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好天に恵まれた休日にも関わらず撮影に赴く訳でもなく、 昔のネガを矯めつ眇めつ眺める一日でした。 巷では未だ西日本で一大勢力を誇っていた103系が 減少の一途をたどっているとの事。 今夜は話題になっている103系の一つ上の世代、 101系が数を減らしていた頃の画像を昔のネガから貼ってみます。 1980年代に入ると昭和30年代に登場した 「新性能電車」の代替が加速しました。 特に首都圏では153系と101系の廃車が相次いで、 解体作業を実施していた大船工場では捌ききれず。 一部は東急車両でも解体されていました。 前置きが長くなってしまいましたが、 大船工場の引込線に進入する101系中原車の廃車回送です。 パンタ付きのクモハというのは良いものですね。 振り向いてバックショット。 前面窓から伸びるコードはATSの車上子です。 そして工場へ向かって出発する最後尾には… 工場備品扱いのクモハ73が控車としてぶら下がっています。 玉突きで103系に追い出されて解体となる101系を、 101系に追い出されたものの備品扱いとなって解体を免れた 73形が押してゆくという不思議な光景…。 今は延命技術が進んで40年選手もザラにいますが、
101系や153系は20年程度で廃車となっていた時代のヒトコマでした。 |
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正月休みも終わり、 全国の貨物列車も走りはじめました。 情報サイトを見ると門司の303号機も運用入り。 今年も元気な姿を見れそうです。
といっても運用がぴょんぴょん飛ぶので、 アウェイ組にはなかなか捕捉しづらいですが…。 |
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新年早々とち狂った題名を付けているよな、 と我ながら思いますが… 題名の理由はコレです。 1982年の1月、 弁天島を上るEF61が牽いているのは荷38レ。 機関車交代する浜松を間近にし、 ラストスパートを思わせる快走ぶりでした。 晩年は浜松以西でしか見られなかったEF61だけに、 遠征時は意識して撮影。 この時も湖水を渡る寒風に晒されながらの
撮影でした。 |
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ひょんな事から とある遠方のJRに勤務されている方の知遇を得まして、 今年の元日に年賀メールをやり取りしていた際、 フト思いついて 「帰省時期の新幹線に不具合が出たら、どう対応するのでしょうか?」 と尋ねたら程なく 「たぶんウチならこうするでしょうね」 と、回答を頂きました。 頂いた回答を要約すると、 ・当面不通になると判断した時点で在来線に臨時の代行を出す ・もちろん全員を捌くのは不可能だが捌けるだけ捌く ・全線代行が不可能でも行けるところまで行く ・それが鉄道会社の使命だから 正直、ホントかいな??と思える回答でした。 が、 昨夜、自然災害にも関わらず即応して 在来線に臨時特急を走らせた映像を見るに及び、 「ホントかいな?」 なぞと思った自分を恥じる事になりました。 車両のデザインは美しい沿線に合わないと思うのですが、 鉄道会社の矜持を持っているのですね。組織として。 パチ○コマネーに毒された挙句に 理不尽な行為をされても事なかれ主義を貫く何処かの政治家と 似たような思考を持つ会社とは大違いです。 願わくば被害の浅からん事を。 願わくば矜持を持ち続けてくれん事を。
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ハードディスクの画像をゴソゴソやっていたら、 こんな画像が出てきました。 2009年の1月に2レを待っていた時のカットです。 ごくありきたりなスナップですが、 撮っておいて損は無いよな、 と思ったりしています。 なにしろデジタルですから。
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