永遠なれ客車特急

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夢の跡

掛川を訪れたのは3年ぶりになります。

といっても今回は家族旅行で、
宿泊施設のあるレジャー施設へ行く為だったんですけど。

子供達と久し振りに思い切り遊び、
9時過ぎには広いベッドに倒れこんで熟睡したせいか、
翌朝は6時に目覚めてしまったので遊歩道を散歩しました。



誰もいない木立に包まれた静かな小道をトコトコ行くと池があり、

「満水池」

なる看板が立っていました。



文字通り満々と水を湛えた池ですが、
「まんすい」池ではなく「たまり」池、と読みます。


その文字を読んで思わず

「そうだよな、たまりだよな。ここは。」

と独りごちました。



東へ向かう東海道本線が少し南へ進路を替え、
細長い谷底を這うように走る撮影地、満水。

泊まっている場所から歩いて行けるポイントです。



3年前の晩秋の早朝この場所に立ち、
雲の隙間から一瞬だけスポットライトのごとく差した曙光を浴び、
黄金の龍のごとく輝いて走る客車特急を撮った場所でした。



そんな思い出の場所の近くに居ても主役が通らない今では
線路脇に行く事すら思い浮かびません。


時計を見て7時前なのを確認し、
大きな池の周りに繁茂する夏草に目を移して

「つはものどもが…か。」

と呟くや、
まだ眠りこけているであろう愚息にバックドロップをカマすべえ、と
ホテルに戻るべく足音を立てないように歩き出したのでした。







もしかしたら汽笛が聴こえるかな、と思いながら…。
イメージ 1

(2009年11月 限りなく再掲に近い別カット) 

この頃よく聴いてた歌

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東海道を彩った客車特急の命脈が尽きんとする頃、

「微笑みがえし」

をよく聴いていました。


アップテンポの明るい雰囲気の曲なのに、
あの頃も、そして今も、
聴くたびになんとも悲しくなります。

あるじなしとて

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浦島丘の土手に、今年も菜の花が咲いた。

東海道最後の客車特急の終焉に彩りを添えた菜の花が、今年も、咲いた。



一昨年は撮影者が鈴なりになっていた土手も今は訪れる人なく、
春を告げる風に菜の花が静かにそよいでいるだけ。

東海道の主役が去ったのちも咲きつづける菜の花を見て、

梅じゃあないけど











こちふかばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春をわするな




菅公の名吟をふと口にのぼせた。






今年も咲いた菜の花、
銀河のどっから見てるんだい?

オトシマエ

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揉め事に対してある程度「あいまいさ」をもって片付けるのが関東のスジモノ。
対してキッチリ落とし前をつけるのが上方のスジモノ、だそうですが(出処:略)



さすがは上方のJR西日本。

下関に残ったEF66の処遇にもキッチリ落とし前をつけました。



先月のことですが寝台特急牽引機として最後に残った2両を、
土曜の昼間に下関から京都まで市中引き回しならぬ管内引き回し。

その翌日にはこれまた昼間に福井まで連れてって首を切り落とし、
化野を擁する嵯峨野で晒し首、と。










「市中引き回しのうえ、打ち首獄門」




54年前の屈辱にキッチリ落とし前をつけるのはさすがです。




…そもそも寝台特急という名称を与えられた最初の列車は、
昭和31年に走り始めた「あさかぜ」。

この列車は東京〜博多を夜行で結ぶという性質上、
京都・大阪・神戸を通るのは人の動きが途絶える深夜になるので、
上記3駅で客扱いをする必要はない、という意見が大多数だったそうです。



この措置にプライドを傷つけられた大阪鉄道管理局は局を挙げて猛反発。

しまいには管理局の敵である組合までが一致団結してこの列車の登場に反対し、
結局は京都・大阪・神戸に停車して客扱いをするようになった…

というエピソードが残っていますが、
この屈辱を忘れずに臥薪嘗胆。

ちゃんと落とし前をつける機会をうかがっていたんですねえ。

立派立派。



ホントなら晒し首の名所だった三条河原に晒したいのでしょうが、
都の真中に機関車の首を晒すワケにはいかなかったようで。



実はこの記事、生首の画像を確認するまで書くのは控えていたのですが、
昨夜ようやっと機関車の生首画像を確認。



人や組織の恨みの底深さを痛感すると同時に、

こんな姿にするならスッパリ解体しちまえ、
と涙ながらに思った次第です。







【追 記】

もう四半世紀も昔になりますが、
日本の鉄路から一気にゴハチが消えました。

その中で42・36・113・144、そして154号機は、
一部マスクを残したカットモデルとなっています。

思い入れのある機番に「おお」と声を挙げられる
オールドファンも居られる事でしょう。


今では目を覆うばかりに荒廃した一部もありますが、
綺麗に保たれている一部もあります。


けれども、どんな綺麗な状態の一部であっても、
私は見たくありません。

目の前を軽やかに、そして豪快に駆け抜けたゴハチ。

その残滓を見てしまうとゴハチの軌跡を
「もう過去のこと」
と片付けられないんです。




…東海道からあの列車が去って1年半が過ぎました。

あの列車を牽いた機が1機でも保存されたら有難い。

でも叶わないなら全て解体された方が良い。

そうなればあの列車のことも

「もう過去のこと」
として片付けられるので。


嵯峨野に置かれるカットモデル、
せめて美しい状態を保ち続けんことを。

散々な一日の予兆

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とある朝、
興津駅の近くで2レを待っていた。

ベストポジションで撮りたいのだけれど、
そこは敷地内なのでやむなくフェンスの外で待っていたら、
通過前になって巨大三脚と脚立を持った集団が敷地内に乱入。

アッという間に前をふさがれてしまう。



こっちが先に構えているコトと、そこは敷地内だから出ろ、と抗議するも
衆寡敵せず。黙殺される。

やむなく足場の悪い他の場所へ移動。



岩場にもたれかかるようにして構えていると2レ登場。
さあ、とシャッターを押すと、



トラブル発生してシャッターおりず。

無駄足…。



逆上してカメラを振り回したら、
岩にレンズが当たってレンズ粉砕。


やべっ!!!
と、我にかえれば




ベッドの上で汗だくになっている自分が居ました。

こんな極悪かつリアルな夢を見たので、
今朝の寝覚めは最悪。

こりゃ今日はロクな一日にならないだろうな、
と思いつつ出社したら



案の定散々な一日でした。


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南鮒
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