|
久々の記事は東北紀行。 つっても走ってボランティアにちょこっと参加しただけなんで紀行なんてモノにはなりません(苦笑) 10月5日(金) 2:30に起きて3:00頃出発。走り慣れた道を淡々とこなす(笑) 稲敷から圏央道に乗っかって常磐道。 そのまま、いわきまで北上して磐越道。 郡山ジャンクションで東北道ってのがそのルート。 今回は宮古を目指して盛岡南まで行って一般道を東へ・・・ 東北道は仙台辺りから徐々に内陸に移って行くので横持ちが長くなります(苦笑) その間、菅生PAで給油。やっぱターボ2はガス食いますな。 2倍までは行かないまでも1.5倍くらい食ってるんじゃなかろうか。長距離にはキツイ(笑) 国道106号で宮古に抜けたらチョット北上して田老の街まで。 田老第一中学校にヒマワリを見に。 去年の咲き方から考えると来年は難しいのかな・・・。 でも、川を挟んで向かいのお宅に咲いたヒマワリ発見! 種の色を確認。・・・黒い!プール脇のヒマワリの種と同じ? プール脇のヒマワリの種を集めて、蒔いてくれたのならこんなに嬉しいコトはありません。 校庭西側の花壇にも黒い種のヒマワリ。こっちは大きかったナァ(画像無し) 学校前のガソリンスタンドでガス追加。25L程度ですケド(汗) 街が無い中でのスタンド営業は大変だと思います。 学校回りをマラソンしてる中学生ってのは良く見る光景ですが・・・ 走っているのは家の建っていない道です。 いろんな事を想いながら遠野へ走りだしますがチョット行ったトコに崎山って地区がありまして 今年の7月、仮設住宅の管理ってボランティアをさせてもらった崎山の仮設住宅に寄ってみます。 千葉の落花生持ってごあいさつ。昼過ぎだったのでばぁちゃん達は居ませんでしたが 子供たちがいたんで一緒に食べてきました(笑) 今はボランティアは来ておらず、社会福祉協議会の方がいらっしゃいましたね。 宮古の社会福祉協議会、今は基本的にボランティアを募集されていません。 『可能な限り地元の力で』という立場なんだと思います。 地元の方が県外の方と直接話せる機会も減ってきます。 『大丈夫。忘れてないよ。』と直接顔を合わせて伝えるコトは必要な気がします。 『またピーナツ持ってきてね!』と子供たちに頼まれながら先に(笑) 遠野に着いて『ひつこそば』ってのを頂いた。蕎麦より鮎の甘露煮の方が美味しかった(爆) 今日は遠野まごころネットってトコでお世話になります。 震災後、早い時期から立ち上がっていたのは知ってましたがお世話になる機会がありませんでした。 1年半が経過する中、個人のボランティアを募集されている団体は少なくなってきています。 検索すると出てくるのは、○○発ボランティアツアーってのが多くて ボランティアに初めて参加してみようと言う人がツアー以外の形態を探すのは以前にも増して難しい感じ。 ツアーボランティアを否定する気も無いですし、どんなモンか一度参加してみたいとも思うんですケドネ。 そんな中、遠野まごころネットは数少ない団体の一つでしょう。宿泊無料の施設も併設されてマス。寝袋持参。 富士山の山小屋よりは快適です(笑)いろんな人と話ができるってのはハビタットジャパンと同じで、この辺は面白いと思います。 10月6日(土) で、今回ボランティア何するのかなって思ってたら『デコトラチャリティー撮影会』の会場設営のお手伝いとか・・・ 集まった募金箱とイベントの売り上げの一部を、基金に寄付するってイベントなんで復興支援イベントのお手伝いって解釈だそーデス。 解りやすい『泥掻き、瓦礫撤去』ってニーズが減り、各福祉協議会が募集を縮小する中 どのように関わっていくか、もう一度考える時期ではありますが・・・『終わった』なんてコトはありません。 事実、遠野まごころネットにはこの日も数百人単位のボランティアさんが集まっていて全ての方にニーズがありました。 