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(古賀氏、東国原氏に衆院選出馬要請6月23日20時16分配信 時事通信)より
昨日から続いて、今、政界で話題となっているのは、自称「宮崎のセールスマン」こと東国原、元そのまんま東であろう。その話題は、自民党の古賀選対委員長が打診した、次期衆議院選挙の出馬要請に対して、受けるかどうかだ。「総裁選に出れるのなら・・・」「知事会で決めたマニフェストを飲むかどうか・・・」という条件を出したという。昨日の報道では、突然打診されたという様子を出していたが、今日、今まで何度も会合を開き、話し合いをし、東国原自身国政に興味を示していたという事実が判明している。
元々、彼は国政に興味を示していた。それは、某大学の中では周知の事実である。そうであれば合点がいく。そう、彼は宮崎を踏み台にしようとしているということであろう。ある意味、宮崎の県民はすでに裏切られていた。いずれ出馬するであろう国政選挙のつなぎとして宮崎の県政を担っているとしたら、それは県民に対して失礼な行為であり、政治に対しての背信行為である。よく考えて欲しい、よく分析して欲しい。彼の行動が、国政へ向かっていることは間違いない。
なぜなら、宮崎をアピールしているだけでなく、自身をものすごくアピールしている。そのまんま東というレッテルをどうにか剥がし、政治家としての手腕があると云わんばかりに、連日のように、宮崎のセールスマンという偽りの顔を晒しながら、過去の過ちをなかったことにしようとしている。暴行罪の前科を持ち、十六歳の少女に性的行為を行ったこと、講談社を襲撃したことなど、どこ吹く風だ。
まあ、国会の中には事務所費の詐欺を起こしても、いけしゃあしゃあと国会議員をやっている社民党の辻元という議員もいる。彼女は自分の国民のお金を騙し取ったという事実を反省しているのであろうか?サラリーマンがそれを犯したなら、懲戒免職で二度とその会社には入れないであろうし、法的にも社会的にも罰を受けることになるだろう。彼女は国民の信託があると自負し、そんなことはお構い無しだ。自粛するべきである。
話が脱線したので戻します。そのまんま東は、自分の娘と同じ年頃の少女に手を出す者が、人を暴行してしまう前科者(過激とは思いますがあえて書きました、国民を馬鹿にしていると思い我慢しません)が国民の代表となること、代表になっていることを私は憂います。これもまた、自粛するべきではないでしょうか。
勿論それだけではありません。今まで、書いてきたように私は平和主義者です。ご存知のように彼は宮崎市内でおこなわれた県民との座談会の中で「徴兵制はあっていいと思う」と発言したことを私は忘れません。口に出てくるものは、自身の本心中にあり、本気で思っているからこそが出てくるものです。思っていないことを口に出すことはないでしょう。そうであるならば、戦争の惨禍をただのお笑いや話の道具に使う、先人を愚弄する人間を許して良いのでしょうか。私には許すことが出来ません。私は彼を認めません。
今、彼は大きくテレビや新聞に取り上げられています。宮崎での支持率は90%だと言われています。勿論、私は宮崎県民ではありませんし、宮崎に行ったことはありません。つまり、主体的に見たことを、ここに書いています。ただ、私たち庶民にとって、宮崎のセールスマンと豪語している彼の行動が、市民生活を良くするのかがどうも、釈然としません。
あのマンゴーを誰が買えるのでしょうか?宮崎牛を誰が食べれるのでしょうか。100グラム数十円の旨肉と宮崎の地鶏どっちを買うでしょうか(それも鳥インフルの・・・)?どこかおかしいと思うのは私だけででしょうか。本当に宮崎は好くなっているのでしょうか。仮に、踏み台として宮崎を使った後は、どうなるのでしょうか?弱いものはいつも切り捨てに遭うのがこの国の常識です。そんな常識はあってはなりません。しかし、現実として起きるし、起きていると私は思います。
確かに、当時の県知事選の候補を見ると誰に投票していいのか分からない状態でしょう。だからこそ、東国原が目立ったのでしょう。しかし、ここまでの人気は何か小泉劇場のときに重なります。単なる、売名行為、単なる票集め、単なる利益の追求であったなら、それは、国民を騙し扇動する扇動政治であり、これに気づかないということは、衆愚政治の何物でもないと私は考えます。それは大阪府の知事にも言えます。彼はパフォーマーです。それ以上でもそれ以下でもありません。何が変わるのでしょうか?何が出来るのでしょうか?不正を決めるときは、テレビで見る彼とは違い、実際は官僚の言いなりです。まさに、以前見た「ブッシュ」と言う映画で見たように単なるピエロに過ぎません。ブッシュの日記はこちら→(http://blogs.yahoo.co.jp/minamotonosuzuhime118/2387072.html)
今までのことを、よーく考えたとき、小泉、中川、森の旧森派が影で動いていると思えてなりません。これは、自民党の政権存続のため、作り出した一つのシナリオかもしれません(事実は不明です)。もし、またあの喜劇が起きたならば、この国はもう駄目でしょう。もっと疲弊し、もっと景気が悪化しなければ、もっと倒産しなければ、もっと失業率が上がらなければ、目が覚めないと思います。そのころには日本はアメリカの52番目の州になっているかもしれません。
多くの人が東国原を評価しているでしょう。しかし、表裏一体として、私たちは彼にマスコミに扇動されているという事実もそこにはあるのではないでしょうか。人はテレビや新聞で情報を受けます。その情報が本当の情報なのか誰も知る由もありません。宮崎で本当は何がおいているのかを、知るすべは、一般の宮崎県民すらないでしょう。新聞は政府官報とかし、テレビは自民党の味方です。決して国民の味方ではありません。
自民党と東国原の思惑に乗ってよいのでしょうか。彼らは偽りの現実を映し出しています。いいところしか私たちは見ていません。私たちが変わらなければ政治はよくなりません、私たちが決断しなければ政治は変わりません。劇場型の政治はもう終わりにしましょう。タレント議員は終わりにしましょう。拝金主義は終わりにしましょう。平和に向かって、走り出しましょう。そうのように、私は願います。
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