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前 仙台市議会議員小野寺淳一のブログ
“常に現場!”を信条に地域の課題解決に努めて参ります。

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自己紹介〈1〉


こんにちは。
復活宣言し、第二弾となります。

以前の私をご存知の方でしたら。
小野寺また始めたな、と思って頂けるでしょうが、ここ数年、また初めての方向けに軽く自己紹介をさせて頂きます。

生まれから。
昭和41年6月17日に長男として東京世田谷芦花公園にて生まれました。
(丙午です)
東京で?と思われるでしょうが、集団就職で東京に出た両親の下でとご理解ください。
その後半年で埼玉県草加に移転し、幼少を育ちます。
当時の草加は田畑が広がり、水路にはタナゴやフナなど、また夏場にはクワガタ・カブトムシがいてよく捕ったことを記憶しています。

父母は共に岩手県東磐井郡藤沢町、今の一関市藤沢の生まれです。
また、両家共に葉煙草農家を営んでいました。
私もお盆の時期に帰省した折にはお手伝いしていました。
煙草の葉運び、朝晩の寄せ等(これはわかる人にしかわかりませんが・・・。)で葉煙草農家の苦労は少しわかるつもりです。


小学校の時はボーイスカウトに入っていました。
カブスカウトから始めましたので7年間。
赤い羽根、緑の羽根の募金活動。駅前清掃。地域のお年寄りの慰労訪問。
思えばその頃に私の下地ができたのかもしれません。

中学の時にはある思い出があります。
合唱コンクールの時に先生が。
「小野寺、お前物怖じしないし指揮者やってみろよ」と。
私は内心、指揮者って一人だけ前に出てかっこいいな。ㇺㇷッみたいな。
しかしかっこつける、また反抗期の時期、素直に返事できず、出た言葉は。
「そんなのカッコ悪いからいやだよ」
先生は「そう言わずに、なぁ」というかと思ったら。あっさりと。
「わかった。じゃ、〇〇やってくれ」といともあっさりと指揮者は友人に決まりました。
その時から頼まれたこと、やりたいことには積極的に行くことと決めました。

長くなりますので、今回はこれくらいで第三弾に続きます。
是非私自身をご理解ください。

御精読頂き、ありがとうございました。

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