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朝の空気はひんやりと冷たく澄んでいて、のどを通り僕のボロボロの内臓を包む。今日も僕の知識ではまだよくわからない薬を体に詰め込み、僕の一日が始まる。
でも今日はいつもの日々とは違う。もっと、あの初めて広いフィールドでサッカーをした時のような、計り知れないような興奮と清々しさがある。
「寒くない?大丈夫?じゃあ、そろそろ行こうか。後ろに乗って、しっかりつかまっていてね。」
土曜日の朝7時。天気は快晴で、僕はまたがった自転車の固さを直に感じながら、少し遠慮気味に彼女の腰に手を回す。帽子を少し深めにかぶって、僕は頬に触れる風と一体になっていくのを感じた。
正直怖い感覚もあったが、何よりも嬉しかった。家族とも同級生とも違う、少し僕より年上の彼女。今まで誰にも言えなかったことを打ち明け、そしてそんな彼女は僕の暗闇だけの世界から連れ出そうとしてくれてる。
行き先はまだ知らない。彼女は着いてからのお楽しみと言っていたので、僕は特に深く聞かず、顔を彼女の背中にうずめるようにしていた。
「ちゃんとつかまっててよー。もう少しで着くからね。」
自転車を15分弱走らせてから、彼女はゆっくりと止まった。
「ほら、見てごらん。―――私の大好きな風景。素敵でしょ。」
帽子のつばを少しついと上に向けて、僕の目に飛び込んできたのは、鮮やかな緑にコンクリートの道、そして緑の間からその道を射す光のカーテン。なんとも幻想的な風景に、僕はしばし息を奪われた。
「わぁ…奇麗だ…こんなの初めてだ。」
「ここが私の通っている高校への通学路。晴れた日の早朝にこの道を通るとね、あの光のカーテンが見えるの。」
こもれびの森と呼ばれるこの道には常緑樹がどこまでも植えられていて、作りたての酸素の中で深呼吸をする気分は最高だった。
「この道をもうちょっと行くとね、落葉樹が2キロくらいの道を包んでるの。ほら、見えてきた。」
1分前を通っていた道は鮮やかな緑で囲まれていたのに、もうここは赤や黄色が全てを包んでいた。右手を通る車の騒音なんて気にならないくらいにこの道は幻想的で、まるで違う世界の入り口に入り込んだみたいな気分になった。
「あのね、君にプレゼントがあるの。ちょっと目をつむってみて。」
「え、あ、目をつむるんですか?なんだろう…」
そうやって目をつむった僕の手のひらに冷たくて固いものが乗せられた。恐る恐る目を開けたその先に見えたものは、なんとカメラだった。
「これね、お父さんのお古なんだけど、君にあげる。写りはそんなに悪くないのよ?」
カメラ―――母が僕が幼少の頃インスタントカメラをごくたまに使っていたのは覚えてるけど、こんな風に手に取るのはもしかして初めてかもしれない。今までは関心もなかったけど、僕は今手の中にあるカメラにとても興奮を覚えた。
僕は何かに取り付かれたようにカメラをいじくり始め、この赤や黄色の道を夢中になって撮り始めた。何枚も、何枚も、僕は自然の中に溶け込むようにただ撮り続けた。
「…ありがとうございます。ほんと…他になんて言っていいのかわからないくらい。」
彼女は黙って微笑み、ひいていた自転車にゆっくりとまたがった。
「そろそろ行こうか。写真、今度見せてくれると嬉しいな。」
僕は軽くうなずき、久しぶりに心のそこから微笑むことができた。
風は冷たく爽やかで、僕だけのキャンバスに色が入り始めたこの感動は、きっと永遠に忘れないだろうと思った。
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