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今週末、豊田では東海選抜が開会(15,16,20日)し、飯田では北信越選抜の決勝戦(16日)が行われます。

全国選抜出場26校のうち、この東海、北信越、そして近畿の3ブロックだけまだ出場校が決定していません。

他はすべて決まっていますが、「近畿5校」も熾烈な争いが予想されますね。

出場決定校は↓を、

http://www.rugby-try.jp/game/senbatsu/9th.php#school

近畿ブロックの組み合わせは↓をご覧下さい。

http://www.rugby-try.jp/taikai/taikai.php?id=608

その全国選抜ですが、今年は例年以上に「変則日程」で行われるようです。

今までは大会2日目に2回戦と敗者戦を同時にやってましたが、今年は1回戦が4月1日、敗者戦が4月2日、そして2回戦が4月3日だそうです。

意図と真意はわかりませんが、だそうです。

残念ながら今年は翔洋は出場できませんし、仮に飯田高校が出場しても私は熊谷には行きませんので、全国の話題はここまで。

さて、9日の日曜日、私は飯田の会場で北信越大会の準決勝を見ていました。

私の周りにいたのは、飯田高校や下農のOB会「重鎮」、長野県協会の「幹部」などです。

見ていた準決勝は日本航空第二と新潟工業の試合でしたが、どうしてもトンガパワーの話題になりました。

そこで一人が私に聞きました。

「翔洋にも外人留学生はいるのか?」と。

私は答えました、「いません」と。

続けて私は、以下のように翔洋のことを言っておきました。

「翔洋は、ラグビー未経験の静岡県内の子が殆どで、入って来た(集めたのではなく)その子らを鍛え、いつか東のBシードあたりを喰おうを本気でチーム作りをしている」と。

すると、重鎮や幹部のおじさんたち、いたく感激して、「偉い、そうじゃなきゃ」とか、「素晴らしい」とか、異口同音に翔洋のチーム作りのこと褒めてましたね。

2006年の9月に翔洋が初めて飯田に乗り込み、2日間(2試合)で15トライ15コンバージョン!の完勝ぶりを目の当たりにし、たぶんぶったまげたと思います。

実はレギューラー13人の3年生のうち、県外出身者1人、スクール経験者1人、寮住まい1人で、それはすべて同一人物だと言うことを知り。

あとの12人の3年生は、すべて地元の中学出身者で、全員高校からラグビーを始め、そしてみんな自宅から通学していることを知ったんですから。

そのチームが「スクールの粋を集めた」飯田や下農に完勝し、暮れには優勝した仰星に38対0の「善戦の完封負け」を演じたわけです。

重鎮幹部の歴々もそんなことを知るにつれ、「恐るべし翔洋のチーム作り」と再認識したんだと思います。

準決勝第2試合で飯田高校が若狭東を破る前、既に第1試合の日本航空のトンガパワー炸裂を見ていたスタンドで、実は翔洋のチーム作りや「哲学」やこだわりに感心し、「それはすごい」と言っていたおじさん集団がいたのです。

「今年もここに9月に来ますから、よろしくお願いします」と頼んだところ、もちろん「わかった」となったわけです。

「幸い」、飯田の関係者は翔洋にいい印象しか持っていないようです。

そうそう、思い出しました。

2006年に初めて飯田に翔洋が来た時、残念ながらケガ人が何人か出てしまいましたが、試合後飯田高校の監督が、「翔洋の選手は絶対立ってつなごうとしている。踏ん張って耐えている」、「それに比べ飯田や下農の選手はすぐ倒れてしまう」と言ってました。