朝チョコっと時間があったので遠野まごころネットの拠点付近を散歩してると、いい感じの木が並んでいました(笑) 『建具屋さんですか?』と尋ねると『寺や神社を造ってるんだよ。』と! 『ココで刻んでるですか?』なんて話しこんでると『上でやってっがら見てぐが?』『ハイー!!』 こんな感じ。 鑿(ノミ) まだまだ鑿(ノミ) 鉋(カンナ) もはや大工じゃないね(爆) 貴重な宮大工さんの仕事場でした。 その日は石巻まで移動してラブホで一泊。広くて快適!(笑) 10月7日(日) 今日も以前お世話になった仮設住宅に顔を出してみる。七ヶ浜の仮設住宅だ。 10時前になると管理人さんが来て鍵を開ける。 駐車場に停まったターボ2みて『改造車じゃないの???』解りやすい車は会話が弾む(爆) そうこうしてるウチに見覚えあるばぁちゃん達がやってくる。 もちろん向こうは覚えてない。『1年くらい前にボランティアで来てさぁ』って話すと 『1年も来なかっただがぁ?』顔ぶれも変わらず楽しいばぁちゃんばかり(安心)ココにも落花生(笑) でも話の内容が・・・『○○さんは△△の仮設が当たって良がったな』とか・・・ 自分 『??引っ越しの話し?』 ばぁちゃん『あぁ高台移転が決まってな、ココ潰して家建てんのよ。だからココに住んでるアタシらは他の仮設に引っ越すの』 そっかぁ・・・ココ無くなっちゃうんだ・・・嬉しいコトへの一歩のはずなのんだケドなにか寂しい。 自分がそんなコト言ってちゃイケマセン。この人達はもっともっとだろう。 しかしこの慣れない高台にばぁちゃんの家建てて・・・しっかりしたコミュニティーの確立が必須ですナ。 開発が平成25年3月以降って言うから完成は年内間に合うのかね。急げ急げ。 コレは仮設住宅付近にあるサッカーグラウンド。唖然。 今日は子供たち見当たりませんが、今年の7月にココの前を通った時はココで子供たちがサッカーしてました。 向こうに見える山を見て何を想うのでしょうか。 『ゴミの山の下で子供たちがサッカーを?』なんて話しじゃありません。 アレは・・・あの山は・・・彼等のかつての生活そのものです。 子供との対比ですごく象徴的な光景ですが、海沿いに住んでいた大人たちだって同じ想いでしょう。 『瓦礫処理が進まない』ってこう言うコトです。 13:30頃七ヶ浜を出て40〜50分離れたトコに住んでる知人宅に落花生(笑) R5GTTに乗ってる彼の家に行ってみたら2CVで二人のこゆいお客さんが来訪中。自分入れて4人の変わった人たち(苦笑)(画像無断拝借事後報告) 少々談話して近くに変な洋食屋さんがあると言うので遅めの昼食。 グリーンハウスさん煮込みハンバーグ、デミソが美味しゅうございました。 今はDSを手放されてロータスヨーロッパとポルシェ911、プジョー106だそーで・・・こゆい(苦笑) 10月8日(月) 目が覚めて、眠い目を擦りながら何時に出たか覚えてませんが・・・11時過ぎには千葉の自宅に到着。 今回は1,500kmチョイ走りましたかね。燃費も意外と11km/L近くだったんで クリオ比1.5倍弱で収まりました(笑) ボランティア募集して無かろうと、自分がするコトが無い訳じゃありません。
『募集してないんだからもう大丈夫なんだろ?』ってんでも無いですから。 現地は『まだまだ』なんですわ。 |
ボランティア
[ リスト | 詳細 ]
|
