@Marine's

アメリカでの生活と、短編小説書いてます♪

世界一周編

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このブログのメインで、海外を舞台にした短編小説です。目指せ世界一周!こちらもまたフィクションとなっております。
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バナナ農園の門で

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土曜日の午後、バイトも休みで特にすることのない私は、ただ目的もなくテレビのリモコンをいじっていた。
主婦向けのトークショー、クッキング番組、ワイドショーと、特に私の興味をくすぐるチャンネルもない。とりあえず何度も耳にする話題の女優のスキャンダルの詳細にでも耳を傾けることにした。

「あんたねぇ、テレビばっかり見ていないで、もっとすることしたらどうなの?」

そうテーブルに肘をついてぼんやりしている私に向かって、母・明子は言った。

するべきことってなんだろう―――長期休暇に入ってしまって特に宿題もなく、することといえばテレビと漫画以外に何があるというのだろう?今日は特に友人と会う予定も入れていない。親しい友人のほとんどがバイトをしているため、都合が合うといったら夜くらいだ。


色々考えた結果、やっぱり私が選んだ「するべきこと」はテレビだった。


その時テレビで緊急ニュースが流れた。


「ブラジルで日本人留学生と思われる二人の男性が遺体で見つかった事件について…」


土曜の昼間にこんなニュース聞いていたくない。なんなら退屈な女優のスキャンダルのほうがマシだと思いつつ、たった今母が運んできたうどんに手をつけ始めた。関西の人たちはこの醤油の濃い汁が許せないと言うけれど、私の舌はオールマイティー、関東のものも関西のものも受け入れるのです。


「あ、この町―――お母さんねぇ、昔ここに行ったことあるのよ。うわぁ懐かしいなぁ…」

母が突然そんなことを言い出し、とりあえず私はうどんの汁を冷ますのに忙しかったが、何度も耳にしたスキャンダルを聞くよりはずっとマシ、そう思いつつ、母の話に相槌をうった。

「30年前くらいかな、この町に2週間ほど滞在していたことがあって、何キロ先にも広がる農園の通りの道を、毎日通っていたっけ。」

口にしたねぎの緑の部分が微妙に固くて、何のために母が地球の裏側まで行ったのかを聞きそびれたが、きっとボランティアとかそんな感じの理由だろうと勝手に予想して、また母の話に耳を向けた。


「他にも何人か日本人いてね、でも私は一人でホームステイをしていたの。日系ブラジル人のお宅でね、確か5歳くらいの子とあともうちょっと大きい子達が3人いたの。決して裕福な家庭ではなかったけど、そんな中私にとてもよくしてくれたわ。」

そう言う彼女の横顔はどこか遠くを見つめていて、いつもよりも若々しく輝いていたように感じる。


「ある日いつものようにあのバナナ農園の横を通っていた時にね、すぐそこの曲がりのところでサッカーのリフティングをしている男の子がいたの。それはもう鮮やかな手つき…じゃなくて、足つき?ふふふ。まぁとりあえず、とっても上手だったのよ。それで歩きながら彼を見てたのね。そしたら彼が私に気づいて、ボールをふっと空中に上げて、それから足の後ろでキャッチしたの。

『日本人?』そう流暢な感じで言うから、思わず私、うんって言ったの。ブラジルは日系の人が多いから日本語話せる人はそう珍しくないんだけど、その男の子私と同い年くらいだったから。



『俺日本語結構話せるよ、日本に行ってたことあるし、おじいちゃん日本人だしね。』そういう彼の話し方や細かい仕草が、どこかとても懐かしい気がした。前に会ったことのあるような―――


『じゃっ、俺そろそろ行かなきゃ。おじいちゃんの手伝いするんだ。またなっ。』そう言って彼はまた空中にボールを蹴り上げ、颯爽と去っていった。


その時ね、小学校低学年の時に、日系ブラジル人の男の子がいたことを思い出したのよ。ショージって言ってね、どういう苗字でどういう漢字を書くのか忘れちゃったんだけど、学年が替わると同時に、彼はブラジルに帰ることになったのよ。すごいやんちゃな男の子でね、ものすごいセクハラ魔人だったんだけど、最後の日に私ともう一人の女の子が呼び出されてね。『元気でな』って一言いって去っていったわ。

