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昨日は京浜急行の甲種を見かけました。 見た瞬間に、 なぜ京急がJRを走っているんだ?? と思ってしまったくらい、 甲種の存在を忘れている自分を笑いました。 関東の私鉄車両が軒並みステンレス地に帯という外見となる中、 いまだ赤と白をボディに纏い続ける京急に 己の組織への譲らぬ矜持を感じました。 (1983年頃の京急800形甲種) ならぬものはならぬ、
のです。 |
鉄道狂時代(昔のもの)
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知命を過ぎたというのに鉄道好きの性で、 車両基地が見えるとワクワクしてしまいます。 居並ぶ車両は元より、 珍しい車両を見つけたりすると、 「!」となり、 なんだか得した気持ちになります。 (あくまでも気持ちの問題です) とはいえオッサンにとっては 基地の面白さも激減したと感じる今日この頃。 たまにはこんな「!」な気持ちになりたいです。 (1976年 スカ線から見た田町区) 定期仕業から撤退後の157系、
ご乗用の準備でしょうか。 |
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今の直流区間で言うならEF210。 少し前ならPFの後期型。 形態変化に乏しく珍しくも無く、 まあ、どうでも良い、 といった 「ひと山幾ら」 で括られる機関車は何時の時代にも居るわけでして、 かつては浜松区の後期型ゴハチがそうした存在でした。 そんな「ひと山幾ら」を何枚か。 まずは生き残ったが故に花形となった157号機。 この頃は何とも思わなかった機体ですが、 晩年にチキを牽いて東海道を疾走する姿に感動しました。 なんと申しましょうか、 昔は何とも思わなかった同級生の女子と再会したら、 かつての片鱗もない艶やかな変貌ぶりに思わず反応(略 この164号機なぞも「ひと山幾ら」の存在。 ずっとネガのままだったカットです。 ところが「ひと山幾ら」の中でも、 ここ一番という時にやたら出くわす機体も居るワケでして。 それがこの166号機。 日車豊川からの新京成甲種です。 60号機とは言わないが5号機くらい来て欲しいよネ、 と言い交しながら向かったら 166号機が現れてガッカリでした。 さらにこんなネタモノでも166が。 藤沢駅手前をゆく富士重工製50系回送です。 とはいえ50系回送は東京機か宮原機の充当が多かったので 考えてみれば貴重なシーンなのですが、 当時は 「ひと山幾らの166号機」 だったのでガッカリしながら帰った記憶があります。
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東京公開といっても車両センターに非ず。
機関区も無くなり、 ロクイチも秘仏並みの見世物になるとは 思いもしませんでした。 |
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師走に入った日暮れ時、 国鉄藤沢駅ホームの辻堂寄りに立っていました。 冬の16時過ぎとあってASA400のトライXでも露出は厳しく、 夕空をバックにシャッタースピードを稼ぐ状況でした。 やがて 「2番線を回送列車が通過します」 と告げるアナウンスに後ろを振り返ると、 隣の小田急の線路を数人の職員さんが歩いてきます。 ほどなく東海道線の2番線に現れたのは、 バーミリオンオレンジの小田急ロマンスカー。 江ノ島線には現れないLSEが、 東海道線を軽やかに下ってきました。 そしてLSEが現れたとみるや一斉に手を振る 小田急の職員さん達。 更に次の瞬間、 耳を疑うミュージックホーン! LSEを操る国鉄の運転士さんから 小田急の職員さんへの答礼です。 心震えながらもカメラを構え、 ファインダーを染める暮色に溶けるLSEを辛うじて撮りました。 自社のフラッグシップに愛着を込めて手を振る鉄道員と、 その気持ちに最大の敬意をもって応える鉄道員。 会社を超えた鉄道員魂のふれあいに感動した夕暮れ時でした。 …あの12月から幾星霜。 枚数だけは沢山の鉄道写真を撮りましたが、 あれほど心震える光景にはついぞ出くわした事はありません。 素晴らしい感動を与えてくれた小田急7000形に、 心からの感謝を込めて。 といっても再掲のピンボケですが。 、
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