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必ず右か左か決定しなければいけないのと まさか自分がとか 信じたくない部分もかなりありますので 判断は難しいので御座るw ひとは信じたいことを信じる 宇宙人が出てくる小説を読んで、「現実にはありえない」と怒る人はいないだろう。 だが、もし「私は空飛ぶ円盤に乗ってやって来た宇宙人と遭遇し、その円盤に乗せてもらった」と真面目に言う人がいて、その人物の「手記」が本になったとしたら……。 いまなら、それを「事実」だと思う人は少ないと思うが、50年近く前は、そういう本は、真面目な本の装いで出ていて、少年たちは、それを「事実」だと思いこんでいた。私が小学校高学年から中学生だった、1970年代前半の話である。 なかでも有名なのが、アメリカのジョージ・アダムスキーなる人物による、『空飛ぶ円盤実見記』『空飛ぶ円盤同乗記』『空飛ぶ円盤の真相』といった本だ。 いまとなってはフィクションというか妄想なのだが、「衝撃の事実」と謳われて出されていたので、当時の中学生男子は夢中なってしまったのだ。 同じ頃、失われた大陸・ムー大陸も話題になったし、さらにマニアックなものとして、「地球空洞説」というのもあった。私たちが暮らしている大地の裏側にあたる空間には、別の人類が暮らしていて高度な文明があり、UFOはその地球の内側世界の人間の乗り物だというのだ。 UFOが月の裏側にある宇宙人の基地から来るのか、北極にある地球内部への空洞の出入り口から来るのかと、雨の日の昼休みなど、クラスメートたちと真剣に論じあったものだ。 すでにアポロ11号が月面に着陸している時代だったのに、宇宙はまだ「未知の世界」で、どんな空想・妄想も、「可能性はゼロではない」との理屈で、信じる人がいた。 「この宇宙に、地球以外に知的生命体が存在すると思いますか」と質問されれば、たいがいの人が「いると思う」と答えるだろう。私もそう思う。 しかし、それと、「地球にはすでに空飛ぶ円盤に乗った宇宙人が何回も訪れている」「宇宙人と会ったことがある人がいる」という話は、直結しないはずだ。 だが、そういう僅かな可能性を根拠にして、壮大なウソを作り、信じさせる才能のある人は昔からけっこういたのだ。 * ひとが偽書、フェイクニュースを信じるのは、潜在的にでも「そうであってほしい」と思っている内容である場合が多い。「やっぱり、そうだったのか」となって、信じ、それを他人にも伝えたくなる。 自分が信じたくない情報に対しては、「そんなのウソだろう」と思う。 トランプ大統領は、自分ではフェイク情報を発信し、自分を批判する記事はフェイクだと決めつけている。日本の安倍首相にもそういう傾向がある。 政治家のフェイクで流布しやすいのは、実は、その政治家本人の利益になりそうな内容ではない。 「トランプ大統領の隠れた美談」とか、「安倍首相のちょっといい話」といった内容のものは、そんなには拡散しない。 トランプ大統領や安倍首相の支持者も、そういう美談には飛びつかない。むしろ、「政敵にとって不都合な真実」を発信するほうが拡散しやすい。 ひとは、美談よりも失敗、スキャンダルを好むのだ。 そんな心理につけこんで、偽書、フェイクニュースはなくならない。https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180309-00054708-gendaibiz-bus_all&p=3 ☆基本は丁寧に判りやすくではあるけれど、丁寧にわかりやすくをすれば するほど誤解を生む文章になったり、 >ひとが偽書、フェイクニュースを信じるのは、潜在的にでも「そうであってほしい」と思っている内容である場合が多い。「やっぱり、そうだったのか」となって、信じ、それを他人にも伝えたくなる。 >自分が信じたくない情報に対しては、「そんなのウソだろう」と思う。 自分の考えと合わない部分に関しては こうなってしまう。 >ひとは、美談よりも失敗、スキャンダルを好むのだ。 人の不幸は蜜の味ですしwww >そんな心理につけこんで、偽書、フェイクニュースはなくならない。 記憶をたどって行く手法から 記録をきちんと見て判断するようになったのは ここ最近であり 本当と嘘がごちゃ混ぜになってるんですよねw 人となりも関係していて、『あいつならやりかねない』という思惑で突っ走る傾向もありますので、思い込みから思考すると 偽書、フェイクニュースに騙されてしまう件w >そういう僅かな可能性を根拠にして、壮大なウソを作り、信じさせる才能のある人は昔からけっこういたのだ。 騙されない為にどうしたら 良いか? 伝聞を信じるのではなくて 自分で検証してみるしかないんですよねwww 胡散臭い話であっても 多大な損害をしないのであれば 試してみる事でもあり、立ち直れないほど全力投球するのは間抜けではありますが、誰も傷つけず 得になるのであれば試してみるのも 一考でありますw 一般論も現実的には あてにならない可能性もありますので 自分自身の哲学を持つべきかと… おまけ… 一番のフェイクニュースというのは 何か? 私は 聖書だと思います。 なぜかというと、慈愛の塊である神が 偽教理、異端、誤りを、使徒の教え、使徒の教理で識別し、教会から追放するために信条を作るなんて おかしいと思いますし… 例えば マタイによる福音書7章 人をさばくな。自分がさばかれないためである。 とか マタイ福音書5章 38・39 『目には目を、歯には歯を』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。 しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの右の頬(ほお)を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。 信条と比較して全く逆になってるでしょ。 2世紀以降、キリスト教の教義が確立していくのに イエス・キリストの言葉が非常に少ない… 聖書が『新約聖書』としてまとめられたのは150年から225年ごろであり、現在 私達であっても 100年以上前の価値感で生きていけるのかというと… 人が興味をもって読むように どっか盛られているのではないかと考えてしまうからです。 守らなければいけないルール的な事はありますが、ファンタジー部分で ジョージ・アダムスキーみたいな感じが多く含まれてるんですよねwww だがしかし 全部が嘘ではないんですよ。 だから 判断が難しくなるので御座る。
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2018年03月11日
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