そのバナナ農園の彼は、実はショージだったんじゃないかって一瞬思ったけど、こんな広いブラジルでそんな偶然はないわよねって思ったの。


それから何度かバナナ農園の門で彼がサッカーしてるのを見かけたわ。軽い挨拶を交わしたり、時々話もしたりしたわ。日本や、日本の友達が懐かしいって―――でもお互いに忙しかったから、二人で長くいることができなかったの。お互いの名前を聞くこともなかったわ。そうしているうちに、私の帰国の日になって―――

空港に向かうバスに乗り込む時にね、農園の向こうから走ってくる影が見えたの。でもバスはあともう少しで走り出しそうで、私はバスの中をぼんやりと眺めていたの。そしたら声が聞こえてきて。

『……キコ………アキコーー!』

私はびっくりして窓の下を見ると、そこにいたのは彼だったの。急いで重くて固い窓を上げて、それから彼が手に持っていたサッカーボールをくれたの。

バスが走り出す瞬間、彼が白い歯をニカッと見せて笑って言ったの。『元気でな』って。その瞬間私は確信してね。

『ショージ…ショージも元気でねーーー!!』そう走り去るバスから叫んだわ。

帰国してからお父さんと出会って、それから結婚したんだけど、あれ以来ブラジルにも行ってないし、ショージにも会ってないの。でも今でもあの時のサッカーボールは大事に持っているわ。…さぁて食器でも片付けるか。あんたも部屋の片付けさっさとしちゃいなさいよっ。」

そう母が即効切り替えたので、私は色々と突っ込む間も得られなかった。こういうすり抜けの上手さにおいては母は超一流である。

私の体はいつの間にかポカポカしてきていて、それは濃い汁のうどんのお陰だったのか―――とりあえず私の心はどこかはしゃいでいて、部屋の片付けなんてする気にもならず、とりあえずケータイと財布片手に自転車で町を飛び出すことにした。
今日も午後の日差しは暑く、曇り空の隙間から覗いた太陽が、いつまでも私の背中を照らした。

星の砂

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夏の長期休暇を利用して、私はカリブ海に浮かぶ島、Turks and Caicos Islandの研究所を訪れていた。この島はまるで空と海とが一体になったかのように鮮やかな青と緑に囲まれていて、訪れる全ての人の心を魅了していた。この島で結婚式を挙げる人もまた少なくなく、花嫁たちのその純白のドレスがまたこの青の風景からとてもよく際立っていた。

この島自体は国として独立しているわけではなく、また他の多くのカリブ海の島々のように、ここはイギリス領だった。街を歩き回るとところどころでイギリスの十字の旗を見かけることができ、例のアクセントの英語がそこらじゅうで飛び交っている。

アクセントや訛とは不思議なもので、その中に数時間もいると、口の筋肉は追いつかないものの、頭の中はもうそのアクセントでいっぱいになってしまう。

幸い研修生の何人かは聞きなれたアクセントで話し、私はその仲間たちと過ごすことが主になっていた。



金曜の夜になり、研修生と教授たちで街に繰り出すことにした。研修生は皆成人を迎えていたため、バーのようなレストランのような、とりあえずお酒も食事も楽しめる、ビアガーデンの様な店に腰を下ろした。

この国にも日本の微妙な風習のような「とりあえずビール」という感じがあるのだろうか。ほとんどのメンバーがビールを注文し、つまみのようなベーコンと野菜の不思議なコンビネーションに手を付け出した。



このビアガーデンには他の観光客もとても多く訪れていて、私と同じアジア人も多く見かけた。少し酒と高いテンションに疲れ始め、私は一人席を立ち、少し夜風にあたりに外に出ることにした。


