C15はオリジナルか?

グアム島ウマタック湾に揚陸に成功した特型運貨筒。

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この写真は、有名な機銃照射を受けている写真。左舷中央付近に白く写っている部分がある。これだけでは気にもとめないが、次の写真を見ると、右舷中央に「C15」と書かれている。

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この「C15」がオリジナルなのかどうかが問題だ。
これがオリジナルなら特型運貨筒C型15号となる。
この写真は戦後すぐに撮されたものだろうが、それ以降撮された写真では確認出来ないないのだろうか?

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イ−400の司令室

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司令室を前方へ見る。

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司令室内。舵輪は横舵と潜蛇のものか?

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司令室を後ろへ見る。

イメージ 4無線室

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特殊潜航艇海龍

特殊潜航艇海龍は、海軍工作学校浅野卯一郎技術大佐の猪突猛進的な性格により、実現した異色の兵器です。浅野卯一郎技術大佐は、横浜の佐野五郎工学博士に協力を依頼、軍令部のお墨付きを貰ったことで、艦政本部の反対にあいながらも突っ走りました。
しかし、出来た試作艇はとても兵器として使えるものではなく、試験搭乗員との激論の末、大幅な改正案を受け入れ、その原型が誕生しました。

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写真は、戦後横須賀海軍工廠で米兵により調査されている海龍です。
手前から1番目と3番目の艇が磁気コンパス搭載の後期型で、潜望鏡が2本あるため練習艇だと判ります。
2番目と4番目は九七式ジャイロコンパス搭載の前期型です。
ジャイロコンパスから磁気コンパスへ変わったのは、ジャイロコンパスが蛟龍へ優先されたこと、そして学徒動員により品質低下により故障が多くなったためと考えられます。

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こちらは、並びが逆で1番目と3番目が前期型、2番目と4番目が練習艇です。
横須賀海軍工廠では、多くの予科練生を海龍搭乗員への養成を行い、自走可能になった訓練生で部隊を編成し基地へ自走進出させていきました。

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駆逐艦欅

終戦後の呉で撮された丁型(松)最終艦欅。

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手前が欅だが、奥も松型である。
回天搭載設備のある後ろから撮した写真があればなぁ。

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こちらは日の丸も艦名のローマ字も書かれておらず、上の写真より前に撮されたものだろうか?

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艦橋を見上げたアングルで撮された欅。
横からだけでは判らないディテールがよく分かる1枚だ。

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特型格納筒はいるか?

真珠湾で九七式艦攻が戦艦を雷撃する有名な写真です。

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写真中央からやや左に水飛沫が上がっており、その手前に黒い物体が大きく波を上げています。
元蛟龍訓練員の方がこれは特型格納筒だと発表したことで、私も信じたのですが実は違います。
特型格納筒に見えるのは、海面に着水した九一式魚雷です。その周囲の波も落下物が落ちた時に出来る花びら状の波です。
しかもも、その目の前には戦艦から対岸へ逃げるランチが写っています。もし、この黒い物体が特型格納筒であれば、ランチの乗員は真珠湾内に潜水艦がいる❗と報告したはずです。

日本側の攻撃計画でも、第一波と第二波の間に雷撃するようになっているため、同時に雷撃する事はないと考えられますが、現場でそれだけ余裕があったかどうか疑問です。
艦攻が雷撃中に潜望鏡深度に浮上すると、どうなるかは皆さんも想像できるでしょう。

ちなみに伝え聞いたところでは、この写真を元飛龍雷撃隊の方に見せて特型格納筒と言われていますが、どう思いますか?と尋ねたところ「だから素人は困る。これは魚雷だ❗」と憤慨されたそうです。

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