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minminの独り言そして時々俳句
今年は、幸多き年になりますように。

書庫母の死とその後

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母の3回忌

母は2年前の冬、その年の寒さを越えられなかった。
10日、菩提寺のある高松市で家族だけで3回忌を行った。
前日の雪は、止んではいたもののやはり寒い。
朝は、積った雪をふみしめて家をでた。
でも、高松市の市街地は雪も降らなかったそうである。

お寺では、まずお抹茶が出された。
出席者は、家族4人だけなのに!
そしてお経も長かった。
般若心経、観音経の後半、白隠禅師和讃、それと、もう1つ和讃、
あとで、「ぜんざい」がふるまわれた。
寒い、その日には、ほんとうに心温かいもてなしを頂いた。

そのあと
この後、檀家、信徒の会があります。
そこで、本堂の横に立てる位牌堂の話をします。
跡取りのいない、家が多くお寺で位牌を引き取ることが多くなりました。
それを預かっておく場所です。
120件の檀家で4000万円負担をしていただかないとなりません。

我が家も例外ではない。
私の実家の姓を名乗る人はいない。
私が元気なうちはいい。
次の代になると
やはり、お世話になりますね!
今日のところは返事をにごして、辞去したけど、
厳しい!
そのあと、墓参、食事会をして、母のことを十分偲べましたけどね・・・

今日は、母の一周忌

昨年の今日、午後6時過ぎだった。
薬局にいた私に、母が危篤になったと電話があったのは。
前にいた店の店長がJRの駅まで車で送ってくれた。
でも、間に合わなかった。

今日は休日!
仏壇の掃除をして、百合と菜の花を供花にした。
母が,同居していた頃、毎日仏壇にいろいろな饅頭を買ってきてお供えした。
デイから、帰ってきて夕食後、すぐ眠り、私が仕事から、帰ってきておむつをかえると、毎日お仏壇の饅頭を食べるのを楽しみにしていた。「不思議なのよ〜!いつも、食べるのに誰かかが、お供えをいつもおいておいてくれる」と母は、私の顔を見ていっていた。
今日は、母の好きだった、調布と豆入りの饅頭をお供えした。
果物も好きだった母、「伊予かん」もお供えした。
線香をたて蝋燭に火をつけ(これは久しぶり)般若心経と観音経の世尊偈を読んだ。
久しぶりに母と対面した一日。

でも、こうして母も思い出の中にはいっていくのだろう。

一周忌

早いもので、母がなくなってもうすぐ、1年になる

お墓のある町までは、我が家から新幹線を使って帰っても4時間はかかる。
本山までは、電車で一時間でいける。
今年は、私は、喘息になり、お墓のある町までまだ帰る元気もなかった。
本山の涅槃堂で一周忌のお経を頂いた。
我が家から、遠く離れた住む息子が帰ってきてくれていた。
お焼香のとき、彼は天井をみている。
どうしたの?
お経をあげてくれるお坊さんの声がよく通るものだから、不思議に思ってよく見ると、スピーカーがあった。それに天井も音響効果を考えて作られている
体にひびくようなお経だった。なるほどね!でも、いいお経だったからそれでいいじゃないの。
母も本山のお経が聞けて満足だったことであろう。
私?一つ無事お勤めがすみました。満足です!

護寺費

毎年暮れになると実家のお寺から翌年の 干支を描いた色紙が贈られてくる。
今年は猪の図柄と「露堂々」の文字である。
書かれたのは、実家の宗派の高僧の方。
「露堂々」は一点の曇りもないという意味だそうだ。
床の間も違い棚も無い団地の我が家、玄関先に今年も飾る予定だ。

昨年まだは、母宛だった。しかし、今年は私宛

我が家の宗派は実家とは違うのですがね〜!
しかし、実家の仏様を見る人は私しかいませんから当然かも。
ただ、例年のことだけど、護寺費として1万円の振込用紙が同封されていた。
母は、元気なときは、毎年払っていたし、私と同居してから、私が母の名で払っていたのだが、
これからは、私が払い続けることになる。
働いているわたしには大きい負担ではないが、私が仕事をやめたら、この負担も大きくかんじられるようになるかもしれない。

喪中欠礼葉書

喪中欠礼葉書を作成した

設定を終えて印刷しようとすると、プリンタが動かない。
プリンタの電源を切って、また入れてみたり、パソコンの再起動をしてみたり。
「そういえば、長いことプリンタつかってなかったな。インクかも」
「ホームセンターまで、行かないとインクは売ってないよ。しかたないな〜!」とちょきこ。
やはり、犯人はインク切れでした

裏のためし印刷をすると、フォントが小さい。バランスも悪い。
去年、友人から来ていた葉書を参考にして何とか、設定を終えた。

般若心経の解説を読むと、死は、成仏だとある。迷うことのない悟りだとある。
母は、老いを苦しみぬいた。私としては母の老いそのものを助けることはできなかった。
母は、きっと私に「老いはつらいものだ。長生きが幸せではない」と教えてくれたのだと思う。
きっとminminも大変だろうしこの辺でと考えて彼岸にわたって行ったのだろう。
そして、何ごとにも執着のない心を手に入れたことだろう

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