週刊 生活の中の洞察 聖書から教え

生活の中でちょっと立ち止まって教えられたことを、2017年6月、妻が乳がんの宣告を受け、その後の歩みについて記しています。

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天の父さまと呼べる幸い
 ノートルダム清心学園のシスター渡辺和子さんが、NHKこころの時代〜私の戦後70年で出演されました。彼女は、二・二六事件で、父を目前で殺されました。その父にとどめを刺した陸軍少尉の弟が安田善三郎氏。事件から50年の法要で初対面したことの番組です。それ以来二人が交流を続けています。番組が注目したのは、学園の玄関に飾られている河野進牧師の詩でした。
「天の父さま どんな不幸を吸っても、はく息は感謝でありますように すべては恵みの呼吸ですから」
 河野進牧師は、岡山の教会の牧師でハンセン病施設を訪問する働きをしていました。ある日渡辺さんを訪問してこの詩を渡しました。何かお菓子の入れ物の底に書いたものでした。当時の渡辺さんの言葉です。
 「この詩を手にした当時の私は、多分自分を『不幸』というバイキンのただ中に置かれた不幸いっぱいの人間と考えていたと思います。そんな私に、神は、その人の力に余る試練を与えないこと、不幸に思えることも『恵み』以外の何ものでもないという信頼、また、人間には、吸い込んだ不幸を、感謝に変える力が与えられていることを教える励ましの詩でもありました。」
 詩は『天の父さま』と呼びかけています。この呼びかけが大切です。
 どんな不幸の中にいても天の父さまが見ていて下さること、不幸を感謝に変えて下さること、天の父さまに頼らなければならないことを教えています。
 私達は息をしなければ死んでしまいます。息をしている中でどうしても嫌なことも吸わなければならない時、避けられないものがきます。そのときこそ、天の父さまによって、感謝に変えていくのです。

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二つを一つにする神

 ○○○二つを一つにする神 ○○○             
 アウシュビッツの強制収容所に収容されて生き延びた精神科医ヴィクトール・フランクルとユダヤ教の神学者のラビ・ラピーデの対話の本「人生の意味と神」を読みました。
 聖書の最初の言葉、「初めに神が天と地を創造した」。最初に出てくる言葉は、初めにのベレシット。このヘブル語の最初の言葉はアレフではなくベット。このベットはヘブル語のアルファベットの2番目の言葉です。なおこの言葉は2の数字も表します。    
 ラビのラピーデは、この「2」は全創造の鍵だといいます。神は世界を対において造られました。それは、光と闇、天と地、太陽と月、陸地と海、動物と植物で始まります。
 どうしてすべてのものが、2ということの中にあるのでしょうか。この対の意味は、対照としてではなく、自らの自己理解のためにもう半分を必要とするということを意味しています。二つで一つであることを示しています。昼がなければ夜がない。陸地があるから海がある。その意味で神は男と女を造られました。よって二つは神によって一つとなることを意味しています。二つが一つになることは、神的なことなのです。
 世にはたくさんの対立が存在します。自分のうちにある善と罪、夫婦のうちの一致と不一致、社会の中の善と悪、自然界の調和と不調・・・。それを一つとするのは神です。そして、神がそれを欲しているのです。それをすることは神の子として召された私達の大切な使命です。

