門司1945

終戦後、門司で撮影された駆逐艦冬月。

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機雷に触雷し航行不能状態で終戦を迎えた。
前部マストの21号電探は、22号電探と13号電探に換装されている。

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上部構造物が解体され船体だけになった冬月。艦尾も触雷箇所から切断されている。
この後、柳、涼月とともに北九州若松港の防波堤となった。

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艦名は不明だが、戦後撮影された秋月型駆逐艦の後部マスト、後部機銃座、探照灯、予備魚雷庫などの詳細ディテールが見て取れる。

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一等輸送艦の艦尾。

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一等輸送艦のレールは滑車内臓型。
これは、重量船を進水させる時に円滑に動かすためのもの。
逆に、重量船を載せる架台に滑車を着ければ、進水させる度に架台と共に失われる事になるので経済的ではない。
甲標的を搭載する場合、上甲板と中甲板の間に丸太2本で応急支柱を作り、強度を増す方法が確立されていた。
艦尾のレールの中に取り外し式25mm単装機銃があり、その前にハッチのような物がみえるが、機銃のマガジン格納場所だろうか?それとも、単装機銃をあそこに仕舞うのか?
また、上をV字カットした単装機銃の盾形状もよくわかり、興味深い1枚だ。

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この艦は単装機銃を着けていないが、艦尾中央にアングルがある。上の写真では、この上に小舟(カッター?)を乗せているが、これは爆雷格納架台じゃないのか?
というより、ここに小舟をどうやって乗せ、どうやって降ろすんだろ?


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硫黄島の輸送艦

硫黄島の海岸に座礁した一等、二等輸送艦の写真を見つけました。

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手前から二等輸送艦3隻、中央奥に一等輸送艦1隻が写っています。
二等輸送艦の艦番号は判りませんかが、一等輸送艦は1944年12月27日、付近を航行中に米巡洋艦と駆逐艦に遭遇し、砲撃を受け沈没を間逃れるためにかく座した、第7号一等輸送艦と思われます。艦橋から後ろが跡形を留めないほど破壊されているのが判ります。

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上の写真の手前から3隻目の二等輸送艦と、一等輸送艦を撮したもの。
二等輸送艦の左にもう1隻、何らかの付近船がいるので変な感じにみえています。
この二等輸送艦は、煙突に直撃弾を食らったのでしょう。煙突が途中でなくなっています。

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最初の写真の1番手前の二等輸送艦の艦上から撮したものと思われます。
火災によるものなのか、逆光なのか全体的に真っ黒になっています。。

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第39号哨戒艇の最後

米潜水艦シーウルフに撃沈された第39号哨戒艇。
シーウルフは、沈没するまでの様子を潜望鏡で撮影していました。

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艦首は折れ、艦尾には大発が搭載されているようだ。

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調査された三日月

座礁、撃沈された駆逐艦三日月ですが、座礁した船体後部は沈没せず海上にあったため、米軍による調査が行われました。

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サーチライト越しに切断した船体前部を撮したもの。主砲の盾の形状、魚雷積込用クレーン、その前に突き出た煙突のようなもの、主砲の右には機銃の盾、上には双眼鏡などが見てとれる。

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波に洗われる艦尾。

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切断付近の右舷側。
魚雷移動レールのディテールがよく判る。

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何か覗きこむ米兵の上にサーチライトと、方位受信機が見える。

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爆雷投下器と爆雷格納架台のディテールがよく判る。

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主砲を後ろから撮したもので、キレイに写っているため、砲尾や旋回、ふ仰角ハンドルなどのディテールが判る。

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これは上から主砲を撮したもの。
米軍機にも、日本兵にも破壊されていないようである。

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25mm三連機銃は使用可能だったためだろ、機銃が取られている。

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方位受信機。

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