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今日はラグビーの試合をしてきました。このくそ暑い中、やってきました。暑いと、どうして、まぁー走れませんよ。どんどん体力を奪われていきます。しかし、まだまだ、僕は若いので(チームの中では・・・)やるしかないのでひたすら走りました。疲れたー。でも、やめられないっす。
さて、今日はエコポイントについて思ったことを書きたいと思います。きっかけは今日の試合の帰りに、六本木を車で移動しているときに、東京タワーを見たことです。2011年の地上デジタル放送移行で地上アナログテレビが見れなくなるといいます。その放送網を担うのが、この東京タワーと高層ビルによる障害を無くすために作られる東京スカイツリーです。東京タワーは試験放送から地上アナログテレビの放送を担い続けていました。その東京タワーを眺めていると、ふと、今の地上デジタル対応のテレビを連想しました。
地デジ対応テレビを売り出すための商戦が続く中、エコポイントの有用性とエコポイントの存在について考えました。
エコポイントは、エコ商品を買うという動機となってます。勿論、マスコミが云うように、制度や何にポイントを還元するのかも決まらぬまま、エコポイントという文字が躍り、そして、私たちを煽りました。財源と制度が先行し何がしたいのか、ただのバラまきではないかと言う批判が多くあります。確かにその通りだと私も思います。その批判を受け、政府はお米券やクオカードなどに換えられるというものを打ち出してきました(確か、ポイント還元の対価はまだ決まってないと思いますが・・・)。
これに便乗して、各種電気店は自社のポイントとエコポイントを上乗せし、エコ商品と題するものを売ろうと躍起になっています。勿論、その中で地上デジタル対応テレビは主力商品であり、各種メーカーは様々な商品を打ち出してきました。
ただ、ここで問題になってくるのは、個人商店と大型商店の差がこのエコポイント商戦によって大きな影を落しています。個人商店でもエコポイントは受けることができるという周知があまり出来ていないのか、大型量販店に消費者が集中し、個人商店の客までも取り込んでいるというのです。個人商店はその資金力を考えて、大型店に料金的にも宣伝力も劣ってしまうのは事実です。しかし、それをサービスや親切さなどでその差を埋めていました。
しかし、今回の報道では多くの大型店の商戦に焦点を当てていることが多く、まるで、エコポイントはそのような大型量販店でしか受けることができないという錯覚を与えてしまっている状態です。勿論それだけでありません。このエコポイントは、ある意味、小規模商店ではなく、大型店を援助するためにやっている節があるように感じます。
ポイントという文化(?)は往々にして大型量販店です。つまり、ポイント=ポイントカードがあるお店(大型量販店)という連想を起こすことは、誰でも創造できることだと思います。つまり、自民、公明はそれらの大型量販店の意向を汲んでこのサービスを打ち出したものであり、それは、大型店のみを儲けさせる為に行う、ばら撒きであるとしか思えません。ある業界一位の○田電気の社長は公○党(つまりS学会です)このことを考えても、定額給付金と共にそこに私的な思惑があった可能性が・・・です。
この政策は、景気刺激ではなく、弱者切捨ての政策でしかありません。なぜなら、エコポイントで儲かる大型量販店はエコポイントだけでなく自社のポイントを上乗せすることで、また、そのお店に来てもらうことができます。つまり、今後もまた、個人商店には行かなくなるということです。私たちの地元の電気屋がなくなって行くのを見かけることはありませんか?見かけることがあると思いますし、今から増えると思います。
今述べてきたように、それでなくても広がってきた、個人商店と大型量販店の格差はより広がるはずです。しかし、私はそのことよりも、この政策は単なるバラまきであり、更なる格差を生み出して行くと思います。それは、これらなエコ商品とされる物の値段をよく考えたとき、買える値段でしょうか?少なくとも私の家では買えません。テレビに7,8万円をかけれるでしょうか?このご時勢できません。つまり、お金があるものに対する還元であって、無い者はそのエコポイントの恩恵を受けることさえできません。
商品にかかるエコポイントもその証拠です。テレビの大きさが大きくなるほどエコポイントが大きくなります。つまり、より高いTVを買うものに、より還元する。それは、はっきり云って金持ち優遇政策の何ものでもありません。僕の税金はその金持ちのために使われ、僕らのためには使われません。母子加算の問題しかり(僕は母子加算より老齢加算を止めたことの方が問題であると思っていますが)、消費税の問題しかり、年金の問題しかり、むしろ手厚くする必要があるものは削られ、そんな、金持ち加算を繰り返しています。政治は経済活動で生まれた弱者を救済するために存在しているはずですが、この国ではそのような機能は一切持ち合わせていません。
さらに、エコポイントはエコ商品に古いものを買い換えることによって電気や環境にやさしいものを日常から行うという目的があると聞きますが。商品を製造するときに出る二酸化炭素、製品を分解するときに必要な熱量、工場を稼動するときに必要な電気代などその生産活動や製造活動で起きうるエネルギーの消費を計算せずに行っていると共に、リサイクルということを逸脱し、ただの企業優遇政策となっていることに気づきながら、それをおこなう矛盾をひた隠しにし続けています。新しく買い換えると言うことはリサイクルではなく、ゴミを生み出し自然の破壊を繰り返すことになります。
金持ちのエゴポイントになってはいまいか。私はなっていると考えます。この政策をおこなっても儲かるのは一時的であって、日本の製造業の衰退を免れることは出来ないでしょう。今、氾濫した物は買い控えられ、既存のものを長持ちさせることが主流となりつつあります。物が高すぎます。家賃が高すぎます。食料品が高すぎます。この国に希望はあるのでしょうか。この国の政治は何をしてきたのでしょうか。疑問だらけです。どうしていいか分かりません。打破することは、おそらく経済成長のほとんどない中で、自分達が質素倹約し、暮らして行くことが必要となってくると思います。給料が低くても食べていける世の中を作る必要があると思います。私は思うのは、経済成長を望むのではなく(望めない!)如何にコストを抑え、如何に工夫して行くかで勝負、生きて行くしか日本の道はないと私は考えます。
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