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宅配会社の若い営業マンと話してた時のこと。 (前略) で、都会のJRの駅ってコンビニが構内にあるじゃないですか。 そこに拠点を設けて発送の受付と到着荷物を渡すのはイイんじゃないか、 と思うんですよ。 ええ、早朝から深夜まで。 で、集配は昼下がりの電車って割と空いているから、 前か後ろの車両の半分を借りて荷扱い作業員乗せましてね。 それでターミナルから各駅の拠点までの集配をやったらどうか、と。 しかも都会のホームはエレベーターがあるから、 台車で何回か往復すれば出来るんじゃないか、と。 なかなか斬新で時代にマッチした考えだと思うんですよね〜。 (後略) うん。 時代にマッチしてるかもしれない。 けど。 斬新じゃないのよ。その考え。
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飯田線
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1年ばかり模型を動かしていなかったので、 久し振りに軽く走らせてみました。 一部ライトの点きが悪い車両があったものの、 走りは全て順調。 調子に乗ってしばらく遊んでいたのですが、 一番長く走らせたのがこれでした。 飯田線の北部でよく見られた編成です。 当時は戦前型の旧国を撮るのがメインだったので、
ED62は完全な「おまけ」扱い。 今にしてみれば贅沢なおまけですね。 |
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先週の後半に鳥居まで行ってきました。 豊橋駅から乗ったのは213系の天竜峡行き。 本長篠、三河槇原、浦川、城西、平岡、金野… 車内放送で流れる駅名を聞くだけでワクワクする路線なんて、 この線くらいなもんです。 江島を過ぎてどんより曇った景色を眺めていると バサバサ、という音が時々聞こえてくるので下を見れば、 成長した雑草が車体に当たる音でした。 そういや今くらいの時期だったよなぁ。あの時も草ぼうぼうだったけ。 (1983.6 江島〜東上) この頃は345Mか鈍行を乗り継いで飯田線へ撮影に来ていたのに、 30数年後に新幹線で飯田線に仕事で来るとは思いもしませんでした。 鳥居駅で現地のスタッフに迎えに来てもらい、 帰りは大海駅へ。 狭いホームのベンチに座っていると沛然として驟雨に見舞われ、 辺りはほの白い薄闇に覆われました。 薄闇に包まれたホームで独り雨音を聴く。 なんとも贅沢な時間を過ごすことができ、
幸せな気持ちになりました。 |
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金曜だというのに飲み会ならぬ仕事で、 今帰宅しました。 このままではゴールデンウィークも休めるのやら、です。 信州ワイド周遊券を入れた薄い財布をポッケに突っ込み。 背負子に銀箱・リュック・寝袋括り付け。 三脚右手に「アルプス広場」へ急いだあの頃。 ゴールデンウィークというよりむしろ、
モラトリアムウィークとでもいうべきだったのかなぁ。 (1981.5.4 伊那本郷〜七久保) |
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月曜だというのにお客様へトラブルの報告。 なんとかケリをつけて時計を見れば6時過ぎ。 じゃあお清めでも行きますか、 と2軒ばかり飲みに行って今しがた帰宅しました。 2軒目に行ったのはカラオケスナック。 これも浮世の勤めとカラオケなんぞ歌って一息ついて、 隣に座ったママさんと話していたらなんと同世代。 じゃあ松田聖子でも歌いましょうか、 とやおらマイクをとってママが歌ったのは 「ひまわりの丘」。 おお、就職した先輩の車で飯田線へ行く時、 いつもカーステで聴いた歌じゃないか。 と、もはや辛抱たまらず マイアミ午前五時… Romance… ビーチ・シャーベット… 止まらぬマイナーソングのリクエストの嵐。 お客様も同世代に近かったので、 大いに盛り上がったのですが、 思わず目頭が熱くなった私の真意は誰も分からなかったのでした。 ひまわりの咲く 丘に座れば、か。 くそ、またメタルテープで松田聖子を聴きながら、 旧国を撮りに行きたいっ。 皆様から頂いたコメントにリプライもさせて頂かずの乱筆、
誠に申し訳ございません! |