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 「夫と妻のしあわせ作り」の本を改訂しています。最後に二つの勧めを加えました。その一つは二人で先を見ることです。
 婚約時代はお互いに見つめ合っていたのですが、問題が起こるとお互いににらみ合うようになっていきます。大事なことは二人で同じ方向を見ることです。問題を抱えている夫婦は、お互いの目を見るのではなく、相手の欠点、間違い、行動、性格に目を向けています。そして、お互いに批判し合うようになります。さらにお互いの過去を掘り返し、それをつきつけます。それでは先に進みません。
 お互いに理解し合い、赦し合い、そして、二人の未来をみることが大切です。過去ばかりを見ていると、過去に縛られてしまいます。お互いに自分に対して誠実ではなかったパートナーの態度を振り返ります。それでは先に進みません。
 さて、本の中でキリスト教カウンセリングには、一般のカウンセリングにはないことに触れています。それは互いのために祈ることです。特に男性が家族のために祈ることです。クリスチャンの夫婦でも一緒に祈ることが少ないようです。家族が一緒に未来を見ることができるのは祈る時です。これまで守られ、導かれてきたことを感謝し、これからの生活を、人生を神に委ねて祈る、それは一緒に二人の先を見ることにつながります。
 まずは、食事の時に短く家族のために祈ることです。特に、困難に直面しているときには、相手にとってどんなに大きな励ましになることでしょうか。お互いに考えていることが違っていても、同じ神に祈ることによって一致することができます。
 教会でも、社会でも、議論、追求する、問題を掘り起こすのではなく、人々のために祈ることです。どんな時にも、どこででもきよい手を上げて祈ることです。

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二つを一つにする神

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   アウシュビッツの強制収容所に収容されて生き延びた精神科医ヴィクトール・フランクルとユダヤ教の神学者のラビ・ラピーデの対話の本「人生の意味と神」を読みました。
 聖書の最初の言葉、「初めに神が天と地を創造した」。最初に出てくる言葉は、初めにのベレシット。このヘブル語の最初の言葉はアレフではなくベット。このベットはヘブル語のアルファベットの2番目の言葉です。なおこの言葉は2の数字も表します。    
 ラビのラピーデは、この「2」は全創造の鍵だといいます。神は世界を対において造られました。それは、光と闇、天と地、太陽と月、陸地と海、動物と植物で始まります。
 どうしてすべてのものが、2ということの中にあるのでしょうか。この対の意味は、対照としてではなく、自らの自己理解のためにもう半分を必要とするということを意味しています。二つで一つであることを示しています。昼がなければ夜がない。陸地があるから海がある。その意味で神は男と女を造られました。よって二つは神によって一つとなることを意味しています。二つが一つになることは、神的なことなのです。
 世にはたくさんの対立が存在します。自分のうちにある善と罪、夫婦のうちの一致と不一致、社会の中の善と悪、自然界の調和と不調・・・。それを一つとするのは神です。そして、神がそれを欲しているのです。それをすることは神の子として召された私達の大切な使命です。

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奥まった部屋に行け

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○○○ 奥まった部屋に行け ○○○             
 神学生時代、神学校の隣が浜田山教会でした。舟喜信先生が、神学校の校長で浜田山教会の牧師でした。古い木造の教会の2階に礼拝の説教テープが置いてあったので、時々何本か借りて聞きました。何を聞いていたかというと舟喜先生の牧会祈祷です。説教のように心に訴えるのです。あんな祈りはどうしたらできるのだろうかと思いました。
 祈りは、その人の霊性をよく表しています。説教は準備します。しかし、祈りの言葉は準備しません。だから、その人の心をよく表しています。その人の祈りでその人が神とどのように歩んでいるかがわかります。
 そこで、自分の牧会祈祷に悩みます、家庭での祈りに悩んでいます。実にうすっぺらな祈りなのです。
 イエス様は奥まった部屋に入って、隠れたところにおられる父に祈りなさいと言われました。戸を閉めてとあるように、一切の人の出入りを拒んでいます。それは、人を意識しない祈り、人に影響されない祈りです。
 では、祈りがうまくできなければ祈らなければいいのではと言いたくなりますが、ここは、そのようなことを言っていません。ただ戸をしめて祈りなさいです。天の父が祈りを聞いて報いて下さるので、とにかく祈りなさいとの命令です。これは祈りを聞かれる神を体験しなさいとの勧めです。そして、天の父は隠れたところで見ておられるとの励ましになります。
 よく読むと、父なる神はは聞いておられるではなく見ておられると言っています。聞いておられるなら、私たちが祈る祈りが間違えなく言葉を揃えなければなりません。しかし、見ておられるとは、私たち態度、行動を見ていてくださるのです。神に叫ばなくてもわかってくださり、何度も言わなくても神は聞いて下さるのです。とにかく、祈りを大切にしていきましょう。

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