週刊 生活の中の洞察 聖書から教え

2017年6月、妻が乳がんの宣告を受け、8月に自分の人生を完結して地上の生涯を終えました。その後の生活についてです。

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燭台もあげたのに

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○○○ 燭台もあげたのに ○○○      (おいしいコーヒーのいれかたセミナーに出ました)       
 レミゼラブルはヴィクトル・ユーゴーが1862年に執筆したフランス小説。
 ジャン・ヴァルジャンは貧しさのゆえに、たった一本のパンを盗んだことで捕らえられ、何度も脱獄をしたので19年も服役しました。小さな罪も見逃さないジャヴェール警部はどこまででも彼を追跡して、捕らえようとします。ヴァルジャンはミリエル司教のところで食事をいただき、その食器を盗んでしまいます。捕らえられた時に、ミニエル司教は彼に、「それは盗んだのではなくてプレゼントしたのだ」と優しく語り、「二本の銀の燭台もあげたのにどうして置いていったのか」と言って燭台をプレゼントしました。バルジャンはミニエル司教に罪を告白し改心をしました。
 ユーゴーはクリスチャンとは聞いていませんが、ジャベールが聖書の律法と考えるとよくわかる。人はいくらいいことをしても過去の罪を消すことができません。律法は、人を支配し、告発し、裁きます。バルジャンが自由になるには、どちらかが死ぬことしかありません。ジャベール警部は愛の人に変えられたジャン・バルジャンと向き合った時に自殺しました。律法は愛と出会ったときに、その役割が終わるのです。私たちはキリストを信じた時に律法に死に、律法から解放されたのです。
 ローマ書では結婚のたとえを使って説明しています。今までは律法という夫に結ばれていました。そこには厳しさしかありませんでした。監視され、命令され、愛など何もありません。その夫が死に、新しい夫のキリストと結ばれたのです。そこにはキリストの愛があるのです。
 ジャンバルジャンが変えられたのは、ミリエル司教の愛に出会ってからです。私たちが生きるのは、律法にではなく、キリストの愛、御霊の働きによって生きるべきです。
 さて、ミニエル司教は「銀の燭台もあげたのにどうして置いていったのか」と言いましたが、私たちに神は「恵みをあげたのにどうして置いていったのか」と語っていないでしょうか。

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透明人間になる指輪

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○○○ 透明人間になる指輪 ○○○  ○○○ 透明人間になる指輪 ○○○             
 プラトンの著作『国家』にギュゲスの指輪の話しがあります。ギュゲスという羊飼いは、ある日不思議な力をもつ指輪を見つけました。その指輪を回すと周囲から姿が見えなくなるのです。彼はその指輪を使って宮殿に入り、王妃と関係をもってしまいます。それから二人で王を殺し王位を得ました。
 ギュゲスのように不正を行なって栄華を極める人と、正義を貫いて何も得ない人と、どちらが良い人生を送ったと言えるのかとプラトンはソクラテスに質問しました。彼の答えは、不正に身を委ねるのは、自らを精神の中の醜く汚れた部分の奴隷にすることであり、外的な状況がどうあろうとその状態はみじめである。
 あなたはこの透明人間になる指輪があったらどうしますか。何をしますか。プラトンのいう正義とは、何もしないことですが、聖書は積極的です。
 パウロは、「義の器としてあなた自身とその手足を神にささげよ」と命令しています。この器という言葉は、武器という言葉です。ローマ13章12節では光の武具を着けよと語られています。13節では、「やみのわざを打ち捨てて遊興、酩酊、好色、争い、ねたみの生活を捨てるように」との勧めです。透明になる指輪をもっていたら、このようなことに使ってしまうのでしょうか。
 賭け事で人のカードを見て勝つ。人の秘密を見る。気に入らない人の家に入ってあら探しをする。監視カメラに映らないので、何処に行っても何でも手に入る。闇の世界です。
 聖書は、あなたが透明人間になって神の働きをするようにというのです。透明になるというのは、指輪を使って透明になるというのではなく、名前を出さないですること、人にわからないようにすることです。イエス様は右の手のしていることを左の手に知られないようにせよと言われました。義のために透明人間になることができるのです。

           
 プラトンの著作『国家』にギュゲスの指輪の話しがあります。ギュゲスという羊飼いは、ある日不思議な力をもつ指輪を見つけました。その指輪を回すと周囲から姿が見えなくなるのです。彼はその指輪を使って宮殿に入り、王妃と関係をもってしまいます。それから二人で王を殺し王位を得ました。
 ギュゲスのように不正を行なって栄華を極める人と、正義を貫いて何も得ない人と、どちらが良い人生を送ったと言えるのかとプラトンはソクラテスに質問しました。彼の答えは、不正に身を委ねるのは、自らを精神の中の醜く汚れた部分の奴隷にすることであり、外的な状況がどうあろうとその状態はみじめである。
 あなたはこの透明人間になる指輪があったらどうしますか。何をしますか。プラトンのいう正義とは、何もしないことですが、聖書は積極的です。
 パウロは、「義の器としてあなた自身とその手足を神にささげよ」と命令しています。この器という言葉は、武器という言葉です。ローマ13章12節では光の武具を着けよと語られています。13節では、「やみのわざを打ち捨てて遊興、酩酊、好色、争い、ねたみの生活を捨てるように」との勧めです。透明になる指輪をもっていたら、このようなことに使ってしまうのでしょうか。
 賭け事で人のカードを見て勝つ。人の秘密を見る。気に入らない人の家に入ってあら探しをする。監視カメラに映らないので、何処に行っても何でも手に入る。闇の世界です。
 聖書は、あなたが透明人間になって神の働きをするようにというのです。透明になるというのは、指輪を使って透明になるというのではなく、名前を出さないですること、人にわからないようにすることです。イエス様は右の手のしていることを左の手に知られないようにせよと言われました。義のために透明人間になることができるのです。

