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今日は福島県剣道連盟の昇段審査の審査員の研修会が郡山の総合体育館で行われた。

今年度の反省と各地区から出てきた問題点について内容を共有した。

議題は少子化対策、障がい者、剣道形、技術レベルとくに基本技術の低下など。

高校でも10年前は部員数が10万人だったのが現在は4万人とのこと。少子化で小学生が少なく、また、中学校に顧問がいない、高校に剣道部がない、入らないなど。問題は山積み。

剣道はある意味人を選ぶ競技だ。その子の個性もさることながら、家庭的な問題というか条件が左右するように思う。

そして、子どもたちから、あるいは親から選ばれない競技になった。剣道の優劣が、身体能力によってきまってしまう傾向がある。試合、試合と、勝利至上主義が招いた弊害である。

自分自身にも嫌な経験がある。『あんなのが一本かよ!』と思えるような技で負けたことがあるし、打突部位でないところを打たれて負けたことがある。

『デスマッチやらしてもらえるなら負けねえ。』、『組みついて倒すこともできる。(だからつばぜり合いは安易になってはならない)』そう思うことさえあった。

『昔の剣の達人は、ただ試合が強いというだけではなかったはずだ。竹刀がなくとも、刀がなくとも、どんな状況でも対処できただろう。ルール上、ポイントを取るのではなく、本当に強かったのだ。』いつもこう考えていた。

剣道人口は減っているというが、武道全体としてはどうだろう。データがないのでわからないが、武道が下火になったとは思わない。

合気道や古武道、古武術、空手や拳法、柔術など、既存のスポーツ化した武道以外の武道は人気を集めているのではないだろうか。それらには身体能力を超えた、『術』、『理』が存在する。

剣道は『剣の理法』の修練による人間形成の道である。と、言われるが、剣道家は本当に『剣道の理』を追及しているだろうか。『術』を身につけているだろうか。それを本当の意味で精神的な世界『道』と呼べるまでに高めているだろうか。

今日も何人かの先生に稽古をお願いした。私のいいところを引き出そうとがっぷり四つに組んで相手をしてくれた先生。拍子を合わせず、隙を逃さず、打って指摘してくれた先生。いろいろおられた。

稽古後、もし、私がもとに立つような時が合ったら、相手にわからせる、気づかせられる、掴ませてあげる、導いてあげられる、そんな存在になりたい。

もちろん、うちの少年団の稽古ではそうしている。




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