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7月13日9時16分配信 産経新聞より |
政治の記事
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時事ドットコムより(2009/07/08-20:40) |
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(古賀氏、東国原氏に衆院選出馬要請6月23日20時16分配信 時事通信)より |
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今日は有楽町に行ってきました。目的は映画を見に行くこと。以前、タダ券をいただいたのでそれを使って、高校生以来の大型スクリーンでの映画鑑賞、周りが暗いので眠くなると思いましたが何とかがんばりました。 その後、有楽町(駅前中心ですが)を探索しました。「有楽町で逢いましょう」という歌と一緒に流れるあの建物、形はほぼそのままでビックカメラになってる!!知らなかった・・・多くの人が懐かしいであろうあの姿を残したままということで、まあなんとも不自然ですが、その町の形跡を探ることは出来るのではと思いました。 ただ、そのほかの場所に昔の形跡があるのかといったら、おそらく線路の下のお店だけでしょう。周りの建物はすべて真新しく、近代的ででかい建物ばかりです。古き光景の中に新しさもあるのではなく、どちらかというと、近代的なオフィス街に昔の光景が少しある。そう、申し訳程度に残してる・・・と感じてしまいました。昔の趣のある建物は消えていく。なんか寂しい気がします。何とか、残してほしいと思います。 では、本題に入りましょう。 今日はその有楽町にあるスバル座という映画館で上映されている「ブッシュ」を観賞してきました。あまり内容について書くと、「見たいのに言わないで」という方に怒られるかもしれません。お許し下さい。 「ブッシュ」は過の前アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュを描いた映画です。 この映画、彼の半生と彼が大統領になってから行った戦争までの過程、そして結果を、交互に観客に見せていました。観客の興味を引くという立場を考え描いたつもりでしょうが、結局時間が短すぎ、彼が思いつきとコネクションで生きてきたこと、そして、相当ヤンチャをしていたということ、政策決定をした過程しか分からない状態で、あまり、よい作品とは思えませんでした。 ただ、あの戦争に対する監督の意思やブッシュの政治家としてふさわしいか否かは、ストレートに観客に伝わる作品でした。もし、映画としての芸術性を少し抑え、その責任をどのように私達が考えて行くのかという命題を示すために細工したもので、「アメリカ国民はきちんとした選択が出来たのか、それを支持した日本は責任はないのか(これは日本という立場を鑑みて、私の個人的な意見です)」など、これらの命題を考える為に良い材料になればという監督の考えで作ったのであれば、私はこの作品は成功だと思います。シンプルなメッセージは分かりやすく、是非を考える時の手助けになります。 この映画は、彼の起こした戦争に対する批判や戦争は政治の道具であったこと、単なる経済活動や恨みを果たすための道具であったこと、そして欲望を満たすための道具であったことなどを、描いていました(私はそう感じました)。アメリカ軍の空爆の映像と明るいバックミュージックを合わせ、あの戦争の正当性を私達に問っていました(もちろん、そこに作者の批判も含まれていると思います)。この作品で一番印象的なシーンでした。 この作品が作品としてどうなのかを考えたとき、正直に言えば、駄作でしょう。ただ、政治や戦争に対する風刺であれば私はこの作品は、強烈な風刺ではないもののもの、有りだと思います。政治に決断は必要です。しかし、戦争とは国家のエゴであると思います。その決断によって、多くの罪のない犠牲者が必ず生み出されることを忘れてはなりません。 国家は何を守るものでしょうか。「国民の生命と財産である」とよく政治家が言及しています。そうであるならば、戦争は間違いであると私は考えます。国民の命を奪い、国民の財産を奪い、罪のない他国の人間を殺し、地球を破壊する。これが戦争です。戦争に大義は存在しません。 戦争を経験し、平和憲法を持ち、唯一の被爆国である日本はこの戦争に賛成をしてしまった。私はこのことを恥じるべきだと思います。ブッシュのその行動はアメリカの正義であったかもしれません。しかし、その行動によって、一つの国を壊滅させ混乱を起こし、更なる犠牲者と、過激派を作り出し、弱い立場の人間に更なる悲劇を生み出しただけです。そこにあった大義は何であったのでしょう?もし、石油のためであったのであれば、鬼畜にも劣る所業です。 もう一つ、感じたのは、文民統制という理論の信憑性に対する疑問です。この映画では、コリン・パウエルによるブッシュに対する制止も多く描かれていました。ご存知の通りパウエルは軍人です。その軍人が戦争は拙速であると意見を表明し、文民たちが戦争を推進していた。勿論、その理由は石油や世界戦略、経済的な優位性などの理由である。つまり、戦争の悲惨さを知るものとそうで無い者との違いがその行動に出ているとも考えられるということだ。 文民統制であっても、戦争の悲惨さを、戦争で苦しむ者がうまれることを知らない者が、その国の政治決断を担うとき、国は間違った方向へ行ってしまうという事実を示したのではないかと感じた。拝金主義のこの日本で、人のこと、世界のことを考えている文民がいるのであろうか甚だ疑問である。もし日本に軍隊が存在していたならば、もしこの国に平和憲法がなければ、私達は国のエゴで誰かの命を奪うことになったかもしれません。だからこそ、憲法、第九条を大切にしたいと改めて思う。 憲法改正という問題に直面しているということは事実である。しかし、それは九条以外に留めるべきであろう。九条があるからこそ、ここまでで済んでいると考えることが出来る、私はそう思います。広島で生まれ平和教育を受けてきました。様々な戦争体験や平和教育を受けた人間として、平和、戦争放棄、戦争反対について思うところが多くあります。戦争は人々を苦しめます。人を殺めたという罪悪感と、取り返しのつかない怪我、文明の破壊、弱者を作り出すこと、人の死などそこには惨禍しかありません。そのことを、政治はもっとも重要なものに据え、決断しなければならないと、私は考えます。 やはり、この「ブッシュ」という映画、駄作であると片付けることは出来ない。映画とはその映像に音に何が感じ、自身で考えることの出来るすばらしい表現活動であることを認めなければならない。久しぶりとはいえ、いい作品に触れることができ、幸せです。 ではみなさん、今日はさよなら、さよなら、さよなら by淀川さん
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「認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを・・・」ガンダム第1話のシャアの言葉だ。若さとは時に勢いと、時に過ちをもたらす。若さは何かを打開するときに大いに必要なことかもしれない。しかし、大いなる間違いで取り返しのつかない事態に陥る可能性も秘めている。昨日、千葉市長選挙で若干31歳という若さで民主党推薦の熊谷氏が当選し喜びの声を上げた。ここに、史上最年少の市長が誕生した。 |




