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鉄道愛好家、 とりわけ撮影好きは 「金谷」という響きに惹かれる方も多いことかと。 幾つもの名所が散在する金谷〜菊川間や、 多種多様な車両で楽しませてくれる大井川鐡道、 そして風光明媚な沿線の景色。 かつて金谷を駆け抜けた東海道の名優達は追憶の彼方へ去り、 今や流麗な373系がわずかに華を添えているだけですが、 金谷の美しい景色は変わっていません。 越すに越されぬ大井川、 へ向かう373の姿を。 鉄道愛好家はさておき、 一般的に金谷といえば茶所と静岡空港最寄りの町、 といったところでしょうか。 その静岡空港は牧ノ原台地にありますが、 ごく近くにかつて別の飛行場が在った、 という事は意外と知られていないようです。 その飛行場は、 大井海軍航空隊。 主に偵察員を養成する為の飛行場でしたが、 戦局の悪化に伴い 還らぬ攻撃に出ていった大井基地出身者も居たそうです。 飛行場そのものは残っていませんが、 未だ現存している建物もあります。 レーダーを習熟する為の電探講堂だそうです。 晩夏の日差しに包まれた牧ノ原台地を吹く、
心なしか涼しい風になぶられていると、 この地で若き日々を過ごした伯父の言葉が 脳裏によみがえりました。 明日の約束が出来る世の中は幸せだよ、 と。 |
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>明日の約束が出来る世の中は幸せだよ、
この季節、このお言葉が何よりも尊いと感じます。
普段は何も感じず日々を流れていますが、各地で散っていった英霊達の御霊に思いをはせて・・・
2018/8/16(木) 午前 8:23
> 「銀狼」さま:当たり前のことが当たり前でなかった時代。その当たり前を掴む為に命がけで戦った人達や巻き込まれた人達。忘れてはならない事ですね。
2018/8/16(木) 午後 9:13
うちの親父様も、仙台(か福島の)海軍航空隊で教練を受け、
特攻へ向かう予定だったとか。
15,6の少年に死んで来いと言う戦争、間違えてる、
そして、その責任取らずに戦後の中枢に生き残り、3代目になった世代、彼らもご先祖の背中見て、責任転嫁及び無責任という言葉の中で生きてる。天皇が終戦記念日最後のお言葉で言われた危険性が迫って来る気がするのは私だけでしょうか?
2018/8/19(日) 午前 0:48 [ ジムニー55 ]
> ジムニー55さま:現場は己の帰属する組織や家族の為に命を張り、上層部は己の栄達と保身のために命を守る。昔から変わっていませんね。
2018/8/19(日) 午後 6:00