ベランダの向こうには海岸があり、そこでロマンチックな気分に浸るカップルも少なくない。この場所はビアガーデンから少し離れた、静けさとやかましさの混じる不思議なところである。夜の海のさざなみが酔いを少し醒ましてくれ、塩っ気の少ない風はとても気持ちが良かった。



ふと白い砂浜に一人でたたずむ人影に気づいた。20代後半から30歳くらいの女性で、私には彼女が泣いているように見えた。私はなんだかとても気になってしまい、そのベランダから木造の階段をぎしぎしと言わせながら下りていった。

少し離れたとこから彼女の後姿を眺めていたが、彼女の長い髪が風にふかれていて、顔を見ることはできなかった。

その時、少し強めの風が吹いて、海の水が大きく揺れた。

「あっ…!」

その瞬間彼女の声が聞こえ、何かが彼女の手から離れた。その何かは私の2メートルほど先の白い砂浜に落ちた。
私は小走りをして、その砂に浅く埋まった何かを手に取り、砂を払った。

それは少し赤く透き通った石でできたネックレスだった。


「すいません…ありがとうございます」そう言って彼女は小走りで私のほうに近づいてきて、私は再度その砂を払うようにして、それを彼女に手渡した。

「いえ…あの、大丈夫ですか?さっきとても辛そうな顔をされていたので、ちょっと気になってしまって…」そう言うと彼女は一瞬哀しそうにハッとした顔をして、少し息を落ち着かせてからゆっくりと口を開いた。

「…実は私、明日結婚するんです」

「えっ!わぁ、それはおめでとうございます!え〜それはなんかもうドキドキですね。こんな奇麗なところで挙式なんて憧れるなぁ…え、あっ、ってことはもしかしてマリッジブルーっていうやつですか?」

こういうことって突っ込んでいいものなのか一瞬悩んだが、私はまだ少し酔っていたのか、ついつい言葉が先に口から出てしまった。

「そう言われればそうかもしれませんね…。変ですよね、もう3年間も同棲している相手なのに、いざってなると、なんだかとても不安になってしまうんですよね。」

彼女はそう言いながら海を眺め、足元の砂を軽く蹴っていた。

「…きっとそれもあると思うんです。でも…他にもちょっとあって。あ、私ちょっと変ですよね。よく知らない方にこんなこと話しちゃって。」

「いえ、そんなことないですよ。意外とよく知らない人に話してしまうとスッキリすることってありますし、私でよかったら聞きますよ。」

「そうですか…ありがとうございます。実は私、今の彼と付き合う前に恋人がいたんです。その人は今の彼の親友で、二人とはこの島で初めて出会ったんです。私たちはこの島に研修とボランティアを兼ねたプログラムで来ていて、ほんの一ヶ月の間だったのですが、私は彼をとても愛していました。彼も私のことをとても大事に思っていてくれて…」

私にはそんなロマンチックな出会いの経験が無いので、羨ましいとか思いつつ、また彼女の話に耳を傾けた。

「このネックレスはこの島特産の石で作られていて、彼がプログラムの終わる前日にくれたんです。…国に帰ったら、いつか結婚してほしいって言ってくれて…でも、私はまだ子供だったし、その時yesとはっきりと言うことができなかったんです。まだ出会って間もなかったし。」

それから彼女は少し詰まったように言葉を飲み込んだ。軽く空の方を向き、ため息をついてから、また口を開き始めた。

「しばらく手紙などで連絡を取っていたのですが…数週間ほど、連絡が取れなくなってしまったんです。それから一通の手紙が届いて。…彼が亡くなったとの知らせでした。仕事中に倒れてからそのまま入院して、しばらくしてから亡くなったそうです。彼の枕元には私宛の書きかけの手紙が残されていて、それでご家族の方が連絡をくれたんです。彼のお葬式で今の彼と再会し、二人で今まで支えあいながら生きていきました。この島で挙式することも二人で決めたんですが…やっぱり思い出してしまうことが多くて。」


