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今を去る事35年前、 長谷駅から鎌倉寄りのポイントで撮った写真です。 洗練されたスタイルの501が稲瀬川を渡り、 第四種踏切をまたいで鎌倉に向かっていきました。 それから35年後…。 同じ型式を名乗るものの、 先代とは全くイメージが異なる電車。 川っぺりに立ったボックス。 遮断機のついた踏切。 そして平屋のボロい日本家屋の跡地には、 目の覚めるような黄色いアパート。 ボロい日本家屋で育った身には 跡地に建つアパートの鮮やかな色合いが眩しすぎ、 ずっと近付くのを避けていました。 今回、同行の方のお蔭で、 十数年ぶりに立寄った思い出の地。 ようやく懐かしさに変わりました。
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鎌倉のことなど
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親父の方です。
ああ、これが、小生の知っている「江ノ電」ですよ。
今の江ノ電は見当もつきません。
2013/6/5(水) 午後 11:59 [ 五十鈴 拓磨 ]
風致地区周辺では景観に配慮した・・・云々
派手な看板や奇抜な色は"ダメ"となっていますが
現代の建築物は昭和のそれとは資材が違う為
以前とは違う風景になっている事もしばしば。
先日、しな鉄を撮りに中軽井沢周辺を散策したの
ですが、碓氷廃止前との違い愕然としました。
自分も南鮒様の様に早く良い思い出にしたいです。
2013/6/6(木) 午前 6:31 [ そよかぜ3号 ]
記憶って、「上書き保存」になるのか「別名で保存」できるのか、不安ですよね。それが選べればいいんですけどね・・・
これを拝見してぼくはチャライ気持ちで江ノ電にはいけなくなりました。
2013/6/6(木) 午前 8:53
変わってしまった物を受け入れるには、何かのきっかけが要りますが、こういう時にありがたいのは、やっぱり仲間ですね。
私的に長谷は38年前、初めて新車を買って最初の遠乗りに付き合っていただいた鮒様をお迎えした思い出の地でもあります。
2013/6/6(木) 午前 9:35 [ nobita_1221m ]
私の生家もバブル期の地上げで買収され、
当時、最多価格帯5億円の高級マンションに生まれ変わりましたが、
さすがに暫くはその変わってしまった自宅とその周辺を見に行くことができませんでした。
それにしても…あのセンスの無い黄色い外壁は、かつて住んでいた南フナさまにとって、
なんとも複雑な心境だったとお察し申し上げます。
因みにあの立派な松は、お別れした後に再訪した時、
観光客と思しき数グループが、その見事な幹ぶりに、一様に感嘆の声を上げていました。
2013/6/6(木) 午後 0:39 [ Kitaro ]
五十鈴 拓磨父上さま:すっかり様変わりしちゃいましたね。けれどもレトロ電車以外はなかなか良いな、と最近思えるようになりました。
2013/6/6(木) 午後 9:38
そよかぜ3号さま:軽井沢を通るたびに思うのですが、上流階級の町ではなく、セレブの町に成り果ててしまったような気がします。
どこでも同じなのですかね。
2013/6/6(木) 午後 9:39
徒然鉄さま:願わくば上書きであって欲しい、と思う次第です。
しかしこの地を訪れるまでに十数年を要してしまいました。
2013/6/6(木) 午後 9:40
のびたさま:長谷駅前の踏切のトコでしたね。あの時から御厄介になりっぱなしです。
2013/6/6(木) 午後 9:41
あつさま:何よりうれしかったのは、あの松の木が健在だったことでした。隣家の夫婦喧嘩も相変わらずで、懐かしかったです。
2013/6/6(木) 午後 9:42