いよいよ東照宮に突入です。この日をどれだけ待ったことか・・・。 まず登場するのは五重塔。神社に五重塔?と思われるかも知れませんが、 江戸時代までは神仏混交。ましてや天海プロデュース。なんでもありです。 この五重塔は文政元(1818)年の再建。もともとあった五重塔は火事で焼失。 ご覧の通り、彩色豊かな塔です。 この塔には十二支が装飾されています。ところが石の柵がされており、よく見えぬ。 ちなみに写真は虎。 よくある姿、波に兎の文様。江戸時代も後期になると、素木(彩色なし)の彫刻が多くなるのですが、 ここは別。ただ、残念ながら東照宮の彫刻の中ではあまり面白くない。 装飾彫刻で十二支が用いられている現存最古の例は大阪勝鬘院(しょうまんいん)の多宝塔。 以降、何かと十二支は用いられています。 五重塔から仁王門へと足は進みます。
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栃木県の装飾彫刻
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二荒山神社を後にして、東照宮へと思ったのですが、その前に輪王寺慈眼堂へ。 地図を見てそこまでいこうとすると、「関係者以外立ち入り禁止」の看板。 横を見ると「参詣の方は大猷院事務所まで」と。参拝料を払い、向かいます。 こんな坂を延々と上ります。今日は晴れててよかった。雨なら確実にすべる。 ここは輪王寺でも格別の聖域。慈眼大師天海が眠っている場所。 慈眼大師天海は徳川家康・秀忠・家光の三代に仕えた僧。その前半生は謎。 江戸の都市計画・徳川家康の神格化、日光の再興、さまざまなプロデュースをしたといわれます。 その天海が眠るのがここ。 彩色もまだ鮮やかな堂。人は誰もいません。日光の中でもここまで人がいないところは ないでしょう。いるのは私だけ。贅沢といえば贅沢。 この建物の裏にあるのが天海の墓。五輪塔の周りには墓を守るかのように石像が立っています。 ここを後にして、いよいよ東照宮へ・・・。
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徳川家光の墓所、大猷院を後にして、二荒山神社に向かいます。 二荒山(ふたらさん)と読みますが、「にこう」とも読める。ここから日光となったらしい。 拝殿を見るからに、やけに地味ですが・・・。 拝殿で昇殿し、まずはお参り。彫刻や装飾が一切ない。日光の建築では極めて異質な感じ。 せっかく来たのだから、神苑に入り、本殿を見てみると・・・。 いました。しかも鶏に太鼓です。いわゆる「閑古鳥」です。ただ、もとは「諫鼓鶏」でして、 悪い意味ではない。 昔、中国に尭(ぎょう)という王がいました。もし、王に言いたいこと(諫言)があれば、太鼓を叩く ように、として太鼓を設置しました。ところが尭の政治は悪いところがなく、誰も太鼓を叩く者が いませんでした。そのうち鶏が住み着き、巣まで作る有様。つまり、この彫刻は善政の様子を 示すのです。 本音を言えば本殿一周ぐるっと拝見したかったのですが、残念ながら左側面だけしかみえず。 ちなみに本殿は元和5(1619)年、徳川秀忠によるもの。東照宮の源流が垣間見えるの かも? 二荒山神社を後にして、東照宮へといいたいのですが、ちょっと寄り道。
日光のプロデューサーのお墓に行きます。 |
いよいよ大猷院で最も大事にされているのが徳川家光の墓所、奥院です。 いつぞやか一般公開がされましたが、今はここ、皇嘉門まで。 この奥に家光が葬られている宝塔があります。 この門にたどり着くまで、周囲は透塀で囲まれています。結構な数があるのですが、彫刻は全て 鳩。とにかく鳩。別名「鳩尽くしの透塀呼ばれています。 なぜ鳩なのか?平和という意味があるのか? 皇嘉門というと宮中十二門のひとつ。東照宮の陽明門も宮中十二門の一つ。それぞれ名を賜っているのです。ちなみに大猷院という家光の院号も朝廷から賜ったもの。 家光は死後も祖父である徳川家康の身近にいたかった。そこで家康が葬られている日光に葬られる ことになりました。「万事東照宮より控えめに」その言葉どおり、東照宮よりは控えめ、しかし 「生まれながらの将軍」の廟がこの地に築かれたのです。 さて、大猷院をあとにして二荒山神社へ。
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いよいよ大猷院霊廟の本殿へ。建物は拝殿・相の間・本殿の三棟が連なる権現造り。 金が主に使われているので「金閣殿」と呼ばれています。 さて、装飾彫刻は・・・。 まずは鳳凰を御紹介。こんな隙間にいたりします。関西ではありえないパターン。 関東は隙間という隙間を埋める傾向にあります。 唐門には鶴と龍。しかもこの龍、只者ではない。白龍です。白く塗ることに意味があるのか 気になるところ。 こんな鳥もいます。推定ですが鸞(らん)と思われます。別名「忘れられた瑞鳥」。 見分けもつきにくく、厄介。 この建物は徳川家光の「参り墓」といっていいでしょう。葬られた墓「埋み墓」にはここの 関係者でも滅多に入れない霊域。普段はこの建物でお参りするのです。 東照宮もそう。徳川家康が葬られている奥宮が「埋み墓」、東照宮の社殿が「参り墓」。 探すと結構あります。 大猷院の最後は徳川家光が葬られている場所へ、といいたいのですが非公開。
その手前の門へ行きます。 |