見ている人は、きちんと見ていてくれるのです。

「倒れない、立ってつなぐ、踏ん張る、我慢する」

そんな翔洋のラグビーは、飯田の観客や「通」の目に好意的に映らないはずがありません。

16日には長野県協会の理事会があります。

私はそこでも9月のことをチラシとともに紹介し、今から「一大ムーヴメント」を巻き起こしたいと思います。

飯田からの翔洋へのお礼は、交流3年目の今年、暮れの12月27日にようやく花園でできると思っていますから。

豊田の東海選抜Bブロック、飯田の北信越選抜決勝戦、そして秩父宮のトニーブラウン・・・。

今週末も楽しみな試合が多いですね。

ではまた。

今日は簡単に東海選抜Bブロックトーナメントへ出場する翔洋高校2008年組を壮行します。

相手は三重県第4位の四日市工業ですが、この三重県代表との試合は最近少なく、極めて貴重な試合経験になると思います。

今の2年生が1年の時の3年は、そう、我々の2006年世代ですね。

東海ブロックで単独チームどうしが対戦するのは、1年のうち3月の東海選抜と6月の東海総体だけです。

9月に東海国体がありますが、これは選抜チームなので、「翔洋」として単独でファーストジャージを着て試合をするわけではありません。

では、今の2年生が知っている1級上と2級上の世代の東海ブロックでの戦歴を振り返ります。

見ていくと、2006年世代以降で三重とやったの、2006年3月の東海選抜決勝戦しかありません。

2006年の東海選抜は、関商工に勝ち、四日市農芸に破れました。

2006年の東海総体は、西陵に負け、関商工に勝ちました。

2007年の東海選抜は、岐南工業に勝ち、春日丘に敗れました。

2007年の東海総体は、関商工に勝ち、春日丘に敗れました。

そうなんです。

過去8試合の対戦相手は、岐阜が4回(関商工3回の岐南工が1回)、愛知が3回(春日丘2回の西陵1回)、そして三重はたった1回(農芸)しかありません。

そのたった1回の四日市農芸との対戦は、26対50(トライ4本8本)の大差で敗れています。

そう、2006年組が全国選抜出場を決めた関商工戦の翌日の決勝戦です。

2006年組は公式戦を23試合戦いましたが、8本もトライを取られたの、4月の全国選抜で仰星に13本!取られたのに次ぐ、実はワースト2の記録なんです。

この15日の四日市工業戦は、8本トライを取られ、50失点を喫したあの試合以来となる三重県単独チームとの対戦になります。

どうか今年の皆さん、別に2世代上の私たちの仇を取れとまでは言いませんが、8本も取られて負けることのないよう、しっかり戦い抜いて欲しいと思います。

前にも言いましたが、四日市工業は、優勝した朝明に準決勝で敗れているものの、12点を奪って「二矢」も報いています。

くれぐれも侮ることなく、もちろん挑戦者の立場でぶつかって行って欲しいと思います。

この東海選抜から年度末の松前杯へと試合や大会が続きますが、年度が改まれば、すぐに静岡総体リーグ戦が始まります。

これから6月の東海総体まで、毎月、毎週のように試合が続いて行きます。

弥生3月の好スタートから6月の静岡総体決勝戦、静高戦まで一気に連勝街道をばく進するよう、遠くで応援しています。

4月には総体の観戦に行くことができると思いますので、それまで実際の試合を見ることはないですが、この週末、豊田で大暴れして下さいね。

いい知らせを待っています。

ではまた。

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「二走ボケ」とは、すみませんね、競馬用語です。

休養明けの初戦で勝ったり好走した馬が、次の二走目で原因不明の凡走、敗退することを言います。

一般的に、休養明けで快勝した次のレースは、ファンの期待も大きく、馬券も売れ人気になるのに、どうしたことか、そこでコケちゃうのが二走ボケです。

今日なぜこんな「快勝後に期待を裏切る凡戦」である二走ボケの話題を出したかと言うと、もちろん20日が翔洋2008年組の2試合目だからです。

実は2年前、2006年組を振り返ると、「二走ボケ」だったんですね、たぶん。

その年、初戦の清水南に11トライの71対0で快勝した翔洋は、翌週の2戦目、湖南戦は17対7だったんです。

トライ数は3本1本。こんな試合だったんですね。

2006年組は、公式戦全23試合のうち静岡県内では15試合戦い、もちろん15戦全勝でしたが、15試合で112トライ698得点、16失トライ104失点でした。

15試合で112本のトライを取り、15試合で16トライしか取られなかった2006年組でしたが、新チーム2試合目は、3本1本の17対7だったんです。

取ったトライと取られたトライの差、得失トライ差が2本以内の試合、県内15試合のうち3試合しかありませんでした。

2本差が新人戦の湖南(3本1本)と総体の静岡東(4本2本)、そして1本差と言うのが1試合ありました。総体決勝の静岡高校戦(4本3本)です。

県内で3本取られたの、この総体の静岡高校戦だけでした。

そんな2006年組の立ち上がり2戦目が、「二走ボケ」だった湖南戦だったんですね。

実はこの試合、私は見ていません。

前の週の初陣(清水南戦)を見に行ったので、この湖南戦と翌週の橘戦の2試合は「欠席」しました。

ですから、なぜ二走ボケになってしまったのか、今となってはその理由や原因はわかりません。

20日の清水南戦が二走ボケにならないようにすべき2008年組には、何の参考にもならずに申し訳ありませんが、なんで湖南に3本1本だったんでしょうね。

もちろん湖南も力のあるチームです。

去年(2007年組)の秋の決勝は湖南相手(27対7)でしたし、2004年組の初陣も湖南で5対3でしたからね。

それにしても、初陣を71対0の完封大勝発進した2006年組は、1週間後に17対7の辛勝、凡戦だったのです。

たぶん一つの原因は、ポジション変更だったと思います。

初陣のポジションから5人が替わってますね、その試合。

2→3、3→8、15→7、7→15、16→2とこれだけ替わっていました。

初めて編成した初陣から1週間で5人がポジションが替わったので、連携がうまく図れなかったんでしょうか?