13日(金) 朝2時に起きて出発。東北方面も慣れたモンでいつものルートを北へとひた走る。 成田の市街を抜ける頃は本降りの雨。一時、この連休の天気どーなる事かと不安になるも、結局激しく降られたのはこの時だけだったネ。 稲敷から高速に乗って筑波で常磐道に合流。いわきで磐越道に乗っかって郡山で東北道。 渋滞も無くって気持ちよく、途中AKBusを追い越しながら八戸まで(爆) 1年ぶりに八戸の葦毛崎展望台へ行ってみました。 東北もすでに夏が近いので緑に覆われて、以前の雰囲気と大分違います。 ここから去年の5月に来た時のコトを思い出しながら南下します。 途中の看板に『いちご煮祭り』を見つけ・・・『いちご煮、いちご煮・・・なんだっけぇ?聞いた事あったよナァ。。。』と思いながらさらに南下(笑) 九戸の洋野町辺りの道路や八戸線、八戸線の陸中八木駅なんか見ると復旧が進んでいるコトが実感できます。 久慈の辺りはウチの方に近いくらいだろーか。幹線道路を流して走ってると日常の風景が過ぎる。 そのまま45号線をメインに田老まで。田老第一中学校。校内には子供たちの声が聞こえてました。 田老の街は今後どうしてゆくのだろう。行政が方向性を示せないままなのか街の景色は変わらないまま。 緑が覆うので錯覚してしまうけど、広がっているのはかつて賑わったはずの街。 13日は宮古駅近くのビジネスホテルで一泊。5時過ぎに着いて駅前をフラフラしながら夕飯食べる場所を見付けて、頼んだのは海鮮丼。まぁ魚の美味しそうな地域に行くとまずコレですな(苦笑)んで、お味は・・・・残念(泣)そんなコトは多いです。アタシ九十九里の人間ですから、外で魚食べて美味しいなんてのは少ないっちゃぁ少ない。観光案内のおネェさんお勧めの店にしときゃ良かったのか(笑) 14日(土) この日はボランティア。宮古市災害ボランティアセンターさんでお手伝いさせて頂く。 内容は以前にもさせて頂いたコトがある『仮設住宅の集会所に居る』ってモノ。 崎山って地域の仮設住宅に行ってきました。自分の他に1人、写真洗浄をやられてる方と同行します。これまた以前に経験させて頂いたコトがありましたが、仮設住宅を訪問して行ってられるんですネェ。 着くとすでに集会所には4人くらいばぁちゃんが居ました。写真洗浄の依頼はこの日はありませんでした。 仮設住宅では場所も無いので持てるモノも少ないのが現状。流されずに残ったモノすら選別せざるを得なかったのが現状デス。 「これは処分してね。『見付かった』と言って私の所に戻ってくることが無いようにね。」と、言って風呂敷に包んでボランティアさんに処分を依頼したと、ばぁちゃんは話してくれました。 また、あるばぁちゃんは「ボランティアさんが来てくれない日もあるのよ。そうするとね『忘れられちゃったのかな』なんて思っちゃうのね。」と・・・ただ『居る』ってだけの内容だけど、必要のようです。 とにかくばぁちゃん達はよく話します。その声は『ここに居るんですよ!』と、訴えているようにも聞こえます。 一方で写真洗浄をしていたボランティアさんは『少しづつ県外からのボランティアは減っていかないと・・・。』と言う意見を持っているようでした。それは前回、気仙沼の蔵内から帰ってから自分に芽生えた想いとリンクしていました。 自分たちが蔵内の漁港を片付けてるその脇で、女性のボランティアさん達はワカメの芯抜きと言う作業をされていました。『それって復興支援ボランティアって言うより彼らの仕事じゃないの?』 実際その時のボランティアの話しをして、そう聞かれた事が何度かありました。1年前と違って、参加できるボランティアも探し難くなってもいます。(ツアーでのボランティア募集は増えてるようですが) そんな中、探し出してまでボランティアに行く必要って? いろんな人がいろんなコトを考えています そんなこと想いながらボランティアを終えて、その日のうちに松島マデ移動。 山田町、大槌町、釜石市、大船渡市、陸前高田市、気仙沼市、南三陸町。 5月よりだいぶ瓦礫処理の進むスピードは上がっているように感じられましたが・・・実際はどーなんでしょ。 とは言え、街として機能するにはまだまだ。瓦礫の山のふもとで子供たちがサッカーの大会をやってました。 