よく二人でこの砂浜を歩いていて、彼はいつも海になれたらいいのにと言っていたそうだ。優雅で、大きくて、どこまで広がっていて、全ての人の心を癒す。その海の一部になれたらきっと気持ちいいだろうと―――

「このネックレス、もう持っていないほうがいいんじゃないかって思って。それでここに来たんですけど、なんだか決心がつかなくて。」

そう彼女が行った時、私はお土産に買ったものの一つを思い出した。「星の砂」と呼ばれるもので、中くらいのビンに奇麗な砂が詰められたものだった。

「あの…このビンの中に入れて、海に流すとかっていうのはどうでしょう…いや、ダメですよね、そんなの。変なこと言っちゃってごめんなさい。」

私がそう言うと、彼女は目を大きく開き、それから微笑んだ。

「それ…いい考えかもしれない。彼はいつも海になりたいって言ってたし、二人の思い出の海で…星の砂が、きっと彼が住んでいる星に連れて行ってくれる気がする。それ、もらっちゃっていいかな?お金は払うから。」

それから彼女はビンのコルクを抜き、ネックレスをその中に入れた。彼女は静かに涙を流し、その涙は彼女の頬を伝ってビンの中に落ちた。しばらくぎゅっとビンを握っていたが、それからコルクで再び栓をし、大きく深呼吸をした。

「…ありがとう」そうビンにむかってささやき、ビンは弧を描いて彼女の手を離れ、遠くの海の中に落ちた。


それから私たちはわかれ、それぞれのホテルに戻っていった。ふと後ろを振り返ったとき、もう彼女の姿はどこにもなかった。

なんだかとても不思議な夜だった。私はやっぱりすごく酔っていたのかもしれなくて、朝目が覚めた時は昨夜のできごとがリアルじゃなかったんじゃないかと思い始めた。

遅い朝食を食べ、昼前の講義に間に合うように急いで準備をした。ホテルの扉から飛び出て小走りで研究所に向かい、海岸沿いの青空と日差しに照らされた道路を過ぎていった。


海岸通りの下の広場には人だかりができていて、その中に際立って輝いた純白のドレスに身を包んだ花嫁がいた。

彼女の笑顔はその空と海のように美しく、他のどんな花嫁たちよりも一層輝いていた。これから始まる幸せの未来に、胸を張って足を踏み出しているように見えた。

また、きっと会おう

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「我的時間飛行到着、遅状態天候悪化…」


今一人、私は北京空港にてマレーシア行きの飛行機を待っている。どうやら近づいている台風の影響で、飛行機はしばらく遅れることになりそうだ。

今の私にとって、中国ほど怖いところは無いように思われた。私の横を通り過ぎる誰もがアジア人。だが決して言葉が通じることはない。


その中国人の群れの中で、私一人が日本人のように思われた。


怖い。人が私に話しかける。どうやら私を中国人と勘違いしているらしく、私は彼らが言っている事が一言も理解できない。英語を話そうにも、私が英語を話し始めると、どこかあきらめたような顔をしてやがては私の側をすっと離れていく。


言葉が通じないことによる不安、そして恐怖。カナダに留学経験のある私だが、持ち合わせの日本語も英語も、今のこの状況では全く役に立たない。なんという孤独。



なぜ中国語もマレー語も話せない私が一人でマレーシアへと旅立とうとしているかと言うと、実は先日マレーシアに留学した高校の大親友が結婚することになったからだ。
彼女の相手は中華系のマレーシア人で、高校時代から中国語に励んでいた彼女が話し相手として一緒にいるようになり、二人は恋に落ちたと言う。

…正直なところ、私はものすごくおどろいた。外国人と恋に落ちるなんて、なんだかドラマみたいな話だ。文化も価値観も違う二人がどうやって恋なんてするんだろう、そんなことを漠然に思い、相手の品定めも兼ねたこの旅行、私にとっては大冒険だ。