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社会の破れ口に

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○○○ 社会の破れ口に ○○○  (洛西で高山右近記念キリシタンセミナーをしました。)             
 古代ローマには、幼児の遺棄が多くありました。不要な子供が捨てられ、女子は売春宿の経営者に拾われて売春婦になるように育てられました。そして、街には売春屋が多く立ち並びそこに入る誘惑がいつもありました。客は自分の子供と関係を持つということも起こりえたと当時の人が書いています。罪が罪を作っていくのです。
 賀川豊彦の明治44年の年報です。
「もらい子殺し問題、大阪市南に384名のもらい子あり、神戸新川に200のもらい子があるという事実は、社会問題の重大事件だ。貧民窟で移住すること2年。この惨劇を見て黙していられぬ。44年1月中に3件のもらい子殺しを見て泣いた。パロの王女よ、モーセが流されているじゃないか、あれ、ナイルのワニが来る。ワニが来る。」
 もっとも弱い子供が社会の被害を受けます。これは、古代、明治だけの問題ではありません。
 親が赤ちゃんを育てられなくて匿名で預ける赤ちゃんポストが、神戸の助産院で設置する計画がありました。しかし、医師が常駐していないと赤ちゃんの迅速な対応ができないという神戸市の見解が出て、マナ助産院のクリスチャンである永原郁子さんが見送ることになりました。
 赤ちゃんポストは2007年に全国で初めて熊本の慈恵病院で設置されました。2015年までに預けられた子供は125人。相談件数だけでも昨年度5500件になるといいます。神戸にもらい子を殺す者がいて、その神戸に赤ちゃんを救おうという働きがありました。社会の破れ口に私たちは立たせられています。

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心に愛の火を

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○○○ 心に愛の火を ○○○   (列福式です)          
 高山右近の列福式に出席しました。1万人が大阪城ホールに参列しました。その会は、静かで祈りで始まり、祈りで終わりました。人がほめたたえられること、拍手が控えられ、右近の神に従う信仰だけが尊ばれました。
 その祈りは「高山右近は、福音に忠実に従う道を選び、すべての地位と名誉を捨て、祖国から追放されて殉教を遂げました。わたしたちもその模範にならい、この世の力や誘惑に打ち勝ち、決して揺らぐことのない信仰に生きることができますように。」「高山右近があなたの愛に支えられてあらゆる苦しみに打ち勝ったように、あなたの恵みによって、わたしたちの心にも同じ愛の火を燃え上がらせてください。」
 その週、洛西バプテスト教会で列福記念のセミナーを急きょ開催しました。インターネットの時代です。おもしろいことに、ネットを見て来られた方が5人おられました。
 洛西教会は、京都のキリシタン研究家の杉野榮牧師が開拓した教会で今年で50年になります。障がい者手帳を持つ身となられた先生ですが、毎週週報を手書きで書かれ、午前中は休まれ午後に動き出すという生活です。
 心に愛の火がなければ50年休まずに、同じ教会で奉仕することはできません。私たちの心にも同じ愛の火を燃え上がらせてくださいと祈らずにはいられません。

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意志力の衰弱 

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○○○ 意志力の衰弱 ○○○             
 スタンドード大の心理学者ケリー・マクゴニガルが私たちの意志の弱さを紹介しています。
.織丱海傍されている健康についての警告表示があります。吸いすぎると健康を害するという警告は効果がありません。医療従事者が発見したことは、欲求を抑えるかどころか、かえって逆効果で人を不安にさせ、その不安を落ち着かせるためにタバコを吸うことになるというのです。さらに猛烈に吸いたくなってしまうというのです。
◆嵌酲の従業員に雇用主が差別待遇をする」という記事を読んで、人はどうするでしょうか。対象になる人たちは、減量しようと思わないで、さらにカロリーを多くとってしまったというのです。人は恥をかくと自己破壊的な行動に走ってしまうのです。
自分が道徳的によいことを行ったと感じている人は、次に悪いことをしてしまう可能性が高くなります。過去によいことをしたので、次は自分にゆるくしようとするのです。全米の上位企業の社長の行動を分析すると、過去、企業の社会的責任が認められた業績のある社長は、特に不祥事を起こして告発される確率が高かったというのです。人はよいことをすると、次は少々悪いことをしてもいいと考えてしまうのです。
 最初の人アダムは、警告を受けていましたが、かえってそれを破りました。破ると死ぬと言われていましたが、自己破壊的な行動に走ってしまいました。今まで従順に行きてきたので、これくらいはいいだろうと甘くなってしまったのです。
 聖書の罪という言葉には、的外れ、道を外すという言葉があります。私たちは意志において罪を犯してしまう弱い者です。
 「罪の増し加わるところには、恵も満ちあふれました。」これが救いです。キリストの義のわざにしか罪の解決がありません。

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