松島に入って宿泊先を探すも松島から多賀城のビジネスホテルからラブホまで満室(爆)塩釜で15日に花火大会があるからなのか、松島辺りはこんなモンなのか・・・多賀城のコンビニ裏で久々に車中泊。 15日(日) 松島観光しようと思ってたんだけど、天気も曇りがち。晴れてりゃ遊覧船にでも乗ってみたかったんだけどナァ。 そのうちまたくるから晴れてるとき乗ればいいや! 松島は活気も戻って観光客もいっぱい。 5〜6km東に走ると野蒜地区。爪あとがハッキリ残るものの、その中で戻ってきてる方もチラホラ。住宅の新築は出来ないけど補修は可能って地域があるらしいんだけどその辺だったんだろうか。 ナビにだまされて何故か宮古島って島に入り込み・・・見付けたのが ぇ?やってんの?ココで? 入ってみると来客はアタシ一人・・・だよネェ・・・ココは・・・観光に来るには道中の景色がネ、松島観光の賑わいとはかけ離れすぎ。 展示内容は縄文時代の生活道具が主で15分くらいの映画も上映してました。『○○分から映画上映しますんでよろしかったら・・・』観客はアタシだけ。 観光らしい観光はそのくらいで、あとは西へ東へ松島中心にウロウロと(笑) 久々の車中泊で寝不足気味。多賀城の銭湯みたいな温泉でお湯に浸かって仮眠・・・しようかと思ったのに休憩所はカラオケで大盛り上がり(笑)その中でも寝ましたけどネ(爆睡) 16日は多賀城でボランティア予定なんだけど、今回のボランティアは珍しく前のりなんデス。 15日の夜にボランティア団体が借りてる一戸建ての住宅に入って一泊。翌日ボランティア活動するのデス。チョット面白そうなんでお世話になって見ました。 夜8時頃に多賀城駅近くの現地に到着。残念ながら一般募集で集まったボランティアさんは自分だけ。明日は連休最終日なので、たいていの人は帰宅に充ててしまうのですね。 ボランティア団体のメンバーは男性2人女性3人。簡単なオリエンテーションをしてもらって食事。 自分は済ませちゃってたんだけど、食卓囲みたかったんでチョット頂いた。中華丼。 男性1人女性1人は外国の方。女性は英語オンリー。皆さん流暢な英語を駆使してコミュニケーション。自分は単語を拾いながらナントカ・・・ナッテナイ(爆) 16日(月) 午前中は名取市の小塚原地区で畑の草むしり。これだって『仕事じゃないの?』って話しのウチなんだけど、正直無理ですわ。 田畑だった地域一面に雑草が生い茂る。数年したら草原になりそうな勢い。一旦そうなった土地を農地として再生出来るのか、そんなことは知らないが、ココを再生したいと願う人達が居る。、その人達が必要としてくれるなら、行こうと思う。直後の混乱が過ぎ行政も落ち着いてくると、超法規的な行動も出来なくなりボランティアが行えるコトも縛りがきつくなってくる。声が聞こえ難くなって来たからと聞く事を終えるのではなく、耳を澄ませてその声を探そうと思う。 そんなこんなで暑さでグッタリ・・・で昼食は『閖上さいかい市場』に移動して・・・海鮮丼(爆)ここでは美味しく頂きました! ウニってそんなに好きじゃないんだけど・・・ココのは美味しかったぁ! 午後は拠点に帰ってイベントの小物作りのお手伝い。 ソコの団体が野蒜の亀岡公民館ってトコを修繕したらしく、22日だかが引渡しなんだと。んで引渡しのセレモニーに使う簡単な小道具、スポーツの大会で車が景品の時に渡される大きな鍵を作りたいんだとか・・・。つってもスチレンボードに色塗る程度です(笑)サクっと作って終了。 ココでの活動ではボランティア団体の方と一泊しながらお話し聞かせていただけたのが大きかったナァ。本当は他の一般ボランティアの方の話しも聞きたかったケド。 夕方6時過ぎには出発して11時前には帰ってたヨーナ気がします。このルートは郡山さえ混まなければ空いてますんで(笑) 作業の内容もさることながら、ばぁちゃんの話しやボランティアさん達との話しが大きかった今回のボランティアでした。書き足りないことは多々有りますが、この辺で・・・(笑)
