられたような気持ちになってしまいます。
 まず、神に感謝することから始めて、神に心を向けることです。
ジョン・ホワイトが感謝の祈りで始めよと勧めています。
 「感謝の祈りで始めると、あることが起こります。自分の影の暗闇から祈ることがなくなります。自分の暗黒の影に縛られている限り祈りの中に自由を持つことができません。あなたの前の壁にゆらめく巨大な影はあなたが祈りにはふさわしくないことや力の無さや不信仰を指摘して脅かします。そして、あなたが小さく縮むと、影はよりおおきくより黒々としてくるのです。ですから感謝を献げましょう。影は影に過ぎないのです。」
 感謝が影の暗闇から私たちを解放します。神の現実に私たちを引き戻して下さいます。神は祈りを聞かれる方、神は実際におられることを示すために、この地上にイエス様を送られました。最後は、愛の最大の表現である十字架で救いを完成されました。人々の前で神の愛をお見せになられたのです。そして、今や御霊が与えられ祈りを支える方が遣わされています。感謝の祈りから始めましょう。

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