散々ロビーで待たされた後、私はやっと飛行機に搭乗することができた。


マレーシアまでの4時間。私は長旅の疲れと緊張を癒すため、寝ることにした。





―四時間後。飛行機はマレーシアの首都、クアラルンプールへと天候の影響も無く、無事に到着した。


ゲートを出たところに親友と旦那さんとそのいとこも迎えに来てくれていて、私はようやく異国の地に行くことへの緊張がとけた気がした。


「ハジメマシテ」そう言って彼女の旦那が握手を求めてきて、まぁ優しそうな人だな、という簡単な印象だけを付けておいた。

正直なところ、私は日本語を喋ろうとする外国人が苦手だ。ペラペラならまず問題ないが、そうでなければ私は一体どんな単語を使ってどのようなスピードでどのようなアクセントで話せば良いのか。
だから大抵の場合は私はそういう外国人とは英語で喋ろうとする。


私の親友はもちろん中国語が得意で、二人の間の会話は大抵の場合は中国語である。それが私を再び孤独へとさせた。なぜなら、この国で私が頼るべき存在は彼女だけだからである。

「Hi...are you alright? You must be tired.」そう言って突然話しかけてきたのは、なんと彼のいとこだった。一瞬英語を喋っていることに気づかず無視してしまいそうになったが、久しぶりに聞く英語、私は正直とても救われた気分になった。

聞くところによると彼は以前イギリスに短期留学していたことがあるらしく、英語はそこそこできるのだとか。彼は年下ではあったが、そんなことは感じさせない落ち着いた振る舞いを見せた。そんな出会いが、私にとってはとても新鮮だった。

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たった一週間の滞在ではあった。ほとんど言葉の通じないこの国で、私が孤独にならないで過ごすことのできたのは、きっと彼のおかげだろう。

正直なところ、惹かれていた。外国人で、ましてや年下の男の子を好きになるなんて想像もしたことなかったから、自分の中で抵抗があるのは知っていた。でも、私の心はそんな建前というものを通り過ぎて正直だったと思う。


「I......I will see you again, right?」そう言って、彼は私の手をぎゅっと握った。離れたくない、そんな彼のぬくもりが、切ないほどに伝わってきた気がした。


今度の休暇、また会いに来るわ。そう言って、私は指の先まで名残惜しみながら、その手を離した。



きっとまた会いに来よう。異国の地で出会った、私の淡い恋に。

手紙

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冷たく乾いた風が、私の頬を刺激する。

昨日はあんなに暖かかったのに。やはりアメリカの南部とは言え、二月の冷たさはこのファーのついたコートなしでは乗り越えていけない。

授業の帰り際に数ヶ月前にできたばかりのカフェに寄った。コーヒー好きの友人たちの間ではなかなかの評判で、昼前には売切れてしまうココア・マフィンがまた格別だという。


私は早くこの体を温めようと、カフェ・ラテの小さめのサイズを注文した。コーヒーの種類の区別もあまりつけられない私だが、このカフェ・ラテというものにも結構はまりつつある。


蔦のようなものを張り、薄暗い緑を基調とし、レンガ造りのように見せた内装は、このコーヒーを楽しむ「ひと時」をひときわ盛り立てている気がした。

こんなカフェで何も考えずに外を眺めているのもいい。ただ、来週の頭に二つのテストを抱えた私は、また今度ゆっくりしよう、と自分に教え込ませ、帰路につこうと決めた。


オーダーしたカフェ・ラテがカウンターから出てきた。$2とちょっとをキャッシャーに渡し、カウンターの側にある瓶にチップを少し入れた。


カフェ・ラテをつかみ、すっと振り向くと、後ろに並んでいた男性にぶつかりそうになってしまった。

「Oh...sorry, are you alright?」

「Yeah that's fine. Don't worry about it.」

こぼしたラテをカウンターに置かれたナプキンで拭き、男性に謝罪をし、コートの前をぎゅっとつかみ、私は店を出た。



そういえば、前にもこんなことがあった気がする。



カフェ・ラテの香り、外の空気の冷たさ、そして花がつぼみを開き始めたやわらかな風景。


あれはちょうど二年前のこと。



春休みの9日間を利用して、友人3人とロンドンに来た時のこと。あの頃は3月の終わりごろで、ロンドンの町並みは色とりどりの花で埋められ、やわらかな日差しに照らされたレンガの通りが、見るもの全てを穏やかな満たされた気分にさせた。

