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私は、永い間、マザーがたったひとりでスラブ街に入っていき、
病んでる人の為に一生歩きつづけた、あの、精神力を知りたかった。
女性なのにすごい。
私にはとても出来ない事です。。。本当に尊敬しています。
日本海に浮かぶ島根県の小さな離島、隠岐(おき)の知夫里島(ちぶりじま)に、
一人暮らしのお年寄りが息を引き取るまで介護し、
看取る家「なごみの里」を設立された柴田久美子という方がいらっしゃいます。
私は、2年前に、日本のマザーテレサは柴田さんだ〜〜〜
と思い施設の友人と共に会いに行きました。
柴田さんは、本当に笑顔が絶えず、命の極みにやさしく寄り添う天使のような方でした。
本当に行って良かったです。
柴田さんは、大型Mでのキャリアウーマンを辞め、
ためらうことなく介護の世界に飛び込まれました。
それからの毎日は何を見ても感動の連続だったそうです。
ただ生きること、あるがままの存在そのものが素晴らしいということを
幸(高)齢者の方々から身を持って教えて頂いたそうです。
しかし、現代医療における終末介護の矛盾とむなしさを痛感し、
西日本で一番在宅死亡率の高いところで看取りの仕事に携わりたいと決心し
隠岐(おき)の知夫里島に渡り移住されました。
今も続けておられます。
死から生を見る 愛をもって死を見つめておられます。
柴田さんは、
美しい死の中にこそ未来があり、真の生がある。
終末期にある幸(高)齢者の方こそが師であり、そばにいる私たちは学びのものです。
とても光栄なことなのですが、旅立たれる間際のお年寄りの手を握ると、
私の心と体がふわっと軽くなるのを感じます。
そして、光という表現しかないのですが
「光と光が一つになって溶け合ってしまう瞬間」を味わわせて頂くことがあります。
何よりも私の魂が喜ぶ瞬間です。
柴田さんは「お年寄りが亡くなるまで支えていくことの大切さが、都会では忘れられている。
自宅で最後を迎える『自然死』の残っている知夫村で、
介護する側も生と死の尊さを真なんでほしい」と言われています。
※皆さんも良かったら島根県 知夫里島(ちぶりじま)に行ってみて下さい。
島、全体が自給自足の生活で、皆、ゆったりした生活をしていました。
牛(上の写真)が、路のど真ん中にいて、車が近寄ってもどいてくれません。
夕陽が落ちるのを、3人でゆったりみていました。
あんなにゆったりと、夕陽が沈むのをみていた事は、
もの凄い感動で、始めての経験だった様な気がします。
私達も柴田さんとまったく同じ思いで、自分達で山に介護施設を創りました。
人生の、最期の時がきたら、明るく「又、会おうね」と悔いない最期を送らせてあげたいです。
日本のマザーテレサは、柴田久美子さんだと思っています。
私も柴田さんのようになりたいです。・・・大きな願望〜〜〜!!!
柴田さんに叱られそう・・・メールしておきます
※柴田久美子さんからメールが届きました。そのまま付け加えさせて頂きます。
↓
時々ブログ拝見させていただいています。
お身体のほうはいかがでしょうか?
まだ万全とはいかないお身体でありながら、
志を持ち続ける明美様の偉大さにいつも感動しています。
次の世代に命のバトンを渡せる社会を手渡すことこそ、人間として
の使命。一家に一冊お手元に置いて頂きたいと願っています。
どうかよろしくお願いします。
一日も早い全快と「みんなの家・野に咲くすみれ」の平和を心から
祈ります。
全ての人々の幸せを祈り、感謝、合掌。
柴田久美子さん、お返事ありがとうございます。
私は、まだ持病が完治しておりませんんが、友達の支えがあり、細々と仕事を続けています。
又、幸齢者様より、大きな生きる力を頂いております。
↓
ありがとうございます。柴田さん。感謝合掌です。
※柴田久美子さんは沢山の本を書かれています。
私も愛読して、その中から、生きる力を頂いています。
今度、又
真に豊かな社会を祈り『看取りの手びき 介護のこころ』という新しい
本を出されました。
お勧めです。。。
皆様に喜ばれる施設になれるよう・・・小さな力ですが、施設での途を歩いて行きたいです。
今、施設に来て下さっている幸齢者様を最期まで、みさせて頂ければ幸せです。
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明日もガンバ〜〜〜
遠くからお客様が見えます。
幸せだ〜〜〜
2008/4/30(水) 午後 10:53
広いこころを・・持ちたいね!
2008/5/1(木) 午前 4:01
目から鱗です。.:♪*:・'(*⌒―⌒*)))
2008/5/5(月) 午後 9:53 [ sana ]
こんにちは、よろしかったら私のホームページ見てやってください
2008/5/20(火) 午前 3:05 [ ヤス公 ]
こんにちは、よろしかったら私のホームページ見てやってください
2008/5/20(火) 午後 5:47 [ ヤス公 ]
彼女が、アメリカの映画の題材にされ、注目されるようにな
って後、キリスト教が、今までは何も彼女に注目せず、手助け
もしなかったが、世界の注目を集める様になってから、彼女と
行動をする様になった。
今、キリスト教は、彼女を「広告塔」にしていますが、そし
て、ヒンズー教の方達は黙っていますが、真実は、この様な経過
をたどった。
マザー・テレサさんが「ノーベル平和賞」を受賞しましたが、
同時に「ヒンズー教の方達も受賞すべき」でした。
ノーベル賞選考委員はキリスト教徒だけ、その点、「お手盛
り」となった。
インド政府は、彼女が亡くなられた時、国葬として大きな葬儀
を行ないましたが、キリスト教組織にも、この様な、大きな度量
が欲しいところです。
また、彼女のキリスト教は、ビンズ‐教との共同生活から宗教的
にも影響され、彼女独特のキリスト教となっている。ヒンズー・
キリスト教、テレサ・キリスト教と呼ぶべき形となっている。
参考URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://329836
2012/8/4(土) 午前 1:39 [ けいせん ]