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南新桜
ええ祭りにしようやないかい。

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あちきの家の前は、琴小の生徒の通学路になっておるんじゃが、今年は祭り熱冷めやらぬ小若が多いようじゃ。

今朝も、「えじゃ〜ないか!」の元気な声で目が覚めた。

てなわけで、今年の1日の続き。

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依然と違ってYahoo!ブログの画像の投稿ってずいぶんと楽になった。

サイズの縮小を考えなくていいようになったし、縦画像も自動で修正してくれる。

カメラの腕の悪さは修正してくれんけど。。。

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栄町のちょうさ(太鼓台)

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東中のちょうさ(太鼓台)

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六条のちょうさ(太鼓台)

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金刀比羅宮 神事場(じんじば)にて。

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琴平町と、まんのう町(旧 仲南町)との境らへん。

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そして内町 つる屋のかど。

高藪のちょうさ(太鼓台)が担きはじめておった。

向こうに写っておるのは金山寺のちょうさ(太鼓台)

参道側には阿波町のちょうさ(太鼓台)もおった。

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西山のちょうさ(太鼓台)もやってきたけど、通り過ぎていくだけじゃった。

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今年の1日は土曜日で例年に比べて南新町も少しは人が多い。

ここ内町は「こんぴらさん」の参道口。

ちょうさ(太鼓台)は奉納するために存在するもの。

まだ明るい こうした時間帯に、この場所で担きたい!

総代に「担こう!担こう!」とアピールしてたら、続いてこの場所にやってきた石淵のちょうさ(太鼓台)から、「肩貸すから」と申し入れが!!!

もうあちきはハイテンション。

総代の返事を待たずに、「担くで!」と周りを巻き込んで、ゴマ外しにかかって・・・。

そして、南新町のちょうさ(太鼓台)は見事に差し上げた!



続いて肩を貸してくれた石淵のちょうさ(太鼓台)も担く!

・・・石淵は予想以上に重かった。。。



ともあれ、画像はないけど、ここ数年の夢を叶えられたのも石淵の皆さんのおかげ。

石淵さん有難うございました!できれば来年以降も協力して担きましょう!



感謝と満足感で、この日の南新町は無事終了となりましたとさ。めでたし。めでたし。

この記事に

今日は、ハタボウさん同行で、新居浜太鼓祭りへ。

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昼12時頃、国領川河川敷公園。

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車を停めて、橋を渡って会場へ。

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何やら動きが・・・。

本郷太鼓台。 宇高太鼓台。

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松乃木太鼓台。

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暑かった。



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移動して午後2時15分頃、山根公園グラウンド。

凄い人。

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昨年新たに加わった治良丸太鼓台。

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フット猫さんに「恥ずかしいから撮らんといて」と言われた喜光地太鼓台とかズラッと。

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高祖太鼓台と長野太鼓台の寄せ太鼓。

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この頃 曇っておったのが残念。



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午後4時過ぎ、工場前。

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あの場にいてもよく見れんかった。

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なかなか入ってこんかった2台。

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あちきは新居浜の喧嘩(今回はイザリ)を目の前で見るのは初めて。

あっち見よるうちに、こっちで・・・。

かえってカメラが邪魔じゃった。

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平和じゃった金栄太鼓台。



明日も見にいけたらの〜。。。

この記事に

今秋の祭り見学記もそろそろ、なんじゃけど、今年は動けん!

9月〜11月まで仕事、所要で都合がつかん。

なんとか都合がついた10月第2日曜日。

祭り屋台(山車、だんじり等)が出る祭りが多分1年で一番多い日?

この日は三度目の正直で山口県 上関町のどんでん(布団屋根型太鼓台)を観に行くつもりじゃったが、勝手に10月第2日曜日と思っておったもんの、前日に確認してみると どうやら来週かもしれん。

予定を急きょ考えし直し、今まで行きたかったとこを思い出し バババッと検索。

よし!ここじゃ!と選んだのは、愛媛県 松山市の離島 津和知島。

松山市のHPから入っていくと、今年の詳しい日程が。

有難う松山市!凄いぞ愛媛県!なんてプチ感動しながら、中島汽船のHPで時刻とか下調べ。

午前9時30分前、琴平町出発→午前11時30分過ぎ ギリギリで高浜港着。

駐車場は満車じゃったが、無理言って空きスペースに停めさせてもろぉて、
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高速船に乗船 1時間弱。