|
|
さて、GW後半は東北方面。 ドライブがてら2日ばかりボランティアに参加させて頂いてきました。 今回も行って思ったのですが、なんせコトは長丁場。 アタシにはこのくらいのスタンスで付き合っていくのが丁度よいかと思うわけデス。 5月3日(木) 先ずは宮古を目指します。朝2時30分頃千葉を出てひたすら北上することになります。 ん〜・・・深夜に雨の高速『チョット疲れるかなぁ』なんて心配しながら出発ですわ。 成田を通過して稲敷から高速道路へ。 つくばICで常磐道に合流していわき方面。 チョット太めのタイヤを履かせてるせいかな、やっぱチョット神経使うわ(苦笑) いわきJCTから磐越自動車道で郡山JCT。 すでに夜は明けていて、桜もちらほら見られます。 なにも考えずにひたすら走ります。東北ドライブもだいぶ慣れて来たな(笑) 郡山JCTから東北道に乗ったらダラダラと渋滞してました。掲示板は渋滞7kmの表示。 合流から安達太良SA、二本松IC、完全に解消したのは国見IC辺りだったかな。 まぁこのあと30km超えの渋滞に発展したよーなので・・・良かったんデショ(苦笑) 国見ICを超えたら一気に盛岡南ICまで!盛岡南ICで降りたら給油。 相変わらず14km/l超えの燃費は嬉しいですな。 ゴチャゴチャ走って国道106号(閉伊街道or宮古街道)に乗って東へ。 106号は閉伊川に沿って走る街道デス。 渓流から川幅の大きなゆったりとした流れへ・・・1本の川の表情の変化が楽しめる素敵な道でした。 宮古に出てチョイ北上すると田老地区に入ります。 田老第一中学校の桜。去年は咲いてませんでした。 気候的なモンでしょうケド今年は葉も出てますが十分咲いてマス。 自衛隊の車両が停まっていた校庭では子供たちが野球の試合を・・・ 校庭の端にはチューリップ。そして雑草も生えてます。 この辺の緑は時期や気候じゃないですね。去年はなにも無かったですから。 水仙とタンポポがチラッっと生えてたくらいでした。 それでも街は2011年の夏頃のままです。建物の基礎だけが残った、街とは言い難い様子。 仮設の店舗が3〜5件ありましたが・・・。 釜石まで移動して釜石駅前に着いたのは14時前。 サクっと見つかったビジネスホテルが今夜の宿。 足場が全面に掛かってます。外壁補修工事中。 すぐ裏にプレハブで作った仮設の飲食店街があるって言うので行ってみました。 遅い朝食件昼食は『竹寿司』で海鮮丼を美味しく頂きました。 まさに『大将』って感じの親父さんと、底抜けに明るいカワイイ女将さん。 とは言え仮設で営業されてるってコトは・・・失ったものは多かったそうです。 5月4日(金) 宿泊先のすぐ裏が今回お世話になるボラセンさんでした。 例の記録的な大雨のため作業のほとんどはキャンセル状態。ボランティアに集まったのは10人ほど。 住宅の洗浄作業を全員でさせて頂く。 泥出しとか大きな作業は終わってたので、高圧水洗で洗い流したり細かい清掃作業。 最近は仮設住宅からの引っ越しとか、田畑に入ったガレキの撤去とかって作業が多い中 こういう作業は珍しいとのこと。確かに去年の5月とか8月に多かった内容の作業。 家に入らせて頂いて目に入ったもの。2011年3月11日の日めくりカレンダー。 1年以上経って、なんとかそういう想いになったのかもしれない。 今まで入ることすら出来なかったのかもしれない。 そんな中、パシャパシャとシャッターを切るボランティア参加者・・・唖然。 有り得ないでしょ?ぃゃ依頼されてる方は何も言わんよ?でもさ・・・ 去年はそんなコトしてるヤツいなかったけどなぁ。断りもせず撮影って・・・ネェ。 近所の人が通りがかりに『あら、親戚の方が来られてされてるのかと思ったわ。ありがとね。』 全くの他人のはずなのにお礼を言われてく。 