このブログ、基本的に私が撮った画像(写真)だけを掲載しますが、この試合は行ってないので、他の方に撮ってもらったのを使わせてもらいます。

会場は、そう、南高ですね。

2006年組が公式戦を南高で戦ったの、この1試合だけでした。

応援幕の前で何人もの父兄が声援を送っています。

たぶんこのシーズン、南高に応援幕を掲げ、みんなで応援したの、初陣2戦目のこの1試合だけだったんですね。

2008年組のオーダーやポジションまで干渉も介入もしませんが(当たり前!)、20日の南高戦、誰がどのポジションを担っても、2006年組のように二走ボケには決してならず、猛爆圧勝になることを期待しています。

自分一人で行ってはダメですが、アタックもディフェンスも前に前に出て、前の試合以上に快勝できるといいですね。

前の試合(初陣)、バックスは声を掛け合ってお互い走るコースを工夫すれば、もっと抜けたと思いますし、フォワードでももっと取れたと思います。

1試合1試合課題を修正し、磐石の体制を整えて欲しいと思います。

では、断じて二走ボケにならないよう、20日の2試合目に臨んで下さい。

いい結果連絡をお待ちしています。

栴檀は二葉より

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今日2008年1月14日、翔洋高校の統合創部10世代目となる2008年組が初陣を迎えました。

結果を先に言うと、静岡工業相手に10トライ8ゴールの66対0の完封発進でした。

トライは前後半5本ずつ。8トライ目(後半3本目)までコンバージョンもすべて決まり、パーフェクトペースだったのですが、最後の2本が外れてしまいました。

でもこれは、きっとスコアを66点のぞろ目にするための「演出」だったかも知れませんね(嘘)。

10周年の記念かつ節目の2008年世代は、私らの2006年組が3年の時の1年ですから、まあ思い入れと言うか、可愛い世代ですね。

その初陣を見たくて、「わざわざ寒いなか」出かけたわけです。

なぜ私が初陣(「ショジン」じゃないぞ、翔洋生、読めるか?!)が好きなのかと言うと、理由は二つあります。

まず、「期待と不安のニューフェイス、ヤングジェネレーション」が、どこかまだ頼りないものの、未来と希望を抱かせるところですね。

3年生が花園で競技生活を終え、年が明けるとすぐ新人戦ですが、2,3人いる前世代からのレギュラー組を除き、殆どの選手が初めての先発レギュラーになるわけです。

まったく新しい世代とオーダーで臨む新人戦初戦は、未来を占い、楽しみを語るには、必見の試合ですね。

しかも、試合を重ねるごとにオーダー(ポジション)も次第に固定されていくので、最後花園を終えて振り返るとき、「ああ、初陣の何番は誰だったんか」とかなるわけです。

正月明けの新人戦初戦は、新チームの門出でもあり、関係者の「遅めの」年始挨拶とも重なり、めでたい印象がありますね。

だから好きです、私。

次の理由は、まさに個人的な理由なのですが、愚息が中3の正月、二人で翔洋に初めて来たのが、この新人戦初戦でした。

前にも書きましたが、相手は浜松湖南。そしてスコアは5対3でしたね。

その「5対3の初陣」の2004年世代は、準決勝で静高に敗れ、静岡県3位として臨んだ東海選抜Cブロックでも、負け負け連敗の4位でしたね。

そのチームが花園では大阪朝鮮相手に15対13の死闘を繰り広げ、「後半30分10秒からの1プレー」で逆転負けを喫したのです。

その2004年世代から2人も高校東西対抗に選出されたのですから、あの世代の夏以降の成長は部史に残るものだと思います。

私ら親子には、そんな思い出の「2004年組初陣」なんです。

もう4年前の話ですが、初めて翔洋に来て先生方とお話をし、5対3の新人戦を見たのが、私らの翔洋「初体験」でした。

そんなこんなの新人戦初陣ですので、もう自分の子供はすっかり関係ないのに、今年も見に行ってしまいました。

やはり毎年見ても面白いですね、初陣は。

花園を経験した2年生3人のうち、スタンド以外の2人はポジション変更があったので、たぶん10番以外は公式戦で初めて身に着ける背番号だったんじゃないでしょうか?

