うたかたばなし ―雄峯閣別棟―

ブログ復興。ぼちぼちやっていきます。

装飾彫刻と図像学

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麟吐玉書の図

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先日紹介したこの彫刻が何者か?ということで、「麟吐玉書」とか、「孔子懐妊」とか情報が得られました。
そこで、何かないかと探しましたら

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こういうものが(加地伸行「孔子画伝」14〜15ページ)。ドンピシャです。
孔子というと「獲麟」しか思い浮かばす、どうなのかと思っていましたが、このようなものがあると動かぬ証拠になります。

これからも、絵手本などは見逃せません。

文覚上人荒行の図

高尾山薬王院大本堂の彫刻で一番の見どころといいたいのですが、
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見てのとおり、物置場所と化しています(横が勝手口のようなので、仕方ないでしょうか)。
滝があり、上の方に二人、滝つぼに一人、滝つぼ左手にも一人。類似した彫刻を見たことがあります。

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東京都大田区御嶽神社の彫刻です。天保2(1831)年の建立。
滝の上に二人、滝つぼに一人、滝つぼの人物は岩を抱えている。滝の上の人物は蓮の花を持つのと、棒を持つのと。ここからすぐ答えが出てくるのは、滝の上の人物は不動明王の眷属である矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制多迦童子(せいたかどうじ)。

滝に打たれるのは文覚です。鎌倉時代の僧で、平家物語に出てきます。

(文覚が21日の滝行を試みて)三日といふに、文覚つひにはかなくなりにけり。滝つぼをけがさじとや、みづらゆうたる天童二人、滝のうへよりおりくだり、文覚が頂上より、手足のつまさき、たなうらにいたるまで、よにあたたかにかうばしき御手をもッて、なでくだし給ふとおぼえければ、夢の心ちしていき出でぬ。「抑いかなる人にてましませば、かうはあはれみ給ふらん。」ととひたてまつる。「われはこれ大聖不動明王の御使に、矜羯羅・制多迦といふ二童子なり。「文覚無上の願をおこして、勇猛の行をくはたつ。ゆいてちからをあはすべし」と、明王の勅によッて来れる也」とこたへ給ふ。

実は文覚荒行の彫刻を見たのは2件目で、関西方面では見たことがありません。関東ならではなのか。

牛乗り童子の解釈

今年1回目の更新は、久々、ホームページの話です。
あまりにもマニアックなホームページですが、時折質問やご意見が来ます。
今回は牛乗り童子http://www.syo-kazari.net/sosyoku/jinbutsu/ushinori/ushinori1.html
にご意見が寄せられました。

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これは大阪天満宮で拝見したのですが、何者かわからなかったので、牛乗り童子として
そのまま放置していました。そんな中ご意見が来まして、十牛図をモチーフにしているのでは?
ということでした。

十牛図はその名の通り牛が出てきますが、主に禅のモチーフなので、神社にありか?という理由で
見ていませんでした。改めてみてみると横笛を吹き、牛に乗った人物がいる図があります。
「騎牛帰家」という図で、一般的には真の自分と一体化した姿、とされています。

この御意見を受けて思い出したことがありました。そういえば牛に乗った人物がいたと。

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『絵で見る江戸時代』という本があり(たぶん絶版です)、これは「頭書増補訓蒙図彙大成」
(寛政元【1789】年)から図などを紹介した本ですが、これに牛に乗った童子が出ていたのです。

注を見ると、「牧童寒笛倚牛吹」という漢詩とともに、「世の中が静かな姿」とあります。
この漢詩を調べると、晩唐の詩人杜荀鶴のもので、なおかつ平安時代につくられた『和漢朗詠集』
にも収録されています。

結論として、どちらがとはいえませんが、私は『和漢朗詠集』かな?と思います。
何せ装飾彫刻の類例がこれだけで、絵画とかを見ればあるような気がしますが、
それらが出てくると、もっと確実なことがいえる気がします。

ご意見下さった方、ありがとうございます。

名古屋城本丸御殿にて

  名古屋城へ行ってきました。本丸御殿の一部復元が完了し、公開しています。
  装飾彫刻ではありませんが、障壁画を見るのもいい勉強。
  動物などの判定をする時に、非常に役立ちます。

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尾張名古屋は城でもつ。この日は真っ青な空。金の鯱を頂く天守がまさに象徴ですが、
その手前にあったのが本丸御殿。残念ながら戦災消失しましたが、写真や実測図、そして
取り外されていた障壁画が残っており、今回の復元となりました。

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まず通されるのが玄関。通称虎の間と呼ばれます。なぜか御殿や寺院では玄関に虎の
障壁画を飾ります。名古屋城も例外ではありません。威圧するためでしょうか。


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珍しい障壁画。ジャコウネコです。彫刻では見た覚えがありません。姿を見ればすぐわかりますが、
ネコでもなく、虎でもない容貌。

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表書院でも最も格式の高い一の間。奥は上段の間になっており、折上小組格天井、手前は小組
格天井とし、格式の差を見せています。障壁画は雉。

実は名古屋城本丸御殿はこれだけではありません。まだ復元継続中。平成30年までかかるらしい。
特に期待しているのは上洛殿の欄間彫刻。
二条城も修理、唐門公開などがあるだけに、寺社仏閣だけではなく、城からも目が離せません。
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いつぞやか紹介した埼玉県熊谷市妻沼聖天山の彫刻。
これは恵比寿さんと大黒さん・布袋和尚が囲碁をやっているところ。

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これは弁財天と吉祥天・その主人である毘沙門天が双六(バックギャモン)
をやっているところ。あまりにもめでたい彫刻、ということでおわらせて
いたのですが、面白い絵が出てきました。

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正徳4(1716)年に出版された『絵本故事談』の挿絵。七福神の項にありました。
そのまま、とは言えませんが、そっくりな構図。福禄寿は別面に彫刻されているのを
除けば、こういう絵の描き方があったといっても過言ではありません。
ちなみに絵は大坂の狩野派の絵師、橘守国。

私は図像判定に困ると粉本や出版物、話をもとに判定するのですが、
まさかここまでドンピシャなものが存在するとは…。

ちなみに朗報。平凡社よりこの聖天堂の写真集が8月中に出るそうです。
彫刻好きの方は是非。

※『絵本故事談』は『江戸怪異綺想文学大系3 和製類書集』として読むことができます。
挿絵はそれから拝借しました。

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