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愛媛県 忽那諸島 西端 津和知島上陸。

北には広島県の倉橋島 西には山口県 屋代島(周防大島)。

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『だんじり』と呼ばれる布団屋根型太鼓台。

数年前から観たかったとこ。

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幟も立ち〜ので、今日祭礼日なのは間違いなかったんじゃが。。。

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氏神 八幡神社。



で、結論から言うと だんじり(布団屋根型太鼓台)は出てなかった。

現在4台あるうち、昨年は3台が出たとのこと。

今年は人手不足で1台だけ組み立ててはおったとのことなんじゃが・・・昨日(前日)事故がおきてしまい・・・だんじりは解体されたとのことで。。。

この場を借りてご冥福をお祈り申し上げます。



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御神輿の渡御は行われた。13時30頃。

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海で清めのあと、御旅所へ向かう。

本来なら、だんじりは御神輿のお供として後ろについておったらしい。

こっちは島の東側で 西側には三島神社があり、かつては船に乗せてだんじりも行っておったとのこと。

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だんじり(布団屋根型太鼓台)は津和知島に5台(5地区)あった。

そのうち1分団と2分団が一緒にやることになり、だんじりは4台に。

1分団2分団のだんじりが1番大きいとのこと。

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これは上南組じゃったか?大南組じゃったか?忘れた の布団屋根部。

1〜5分団のどれがどこかまでは伺っておらんが、他に東組、中村組、新地組がある。

かつて、だんじり(布団屋根型太鼓台)どおしの喧嘩は激しかったらしく、勝ち負けのルールはなく、潰れるまでやったおったとか。

また、手漕ぎ船の競漕もあったらしい。

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写真の写真を撮らせてもろおた。

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画像では分かりにくいが、欄間部分の彫り物なんか立派な物じゃった。

津和知島には、今年度を最後に小学生がいなくなるらしい。

担き手不足も深刻。

来年以降だんじり(布団屋根型太鼓台)は出るのか?は分からない と非常に残念な祭り見学遠征となってしまった。

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港がある湾の北に御旅所(三島神社)が設けられておる。

ご神事の間に、あちきは八幡神社の拝殿にあった写真を撮らせてもらい、そのまま帰路へ。

「香川県の琴平町からだんじりを観に来た」と言うと、いろいろ世話をしていただいた方々、有難うございました。

帰りのご挨拶が出来なくて申し訳ありません。。。

この記事に


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JR琴平駅から高ドーローの交差点。

高ドーローの「とうろう」の正確な漢字が分からないので とりあえず。

ロープを引っ張る組は笑顔。

担き棒を押す組は左に何かを発見中。

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栄町〜富士見町〜新町方面へ向かう西中のちょうさ(太鼓台)が見える。

担き棒組は西中を見ておったんじゃな。

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いつものごとく、賑わう「F建設」近辺。

向かって左 西山のちょうさ(太鼓台)と右 旗岡のちょうさ(太鼓台)

西山が出るのを南新町が通り過ぎるまで待ってもらう。

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南新町のちょうさ(太鼓台)は、榎井 横瀬地区へ。

なんか今年はいつもよりこの道を通る車が多かった。

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例年より少し奥まで行ってUターン。

たまたまじゃったし、ちょっと苦労したけど、新鮮じゃった。

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先ほどの「F建設」には西中のちょうさ(太鼓台)が入っておった。

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南新町が「ふぁみりえ」まで行って戻ってくると、「F建設」には今度は高藪のちょうさ(太鼓台)

南新町が「ふぁみりえ」まで行って戻ってくるのに、上2枚の画像からすると、10分もかかっておらん。

土曜日で「ふぁみりえ」に人がおらんかって休憩無しで戻ってきたんじゃが、予想外に早い。

こうしたちょっとしたズレで、ほかのちょうさ(太鼓台)に遭うたり遭わんかったりする。

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南新町が高ドーロー休憩に入ったころ栄町〜富士見町方面から蔵中のちょうさ(太鼓台)が。

