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そもそも「子ども」が大好きということではありませんでした。 おいらの両親は、おいらが中学2年のとき離婚しました。「母子家庭」でした。 母の実家にいく事になり、友達とも当時熱中していたスキーやサッカーの仲間とも転校で別れてしまい、新しい学校では何もする気が無くなり有り余る若さと幼さをパワーを間違った方向にぶつけてしまいました。 学校に母が呼び出され、家庭裁判所、警察・・・・・ いわゆる「不良」と呼ばれる少年でした。 今考えればとても恐ろしいこと、人に迷惑をかけることなどたくさんしてきたように思えます。 母は、泣きました。泣いて児童相談所に行ったそうです。 そんなこんなでいやいや児相に行ってみたら、おいらより悲惨な環境で小さな子がいました。相談員が「君、サッカーやってたんだろ、子どもと一緒にしてやってくれよ」といわれ、ただ遊んでいただけですが、母の涙と子どもらの笑顔がなぜかごちゃごちゃになり、「俺はなにを・・・」と泣けてきました。 すさんだ外見の兄ちゃんに臆することもなく関わってくれた「子どもたち」。そのころからでしょうか、漠然と「こどもに関わる仕事をしたい」と思い始めました。 その後、昼間はとび職、夜は学校という定時制高校生活を卒業しましたが、福祉の専門学校にいくのにお金がなかったものですから手っ取り早く「自衛隊」に入隊しました。 自衛官生活は思いのほか楽しく、ずっと続けようかと一時期思いましたが、3年間で退職しました。その時に学んだことも多く、また何より大切な仲間が増えました。今でも仲良くやってます^^ 本当は児童相談所か障害児施設に就職したかったのですが、保育実習先で尊敬できる恩師に出会い、お誘いもあったので「保育園の保育士」として就職することになりました。 保育士になって7年、まだまだペーペーですが、将来自分で子どもと関わる仕事を独立したいと考えています。母も「孫ができた!」と喜んでくれています。これから「親孝行」たくさんするつもりです。
長々と語りましたが、最後までお読みくださいました皆さんありがとうございました。 |
自衛官から保育士へ
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