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朝を迎えた田切のカーブに |
飯田線
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1983年の春、 |
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奈良でクレーム処理を終えた帰り。 いつものE席でレポートを作成しつつ外を見れば 彼方になだらかな山の連なりが見えました。 山のあなたの空遠く 「幸」(さいはひ)住むと人のいふ、か。 あの山の彼方には今でも幸せがあるのだろうな…。 と小さな溜息をつき、 急峻な山坂を縫うようにして登り、
幸せな場所へと導いてくれる、 細く、しかし力強い鉄路を思い浮かべたのでした。 山のあなたになほ遠く 「幸」(さいはひ)住むと人のいふ。 |
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ED62もちゃんと撮っておけばよかった、と。 |
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最低でも月に一回は出張が入ります。 会社のお金であちこち行けて気楽なもんです、 と言いたいところではありますが、 担当業務はクレーム処理。 しかも底辺産業の管理部門とあって予算は最低限。 泊りで出張したとしても、 一泊4,000円前後で… 隣部屋のオヤジのいびきが聴こえ… 開閉するたびに響きまくる鉄製ドアで… 風呂は屈葬よろしくちぢこまって入る… なんて宿ばっかりです。 でもそんな宿でも全く苦にならないが不思議なことろ。 つらつら思うに、 中学時代から社会人になるまで旅の宿といえば、 家族旅行や団体旅行を除いて 夜行列車か駅の待合室ばっかり。 布団と風呂がある宿に泊まれるだけでもありがたい、 という下地があるのでしょう。 さて、小三治の噺なみに枕が長くなりましたが、 出馬〜上市場の相川にかかる鉄橋を行く旧形国電をば。 画面の奥に見える建物は、国民宿舎(当時)清流荘。 飯田線を訪れるファンがよく利用しており、
出馬界隈の撮影話になると必然的に清流荘の話になるのですが、 前述の理由により私は話の仲間入りが出来ないワケで、 そのたびに貧乏はヤだな、と改めて感じるのでした。 |