そんな翔洋新チームの初陣を見てきたわけです、今日。

2006年組の初陣は、清水南相手に11トライの71点で、最初のトライは14番でした。

そして2008年組の初陣は、静岡工業相手に10トライの66点で、最初のトライは11番でした。

トライの数もスコア(ぴったり1トライ分の差)も、そしてウイングが初トライと言うのもよく似てますね。

初陣を11トライ71点で飾った2006年組は、全国選抜出場、花園2回戦進出、高校東西対抗「師弟ダブル出場」を果たしたので、さあ、今日初陣の2008年組は、どんな「偉業」を成し遂げてくれることでしょう。

「第88回全国大会に8年連続8回目の出場を果たし、ベスト8に」と言う末広がりの夢と目標を持つ2008年組ですから、そこを目指して精進を重ねて行ってもらいましょう。

今日の10本のトライのうち、1年生が2人で3トライをマークしました。

調べると、2006年組の初陣も2試合目も1年生がトライしてますから、今年のチームは、「なんとなく」立ち上がりが私らの世代とよく似てますね。

「栴檀(せんだん)は二葉より」。

素質、能力の高い世代や選手は、若い頃から芳しいんですね、やっぱ。

これから試合と経験を重ね、12月30日に大仕事を「しでかして」欲しいと、既に終わったおじさんは素直に今日思いました。

大丈夫。父母会のサポートもしっかりしてそうですから。

今日の試合後、お二人の父兄(お母さん)が、スコアの確認に私のところにいらっしゃいました。

大変だとは思いますが、たぶん記録をきちんと付けて行かれるおつもりなのでしょう。

熱心なお二人のお母さんに、私はいらぬ助言をしておきました。

「試合中は応援に夢中で大変だから、試合が終わったところで、マネージャーの記録やホワイトボードをデジカメで撮らせてもらったら?」と。

私は、「競馬もラグビーもデータと記録で勝負」派なので、オーダーはともかく、スコアだけなく、得点者も努めて記録するようにしていますが、現役父兄が応援席で、「今の誰、誰?誰のトライ?」なんてその都度確認するのもたいへんでしょうし、イヤミになっちゃうかもなので、試合中はスコアと概要(トライ数など)を留めておき、最後にマネージャーのノートをデジカメに撮らせてもらえれば、後で記録できると思います。

88回大会に出場する世代が66点のゾロ目のスコアで初陣を飾り、まずはめでたい限りです。

これで2月の決勝まで観戦には行かないと思いますが、誰か「今日はこうだったよ」と来週以降も教えて下さいね。

「25試合1000得点(2006年は23試合966点)」を目指して、頑張って下さい。

全国選抜に出場し(2回戦まで)、花園ベスト8(準々決勝敗退)で、通算25試合になると思います。

で、最後に写真ですが、上のは、今日の2008年組の初円陣、そして下のは2年前、2006年組の初陣(円陣)でした。

上の、後姿と「ケツ」が頼もしく、やってくれそうな世代ですね。

向こうの応援幕と父兄の応援席もわかりますか?

ちなみに下のは、15はガイトで8はオージです。

と言うことでみなさんお疲れ様でした。

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2006年1月15日、2006年度東海大翔洋高校ラグビー部の初陣。

場所は翔洋のグラウンドで相手は清水南。

結果は、11トライで73対0の完封圧勝。

そしてこれは、その時の「土手のおじさん、おばさんたち・・。」

2年しか経ってないのに、なんだかみんな、やけに若いわよね。

で、今日はなぜ「こんなの」を出したかと言うと、この14日に初陣を迎える現2年の父兄の皆さんも、大勢学校に来られてはいかが?と思うからです。

もう30年も前、私が超怠慢な高校ラグビー生活を送っていた頃は、親なんか誰一人も会場に来ることはなく、逆に「出入り禁止」みたいな感じもありました。

OBは練習や試合に顔を出すことはあっても、親、しかも母親がグラウンドに来ることなど、想像も想定も歓迎もしていませんでした。

でも今は違いますね。

「節度を守りながら」親も一緒にチームを応援することは、極めて普通の光景になりました。

翔洋の2006年組は、この1月15日から12月30日まで、公式戦を23試合戦いました。

今年と言うか、現3年の世代は、たぶん22試合だったと思います。

仮に春の全国選抜に出られずに花園も初戦敗退とすると、公式戦はちょうど20試合だと思います。

そのうち、学校のグラウンドでやるのは、新人戦(リーグ戦)、春の総体(リーグ戦)、そして秋の初戦(2回戦)の計5試合から7試合くらいだと思います。

現2年生は、次の花園で全国優勝しても!、来年の1月7日の午後3時過ぎには必ず終わっています。

ですから、もうあと1年も翔洋でラグビーをやっていられないのです。

最高学年となった現2年の初陣、1年後には必ず引退している現2年の初戦の観戦、応援に、この「2年前のおじさん、おばさんち」みたいに、笑顔で何人も応援に来て(行って)欲しいと思います。