ロンドン7日目。観光名所と呼ばれるところはほとんど見て回ってしまった私たちは、今日一日を個人行動の日にあてた。

旅行7日目となると、さすがに足首に疲れを感じる。三月の終わりとはいえ、まだまだ寒いロンドン、私は数日前から気になっていたカフェに入ることにした。

「La Passion」という「情熱」を意味した名を持つカフェ。穏やかな内装と音楽は激しさを感じさせないものの、静かに秘めた熱を感じさせた。

私はいつものようにカフェ・ラテを頼み、出来上がるまでの間、軽く店内を見回した。土曜日の午後、静かに本や雑誌をを読む人たち、教科書を広げた学生。コーヒーの香りを片手に、ゆったりと時間が流れるのを楽しむ。私はそんな空間が好きだ。

煎れられたばかりのカフェ・ラテを手に取り、私は外の通りが見えるカウンターに腰を下ろした。カフェ・ラテを両手でぎゅっとつかむ。触れているのは手の平なのに、体の真ん中から温かくなっていくのを感じる。


ふたをしたままのカフェ・ラテ。私は右手でくるくると混ぜるように動かした。これはコーヒーを飲むときの私のクセで、これをせずには全体にミルクが回っていないような気がするのだ。

少し大きく動かしすぎたらしい。ふたの小さな隙間から、カフェ・ラテが少し飛び散ってしまった。意外にもその飛距離は大きく、近くに座っていた男性のマフラーにかかってしまったのだ。

「Oh! I am so sorry...」

「That's ok. If I just wipe it with a little bit of water, it should be fine.」

水でちょこっと拭けば大丈夫さ、と言ってくれた彼は、少年のような微笑をした。アジア系のような、でもどこか違ったような、そんな彼の透き通った茶色い目が印象的だった。

「Are you a visiter?」観光者かい、そう聞く彼に、私は日本人で友達と旅行に来ていて、今は別行動をしていると話した。

日本から来た、ということで、彼は少し興味を抱いたらしい。彼の祖父は日本のイチカワだかイシカワという市で生まれ、ロンドンに移り住んだらしい。彼は早くに父親を亡くし、今はロンドンの小さなコンピューター関連の会社で働いているとか。

旅行というのはとても面白いものだと思う。旅先で、こんな出会いがあるなんで誰が予測できただろうか。彼と話をするのは楽しく、周りの友人とも家族とも違う世代の彼といるのは、なんだかとても心地よかった。

時計は4時を回っていた。4時半にここから少し離れたところの噴水前に、別行動していた友達と待ち合わせをしていたのをすっかり忘れていたのだ。

「I guess I have to go now. It was really nice meeting you.」またね、と言った私を、彼はちょっと待って、と引き止めた。
側にあったナプキンを一枚取り、何かを書き始めた。

「This is my home address. If you don't mind, ah...can you send me a letter or something?」と、彼は私に彼の住所が書かれたナプキンを渡した。その瞬間軽く彼の指に触れ、胸のあたりが少し温かくなったのは、きっとカフェ・ラテのせいじゃない。

きっと手紙を書くわ、そう言って、私は店を出た。いつまでも彼の透き通った茶色い目から視線を動かせなかった。



その後私は大学に戻り、いつもの慌ただしい日々に戻った。二度ほど彼とは手紙を交わし、それからずい分と連絡を取っていない。

今でも彼は、あの通りが見えるカウンターで、冷え切った体を温めているのだろうか。

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