ドームハウス日記

ドーム・ハウスでスロー・ライフを楽しむ!

「夢見る力」

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今日は1日雨。静かにやまねこドームで過ごしております。

先程、おおえまさのり著「夢見る力」を読み終わりました。おおえさんは主人のやまねこの師匠の1人

で、彼が、若き学生時代に大変お世話になった方です。

「夢見る力」とは?私は「夢の立ち現れ」の時をやまねこと一緒に過ごしてきました。

この本に語られていることが、良くわかるのです。

すべての人に「夢見る力」は宿っている。原点回帰の思いから、やまねこの言葉を振り返ってみました。

2014.9.19 「ドームハウスと5年間」 

はい、どっと・ちゅーにんぐ(=^o^=)やまねこ庵でございます。

秋の風が心地よくなりましたね。ドームハウスの庭ではコスモスが咲き、川岸には彼岸花の

季節です。古いパソコンを整理していたら、懐かしい画像を発見。壊れたパソコンから拾って

きました。五年前の写真です。

当時、やまねこは1DKの部屋で紙の模型を一生懸命作っていました。2009年の秋のこと。

「ドームハウスを作ろう。そしてそこに住んでドームハウスの仕事をしよう。」と思っていた

のです。ボール紙の模型を作って、周囲のみんなにみてもらいました。「それは素敵だね。」

とは言ってくれましたが、多くの知人はお追従で言ってくれただけなのでした。

中には嘲笑った友人も居ました。それでもわたしは夢見続けました。

きっとドームハウスが完成するに違いないと思ったのです。

そんな時、夢の里に出会いました。紙の模型を見せたら、夢の里のY社長は、何気なく

「これは面白いね。ここに建てたらいいよ。」と言ってくれました。そうこうするうちに

大工さんに出会いました。

「僕もドーム構造の研究はして来たけど住宅はやったことないんだ。やってみたいね。」と

言いました。大工さんが紹介してくれたのが、コッシーさん。すぐに間取り図を作ってくれました。

やまねこは毎日、地面に実物大で間取り図を描きました。そして夢の里で鶴嘴と一輪車を用意して

地面を掘り始めました。固い岩盤が露出した大地は一孱隠哀札鵐膳,襪里飽貉間はかかります。

それでも予定地に捨てコンの溝を掘り続けました。

すると夢の里のY社長がユンボに乗ってやってきて、「こっちの方が早く掘れるよ。」と一緒に

作業にかかりました。T専務も一緒に作業しました。そしてtomokoさん、大工さん、コッシーさん、

tomokoさんの家族と共に建前。完成までの作業は大工さんとともにコッシーさん、友人も手伝って

くれました。そして夏のある日にようやく完成。みんなで手分けして完成内見会をしました。

ドームハウス愛媛の始まりです。あれから五年が経ちます。

ふとふりかえってみて、「夢は確かに叶うんだ」と思いました。

五年前に紙の模型だったドームハウスは、現在のライフ・デザイン研究所になっています。

現在八棟目のドームハウスをプランニング中です。

生命的時間の輪・・・エーテル的時間の流れの更新は、五年サイクルだということらしい。

五年を大きな節目として新たな生命的時間の輪が回り始めました。

それは、時間の渦であり、スパイラルに周回軌道を進んでいるようなのです。

まもなく、新しい時代の津波が始まります。


「夢見る力」2015.3.19

ドームハウスの仕事にとりかかった頃の愛読書です。この本のおかげでドームハウスが完成した

と言っても過言ではありません。

わたしたちはわたしたち自身が思う以上に、夢見に大きく影響されて生活している。

わたしたちはドリーミングして、そうなりたい、そうしたいと意志して、そうなってゆく。

夢見を世界に形として現し出してゆく。夢見に世界の種子があるのである。

この夢見は陶然とした、意識と無意識のあいまいな境界から立ち現れてくる。その無意識は、

個人的な領域のみならず、集合的な、あるいは宇宙的、また宗教的と表現されるような領域にも

広がりを見せるとても広大無辺な広がりを持ったものである。

ところが、現代のわたしたちは、夢見を押し殺したまま生活している。

夢見ることを捨て去って、物理的な物の方にのみ価値を見ようとする。もはやものの象徴である

金がなければ生活ができないという現実がある。これはしごく当然のことと思われるが、

生きるということが、金に還元されるしかないというのは、生命にとって、何とも奇妙な文化で

ある。世界には生命にとってのすべての恵みがあったはずである。夢見る生命の種子から、

生きるべき大地、水、食べ物、息する風、光、闇、愛、苦悩。それらすべてが満たされてあった

からこそ、生命は夢見を育んで来ることができた。それらは生命のすべてに対して、等しく

与えられてきた。それらは誰のものでもなかった。そしてそれらが売り買いされることもなかった

はずである。こうした生命というところから、現代の社会を見てみると、現代社会は、

生命に反するところに文明を形作っていると思われてくる。

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