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カネミ油症関連年表
カネミ油症
[ 公衆衛生は綺麗にして健康 ]
2018/11/23(金) 午後 2:25
健康にいいと思っていた食品は、有害物質に汚染されていた
1968年、日本の福岡県・長崎県などを中心とした西日本一帯に、奇妙な健康被害を訴える人が急増しました。
全身のひどい吹き出物、手足の痺れ、大量の目やになど、その症状は様々でした。
原因がカネミ倉庫製の食用油「カネミライスオイル」にあるとわかったのは、約半年後のことです。
実はこの「カネミライスオイル」は、有害なダイオキシン類(PCDFおよびCo-PCB)に汚染されていたのです。
翌年7月までに届け出のあった人数は約1万4000人にものぼりました。
ダイオキシン類を含むカネミライスオイルによってひどい健康被害を出し、現在も多くの人々が苦しみ続けている
――それが、日本最大規模の食品公害事件の1つ、「カネミ油症事件」です。
カネミ油症関連年表
カネミ油症
[ 公序良俗に反するカネカPCB ]
2018/8/4(土) 午後 0:50
宇田和子先生は、カネミ油症政策の評価として、認定・補償制度の特異性と欠陥を指摘する。
カネミ油症の認定制度は、根拠法なき「実施要綱」にとどまっており、また、補償について定めた法制度や協定も存在せず、このような意味で、水俣病や森永ヒ素ミルク事件と比べても、被害者の救済策は貧弱なものになっている。
原因者であるカネミ倉庫は判決で定められた賠償金も資力不足を理由に支払っていないが、その異常状態を行政は是正するような施策を構築していない。
認定制度の問題点は、被害者運動の動機の説明要因として用いられてきた承認論を援用して分析できる。
油症認定基準は不条理であるが、
その認定を受けた者が正当な権利要求を有する主体であることを認める<法的承認>を欠如したものである、という欠陥が明らかになる。
そのことが被害者の権利を奪い、沈黙を強いてきた。
カネミ油症事件の経過 カネミライスオイル製造
カネミ油症
[ 公徳心やコンプライアンス ]
2018/7/29(日) 午後 7:02
カネミ・カネカ油症の影響は、新たな命にも及ぶ。お産があるたびに、看護婦のたき子は診療所近くの母子センターで医師と立ち会っていた。
68年の暮れ、その赤ちゃんを見た時、悲鳴を必死でこらえた。皮膚はコーヒーを塗ったように黒ずみ、弾力がない。産声も、か細い。覚えているだけで、同様の赤ちゃんは12、13人が生まれた。
2、3年すると、診療所には大腸がんや胃がんなどのがん患者が増えた。痛みに苦しみ、亡くなっていく患者をみとる一方、たき子も初期の子宮がんを発症。73年に摘出手術を受けた。夫や子も内臓や目の疾患に悩まされ続けた。
今も夜中に目が覚めると、診療所で夜聞いた患者のうめき声が耳の中で響く。幼い頃から知っている青年が症状に耐えられず、命を絶ったこともあった。思い出すと涙が出る。
「油症で人生を壊された人がいる。夢を持って生活していたのに突然絶たれた。その悲惨さを風化させてはいけない」。当時の看護婦のたき子の思いだ。
カネミ油症関連年表
カネミ油症
[ 悪徳企業と保身公務員の被害防止 ]
2018/7/8(日) 午前 7:32
大木曽水路 高砂 PCB で検索
カネミ油症
[ 公益通報と消費者保護 ]
2018/2/4(日) 午前 8:59
[ 安全は大切ですね ]
2018/1/24(水) 午前 4:35
[ 公衆衛生の義務 ]
2018/1/20(土) 午後 7:46
カネカ(鐘淵化学工業)は、万一、それが漏出して製造過程でライスオイルに混入して食品として出荷されたならば、人体にどのような危害を与えるのかにつき、十分に調査・研究を尽くし、その調査・研究の結果に基づき、Xに対し、カネクロール400の使用にあたっての危険性の警告及び情報の提供をなすべきであった。
ところが、前記のとおり、Yは、PCBの危険性につき、事前に十分に調査・研究し、Xに対して必要な警告を尽くしたとはいい難い。
Xがカネクロール400を出荷した行為は、食品製造業者として著しい過失が認められるが、そこにはカネクロール400の危険性に対する認識不足も起因していたものと認められる。
仮に、カネカからXに対し、カネクロール400の人体への有害性に対する十分な警告と情報の提供がなされていれば、Xのカネクロール400の危険性に対する認識が変わっていた可能性、ひいては、Xによるカネクロール400が混入したライスオイルの出荷が防げた可能性は否定し難い。したがって、カネカには上記の警告並びに情報提供をする義務を怠った過失による人権侵害性が認められるというべきである。
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カネミ油症
[ カネカのPCBによるカネミ油症 ]
2018/1/17(水) 午前 5:25
カネミ油症被害者の未認定問題
油症被害の届出は、1969年7月1日現在で1万4320人である。これ以降公式の届出数は公表されていない。これに対し、認定された油症被害者は申立時現在1867人で認定者の割合は13パーセントである。この「認定」率は食中毒事件としては極めて異常である。
カネミ油症事件は、食中毒事件であるにもかかわらず、最終的な報告文書はどこにも存在しない。この異常に低い「認定率」は、初期の「皮膚症状」に偏った「診断基準」による患者切り捨て以外の何ものでもない。食品衛生法の規定とおよそかけ離れた検診・認定制度によるものである。
通常の食中毒事件においては、医師の届出・保健所による調査により「認定」されるが、カネミ油症事件では、法にない「認定制度」により、多数の未「認定中毒患者」が生み出された。
また、カネミ油症被害に対する「恒久対策」がないことから、「苦労」して「認定」してもらっても実りは少なく、このことが被害者を検診に消極的にさせている。
閲覧注意 カネミ油症事件、ダイオキシン被害者の症状画像集
高砂PCBダイオキシン盛立地
[ 法律違反を考える98 ]
2018/1/11(木) 午前 4:31
カネミ油症関連年表
カネミ油症
[ 生活や子育てを守れる労働条件を ]
2017/12/7(木) 午前 7:22
国は原告計八百二十九人に対し、一人平均約三百万円の仮払金を支払った。
だが、八六年五月の第二陣二審では、国やカネカの責任が否定される。判決は国の責任について「ダーク油事件にかかわった農林省の公務員には食品衛生担当官庁にライスオイルの危険性を通報すべき職務上の義務はない」とした。これで裁判の流れが変わったとされる。
上告審を控える第一陣の原告らは、逆転敗訴が濃厚となる中、国は和解せず、原告側は追い詰められる。
このため、返還請求を難しくするなどの狙いから、国への訴えを起こしていない状態に戻す「訴訟取り下げ」を申し立て、八七年六月に国が同意。
そして、返還免除の政治解決も公的救済もないまま、社会の関心は薄れていった。患者たちは失望感と油症の苦しみを抱え、医療費や生活費などに仮払金を使った。
当時、四人家族だった五島市奈留町の七十代の女性は、家族全員が重い油症となり、誰も働けず収入はゼロに。生活は借金で賄ったという。
仮払金の請求時効が間近となった九六年、債権管理法に基づき、国は督促状を送付し、翌年、返還の調停を申し立てた。