『ぃぇぃぇ』なんて言葉を交わすと『あの時はね・・・』と話しがドンドン続く。 話して頂くのも大切なことだと思うし、聞ける話は本当に貴重なものばかり。 お昼は釜石ラーメン。かなり細い麺が特徴らしい。乳麺とか冷麦クラスの細さ。 気の短い漁師への対応ってのが由来なのだとか(笑) 作業は早めに終わって気仙沼に向けて移動開始。 しかしどこも街の状況の変化が少なすぎるように見えてしまう。 1年経ってこの状況。2年、3年先の状況が案じられる。 陸前高田を通過。あまりに多い見学者の数に複雑な心境に。 こー言う状況を見るたびに、いつも起こるこの感情。 見て欲しいと言う想いと野次馬に抱くような苛立ちにも似た感情。ま、これはアタシの問題ですな。 陸前高田の先の国道45号線は、大雨のための冠水状況復旧が16時頃まで掛かるみたい。 自分がソコにいたのは15時30分頃だったんだけど待ってるのもなんなんで 迂回して気仙沼へ着いたのが17時前。今夜もビジネスホテル泊。 5月5日(土) 気仙沼でボランティア。蔵内の漁港での作業。8人のボランティアさんと漁港の方一人での作業。 ホタテ養殖用のカゴ網を片付けたり、昨日の時化(シケ)で上げられた海中ゴミの清掃。 引き波に引きこまれた海の中のゴミは多くて、時化の度に打ち上げられるゴミは悩みの種だそうだ。 漁港ではワカメの芯抜き作業の真っ最中。三陸ワカメだ! 蔵内産のワカメはその中でも3本の指に入るブランドなんだとか。 今までと違った生産方法や流通の形態を模索中らしいです。 『食べ比べとかしてもらえると断然違うと思います』ってことなので見掛けたら買ってみてください。 本来ボランティアに行って頂き物なんてもっての外なんですが 『ぜひ宣伝してください』って話しだったので『それならば』と頂いてきました。 『脱水をしっかりやってますんで日持ちもします。出荷させる時はこの状態なんですが、 よく塩水を含ませて量増しして売られてますね。水を含ませると量が増えるし、日持ちもしなくなる。 販売される方にしてみればその方が都合がいいんでしょうけどね。』 なるほど(苦笑) 作業を終えてボラセンに帰って16時前には解散したっけかな。 本当は松島辺りに宿とって観光しよーかと思ったんだけど なんだかタイミングと気分的なモノから一気に帰宅しちゃいました(笑) 千葉には2時過ぎ着。 今回もいろんな人と知り合えました。いろんな話もきけました。 ありがとうございました。 感じたコトはやっぱりまだまだだってコト。 ホント長丁場になりますね。 ※ 4月の花見や今回のGW辺りから聞かれた言葉に感じてるコト。 以下、かなり偏屈な個人的感情デス。気分を害してしまったらスミマセン。 『去年は自粛ムードだったんで・・・』ムードって?(苦笑)
そもそも自分は昨年から『自粛』ってのが気に入りませんでした。 いつまでなのよ?2011の夏まで?半年とか1年経つまで? 1年過ぎた花見のニュースではハッキリと『去年は自粛ムードだったんでね。今年は・・・』って声が。GWもそう。 夏休みでも言うんだろーか。 すっかり無くなった『自粛』と『自粛ムード』 でも現地は何も変わって無いですし、何も終わってません。 社会の批判を気にした自己防衛的な自粛なら自分の中で完結して欲しいものです。 被災された方を想う気持ちなら素晴らしいと思います。 でも被災された方の心情を想う心があるのなら『去年は自粛ムードだったんで・・・』 とかって言葉、出ないでしょ。 それを平気で流す報道もどーかと思います。 挙句の果てに同じ報道番組の中で震災関係の報道されてもねぇ。。。。 どーかと思いますよホント。 |
|
