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おととい15日は、午後4時から飯田高校ラグビー班のOB戦でした。私は昭和51年4月の高校入学ですが、既にその当時からOB戦は元日と8月15日と決まっていました。
ラグビー班の創部は昭和24年のはずですが、元日のOB戦は花園出場の時などは中止になるにしても、私の知る限り、盆のOB戦が中止になったことは、たぶん今までなかったと思います。ただ、北信越国体が盆明けすぐの時は、監督も主力の3年生も開催県に行っており、監督不在で2年生以下とやったこともありました。
今年は花園出場(=来年元日のOB戦キャンセル)が濃厚で、しかも前OB会長が亡くなってすぐのOB戦。ですから、現役の強さを確かめたり思い出話をしにくるOBが大勢集まると思って出かけましたが、予想は見事に外れ、最近では例のないくらい少ない人数でした。
OBチームの選手が集まらず、キックオフ直前でも14人。こう言った時は、現役1年生に入ってもらうこともありますが、なんとかギリギリ15人揃い、20分だか25分を3本やりました。
OBチーム15人の中には、私が高3の時の1年生とか卒業と入れ違いに入部して来た世代のOBも入ってましたから、彼らは48歳とかですよね。
夏合宿明けで北信越国体前。現役にとってはしんどいタイミングだとは思いますが、現役が勝ったのは1本目だけでした。BやCになると、もちろん走力はないもののOBの経験と粘り、体重!と威圧?が功を奏し、即席OBチームが現役を圧倒してました。コンバージョンの精度も抜群に高く、さすがOBチームと胸を張れる内容だったと思います。
私は、仕事も家庭も競馬もラグビーも口だけですから、OB戦に臨むスタンスとしては「協力すれども介入せず」。OBチームにただのん気に声援を送っていました。
ちょうど今の高3は、私が上郷スクールで最後に教えた世代。彼らが小3まで私が受け持ち、事情で私はスクールから離れました。もう9年も前のこと。9歳だった小3生も既に18歳の最高学年。ついに花園が4ヶ月半後に迫って来ました。
OB戦後の監督さんの挨拶も、「北信越国体を勝ち抜き本国体に出場し、花園でも1回戦に勝ち、シード校相手にどこまでやれるかやってみたい。花園で飯田高校の全国同窓会を開催していただきたい」でしたから、楽しみにしていましょう。
キャプテンの言葉も、「夏合宿では全国レベルを相手に課題も多く見つかった。11月には大差で県大会を制し、暮れには多くのOBに花園に足を運んでいただけるようにしたい」でしたから、頼もしい限り。
飯田高校は創部60年以上で花園はまだ1勝(6敗)。今まで唯一の勝利は1998年。まさに「めったにない」花園の勝利を、この暮れは信じてみたいと思います。
私は超怠慢な高校ラグビー生活を送りました(3学年合計で15人に達せず、3年春で引退)し、自分の子どもは一人も飯田高校には進みませんでした。でも、強く大勢の現役諸君のおかげで、こうしてひっそりOB風を吹かすことができます。現役諸君、ありがとう。
と言うことで、ではまたです。
この後、21日と28日はまた菅平。北信越国体(成年も少年もサニアパーク)のお邪魔スタッフとして出かけてきます。試合の後には9月の大学ラグビー(アルウィン)の打ち合わせもあるので、何かお話できるかもしれません。
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