心地よさと脳
無念無想ならぬ有念有想の座禅をしてきました。
禅は、座ってやる座禅にしろ、歩行禅、食事禅ほか、どんなものであれ、「いま、ここ」に意識を向けるため、注意を身体の特定部分、身体の動作、その代表例として呼吸に向ける。移ろいゆく想念にこころがながされないためである。
しかし、その想念が、自然に湧いてくるものではなく、愛に満ちた、自ら念じる想念であれば、どうなのだろう。それに注意を向けることも、身体や呼吸に注意を向けることと違わない、あるいは、ある面ではもっと拡がりがあるかも知れない。今日は、それを実践してみたので、紹介します。なかなかいいです。
●日頃、生活をともにする周り人の心身が、幸福感で満たされるのイメージで念じる
まわりの人を大切にしなくてはと思っても、人はつい頭で考えてしまう生き物なので、気や念が周りに出にくい。
大切な人を思い浮かべ、呼吸を吸った後
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