今週末は松島のチョイ手前。七ヶ浜ボランティアセンター(以下ボラセン)ってトコでお世話になってきました。 最近のボランティアは事前にに登録して受付してもらってから行くってトコが多いみたい。 行き当たりバッタリが信条の自分としてはやりにくいトコですがそうも言ってられません(笑) 4日に行き先を決めて 5日に活動内容の確認をしてもらって 6日に災害派遣等従事車両証明書を発行してもらって 7日に現地に入って 8日、9日ボランティアさせてもらって 9日中深夜帰宅 つぅわけで今回初めて災害派遣等従事車両として高速無料ってコトになりました。 なるほど予定立てて行けばこう言う利点があるんダネ(笑) 高速料金払ったつもりで義援金に回します。 世間一般が3連休ってコトもあってたくさんのボランティアさん(200人以上)が来てました。 最近のボラセンさんは土日休みとかってトコもあるんでやってるトコに集中します。 肉体労働的な活動は充実感もあるし想像しやすいんで希望者も多く今回ココでは足りてる様子。 (※実際にはマダマダ全然片付いてないので『足りてる』なんてコトはあり得ません。) 今回アタシがやらせてもらったのは仮設住宅内にある集会所に『居る』ってボランティア。 ???何それ?って感じでしたが、集会所の管理人的お仕事みたいなもんでした。 仕事と言えば簡単な掃除くらい(笑) でもコレが意外と・・・・ね。 仮設住宅敷地内の集会所はまぁ寄り合い所的な意味合いが強くって お婆ちゃんやら住んでる方達が集まって来ます。 1日目は10人、2日目は20人程度の来訪者があっていろんなお話を聞かせて頂いた。 浜の辺りに住んでいて家を流された人が多いってコトは 一軒家に住んだ事しかないって人が多いワケ。それはウチも田舎の浜だからわかる(笑) テレビの音量だの生活サイクルだの気にしたコトなんか無かった、そんな人たちが長屋生活。 ナカナカ一筋縄ではいかない様子。 それでもみんな『お互い気を使うしかないよね』と・・・・ そりゃそうなんだけど、使わなくて良かった気を使うのってストレスだよなぁ。。。。 仕事やってても思うケド、人なんて『普通の人』なんてなかなかいないよネェ。 大抵みんな一癖二癖あるもんだ。 お隣さんと反りが合わなくて仮設住宅を入れ替わるなんてコトも多いみたい。 まぁ他にもイロイロお話し聞いて、いろいろ感じるコトが出来ました。 一人のお婆ちゃんと話しが出来た。 逃げ遅れて気が付いたらあっという間に玄関の前に波が来てたんだって。 慌てて2階に上がったんだけど2階も水が上がってきて窓から見える範囲は瓦礫混じりの海。 なんとか流されることなく波が引いたケド、 暗くて瓦礫だらけの中を濡れたまま知り合いの家まで、なんとか歩いて行ったんだと。 『今までの良かったコトは夢だったのさぁ。 夢がさめてさぁ、これが現実。ぜぇんぶ夢だったのさぁ。』 お婆ちゃんが笑いながらこぼした言葉に曖昧な表情しか返す事しか出来なかった。 千葉は電気も水道も、実生活はほぼ全て以前のような生活に戻っている。 フト忘れてしまいそうにもなるけれど、あの時のままの地域がまだまだある。 集会所にあった手作りのトランプ。かぁいい!(笑)
|
|
お盆休み。今回も走りました(爆) 残念ながらミニでもターボ2でも無かったのですが・・・。 12日 12日の早朝・・・と言うか11日深夜、2時に起きだして一路青森へ。 忘れ物して一旦戻ったりして40分ほどロスするもまぁ3時出発なら予定通り。 ・・・それでも東北道に入る頃には思っていた以上の混雑状態。 GWに続いての東北なんだけど、今回は初日十和田湖でキャンプを計画。 それでも14時過ぎには目的地へ到着。 テント張って夕食の買い出しガテラ温泉。どうせここまで来たら奥入瀬走らにゃネェ! 十和田湖一周しながら奥入瀬を巡る。・・・ぁぁ、ミニだったらどんなに楽しいんだこの道は!!! 奥入瀬の奥の方の奥入瀬渓流ホテルってトコで温泉。イマイチ(苦笑) 帰りがけに向かいのGSに面白いモノ見つけて急きょ給油。 