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南新町のちょうさ(太鼓台)のそばを通っていく蔵中

O西病院で休憩できてた頃は横並びで休憩したこともあったの〜。

ちなみに今年の蔵中の総代はあちきの旧友。

いつかあちきも総代が回ってくる。

10年くらい後がええ。

この記事に

南新町の法被。

個人的に新調した 南新町の法被。

以前より欲しかった自分専用の法被。

昨年の祭りの時に、Mさんに「個人的に法被作ろう思ってる」ことを話したら、

その時一緒にいたKさんも「それやったら一緒に」ということで始まった。

その後 賛同してくれたYさん、Tさん、K君の計5人が新調メンバー。



名前入りの他、どうしてもオリジナルには手を入れたかった。

小若の頃から見てきた琴平町内のよそのちょうさ(太鼓台)の法被。

特に‟ 龍 ”とか‟ 虎 ”とかが「かっこええ」と思っておった。

大人になって、他町や他県の法被を知り、『シンプルで粋』な法被を知ることになったんじゃが、琴平町でちょうさ(太鼓台)に携わる者としては『派手でかっこええ』法被を着たかった。



『‟ 龍 ”とか‟ 虎 ”とかが「かっこええ」』と思っておったあちきが選んだのは、中国の伝説の聖獣 ‟ 麒麟(きりん) ”。

琴平町内では、どこも法被にも飾り衣装にも彫り物にも使われておらん(ハズ)。

しかも、南新町の先輩方で先に麒麟を使ってる方々がおる。

これは麒麟を南新町のアイデンティティの一つにするチャンス!

言っておくが、モシャモシャと高い木の葉っぱを食べてるうちにライオンとかに襲われるこのキリンではない!(http://www.illust-box.jp/より)



麒麟でお願い」と『吉野屋』に行くと、「漠然と し過ぎていて・・・」と。

参考図案とかが、店や工房にある と勝手に思っておった。

南新町先輩とは違う麒麟にしたかったんで、ここからネット検索の日々。

そもそも『 麒麟 とは?から調べてみると、中国の時代時代によって、基本形はあるものの、結構 姿形が違うことが分かった

イラストやタトゥーなんかで ええ感じのもあったんじゃけど、著作権に関わる。

そんななか、とある祭り屋台の今は使われておらん幕みたいなのに ええのがあったんで、それを基準にすることにした。(肖像権はいわれるかも知れんけど・・・)

『竹に虎』、『唐獅子に牡丹』と同様に、『麒麟に雲』という組み合わせも使われておったし。

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『桜に若』と『市松模様』が、南新町のオリジナル法被。

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ちょうさ(太鼓台)の旗にも使われておる‟ 桜 ”

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札の前休止後、琴平町内のちょうさ(太鼓台)の中では南新町だけとなった‟ 市松模様 ”

この二つに、麒麟に雲』を入れると、ごちゃごちゃしてしまう。

どちらかを諦めんといかんかった。

日本全国 商店街のイベント法被でも見かける『市松模様』じゃが、ネットで調べてみると、魔除けであったり、子孫繁栄であったり というような意味合いは探せなかった。

という訳で、あちきの独断で『桜に若』のほうを残させてもらうことにした。


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完成した法被がこちら。

何人かに言われたけど、渦は「波」ではなく「雲」なんで宜しく!

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麒麟とはどういう存在なのか?を調べたときに、「聖人君子が世に出でた時のみにその姿を現すと言われており・・・」などとあったので、『桜に若』を その『聖人君子』になぞらえてみた。

『桜に若』こそ、今後の南新町をしょっていく小若達であって、その小若達を守って背負って空を駆ける麒麟 この構図にはそうした意味合い 想いを持たせておる。

麒麟については、こんなんとか、こんなん参照。


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ちなみに前はこんな感じ。

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オリジナルはこんな感じ。

「‟ 南新若 ”の字体はオリジナルと一緒にして」 と頼んだし、型枠もあったのを見せてもらっておったんじゃが、実物の印象はどこか違う気がした。何故じゃ?

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染匠 吉野屋 謹製』のタグ。

これも嬉しい。



あちきが知ってる方々に評判は上々。

南新町内より、琴平町内のよそのちょうさ(太鼓台)のほうが反応してくれたりして。

いつか「麒麟の法被着とるんがおるから南新町」ってなるかの〜?小若達は気づいてくれたかの〜?

この記事に

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