実はこのなかに、もう2人のお母さん(ケンタ母とノリコ母)がいるのですが、「豊かなヤス母」の陰になり、残念ながら写っていませんの。

ここには写ってない親も含めて、2年前の1月15日には、2006年組の初陣に何人もの父兄が集まり、チームをみんなで応援しました。

2008年組の初陣となる14日にも、多くの現2年の父兄が「自分らのこととして」応援に集まることを期待しています。

本当に心機一転、改装オープン。

イヤなことや良からぬことは、もう今年には持ち込まず、ランバードミズノ会長以下、みんなで盛り上げて行って欲しいと思います。

私、4年前の1月18日かな?2004年組の新人戦初戦をインフルエンザでダウン中の、当時中3の愚息と翔洋に見に行きました。

相手は湖南。そしてスコアは5対3の超ロースコア(辛勝)。

その後新人戦の準決勝で静高に敗れ、3月の東海総体Cブロック!(各県3位どうし)でも負け負けの連敗(東海4県の3位どうしでの最下位!)。

正直、「翔洋って強くないな。預けても大丈夫かいな?」って思いました、4年前。

でも、大阪朝鮮と花園で部史に残る死闘を繰り広げたのも、その2004年組でした。

スタートダッシュにつまづいた2004年組ですが、その後の成長は眼を見張るものがありました。

ですから、今年のチームの「直接的な関係者」も、是非最初の試合をよく見ておいて、そして最後まで見届けてやって欲しいと思います。

2年前、2006年組の最初のトライは、この試合の開始数十秒!、14番のノーホイッスルトライでした。

そして最後のトライは、12月28日、花園第1グラウンドでチームトライ王の11番ゲンちゃんが決めた、自身26本目、チームで153本目のトライでした。

最初のトライは1月に学校で14番が、最後のトライは12月に花園で11番が決めた、そんな両ウイングのトライで幕を開け、幕を降ろした2006年組でした。

なお、最後に取られたトライは、23試合でチーム56本目となる、花園2回戦、12月30日にヤマナカに左中間に取られた、あの最後のトライでした。

2008年チームが通算何試合戦い、何本のトライを取り、何本のトライを奪われ、いつどこで最後を迎えるか、まだ誰にもわかりませんが、最初の試合は2008年1月14日、午前11時から翔洋グラウンドで静岡工業と対戦することは、間違いないと思います。

私も、不安いっぱいで出かけた4年前の初戦、あるいは2年前の初戦などを懐かしく思い出しながら、14日の試合を見に行こうと思っています。

もちろん、この土手の主役を奪うつもりは、毛頭ありません。

愚息らが3年の時に1年だった今の2年生の成長と、ちょっと備わったであろう頼もしさを確認しに、「夢かなえ」の陣中見舞いを携えてお邪魔するつもりでいます。

現2年の父兄には、この2年前のおじさん、おばさんちに負けない笑顔と人数と声援を、是非新チームに送ってやって欲しいと思います。

もちろん1年生の父兄も「仲良く愉快に」集まりましょう。

なんでも、公式戦終了後に1年生のセブンス(7人制)をやるって言うじゃないですか。

私、そこまではいられませんが、その「1年生7人制マッチ」も頑張って欲しいと思います。何だか楽しそうですね。

4年前、入学希望の愚息と見に来た新人戦初戦。

今年は、4月から翔洋でやりたいと「退路を断って」見学に来る少年もいると思います。

彼の目に、「やっぱ、やめた」と映らないよう、眩しく逞しく、爽やかで朗らかな、そんな2008年チームの初陣を期待しています。

いろんな意味や期待のこめられた、そんな初陣になることでしょう。

ノーサイドを迎えるとき、この2年前のおじさんやおばさんちのように、みんな楽しい笑顔で試合を見ていられるといいですね。

竹内まりや(中森明菜も歌った)の名曲「駅」に、「2年の時が変えたものは、彼のまなざしと私のこの髪」って歌詞がありますが、あえて誰とは言いませんが!、まあ本当に変わった人は変わりましたな、この2年でさ。

では14日にお会いしましょう。

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