綺麗なマツダコスモスポーツ!「青55」のナンバー、間違いなくオリジナルなのに新車に限りなく近い内装。 やっぱりそう言う車は放つモノが違う。 『新車からですよね?』『えぇ』 13日 この日は移動日。(まぁ昨日はなんなんだ?って話しですケド(苦笑)) 朝、早々にテントを撤収して八戸へ移動。たまたま通り掛かった八戸港で朝市見学。 活気!!チョット目頭熱くなる。人は元気だ!! 毎年3月頃から開く朝市。今年は7月になってやっと開催に漕ぎつけたんだと。 おにぎり2個買って冷やしきゅうり1本もらった(笑) いつもの通り、ドンドン南下します。田老の中学校でひまわりが咲いてるの確認して喜。 しかし・・・残念ながら校舎は使われておらず花を見てくれる子供達はいない。 ・・・って言うか街が無くなってるから・・・。 瓦礫は無くなった。そう言う意味で綺麗にはなってる。 アレだけ集積所に山積みになってるんだからまぁそうでしょ。 でもソレだけ。電気も水道も下水も・・・・きっと無い。 これからどうするのか方針すら無いままに・・・。 出掛ける前にラジオで被災された方が言ってた言葉を思い出す。『復興の前に復旧ですよ!』 『ぃゃぃゃ、そう言うの含めて復興ってコトだから復興でイイんじゃないの?』そう思った。 違った。何も無い場所で復興なんて出来ない。先ずは復旧してくれ。そう言う意味だ(恥) たとえ会社や生活を興す力が有っても・・・コレじゃ・・・。 携帯のサイトをチェックする。GWのときから使ってるボランティア復興支援のサイト。 日々更新されるし他のサイトで拾えない募集も多いみたい。 出発前は南三陸町のボランティアセンター(以下ボラセン)でお世話になろうと思ってた。 GWの時にもお世話になってるし。 でもチェックしてみると岩沼市で人が足りないと・・・チョット距離が伸びるけどイキマス! 仙台市まで移動してラブホで一人泊。 当然だけどお盆休みはボラセンのほとんどがお休みでした。 実際開けてたのは南三陸くらいじゃなかったかな。 と言うか・・・・確認出来ている方だけでもお亡くなりになられた方は15,000人以上になります。 同じだけの新盆・・・・。 14日 岩沼でボランティアをさせて頂く。内容はスナップ写真の洗浄。 泥掻き作業なんかでボランティアさんが見つけて来た写真なんかを洗浄するお手伝い。 筆と水で砂や塩分、滲んでしまったインクをただ黙々と落とす落とす。 当然なんだけど、みんな楽しそうな表情ばかり・・・切なくなる。 綺麗になった写真は岩沼市民体育センターで公開され持ち主を待つ。 (8月いっぱいで閉鎖されるらしい。その後どーするかは模索中らしく・・・なにか良き策を提案できる方はメッセージででもご連絡お願いします) 15日 引き続き岩沼で写真洗浄。 新規に手伝ってくれる方も来たりして、1日で先輩面(爆) ボランティアは基本的に楽しい。いろんな人と知り合い、話を聞くコトはカナリ素敵な経験。 今回は先生多かった。中・高・大(笑)あとは美容師さんとかコーコーセーもいた。 作業は16時までなんで、終わってから帰宅しちゃう! 例の範囲をグルっと迂回してやろうと試みるも、検問検問で面倒になるわ 途中、ナビが砂利の林道に案内するわで散々。ヒョットシテ範囲の中通ったんじゃなかろーか(汗) そんなんで疲れて常磐道へ逃げ込む(苦笑) 15日のうちに部屋に戻って、走った距離は1,800kmほど。 行って良かった。 想像はしていたけど、『変わってない』に等しい状況。 今まではまだやることが有った。単純に出来るコトがあった。 ボランティアの募集も登録制を採用するトコロも多くなってきている。 さて、これから僕らはなにが出来るだろうか。考えながら関わって行くコトが必要になりそうダネ。 P.S. ウチのひまわり・・・・田老第一中学校の方が背高いな(苦笑)
|


