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さて80’Sのスキーの続き(^_^;)
若かった昭和おやじの生態を次代を支える若者らに
スキーする人には必携だったんじゃないかな?
大体内容は一緒
1.スキー場までの最新マップ(高速道路延長で変化するので渋滞を避ける抜け道やらの記事が参考になる あっナビなんて影も形もない時代ですからね)
2.車用最新グッズの紹介(チェーンやらスタッドレスやら道中の快適車内ようグッズやら参考になる)
3.スキー場のゲレンデ紹介(上級・中級・初心者向けゲレンデの割合とか最長コース距離とか参考になる)
4.スキー用最新グッズの紹介(無線機やら、携帯ビデオ、フィルムのカメラやら、板やらの装備とか参考になる)
5.ゲレンデ近くの宿泊施設の紹介(宿のゲレンデ配置やら価格外観写真やら電話番号やら参考になる)
何点かピックアップするなら(^_^;)
・最新グッズ SONYハンディカム
今ならスマホで動画撮れる若者にはわからんだろうが、これは画期的な道具でした!
カメラですらデジカメも現れずで写真はフィルムで旅から帰ったらフィルム現像屋に持ってって写真として焼いてもらってた時代。ハンディカムはいきなり動画が撮れてビデオ端子が付いているTVならスキー宿に帰ってからその日に起こった滑りやらの動画の再生ができて皆で酒のつまみに盛り上がったもんでした。
私も買ったよ〜(ってか嫁入り道具にせがんだ(^_^;) 当時で20万円位) 他にスキー場で使うためのスポーツパックってな防水カバーも買ってごっつ楽しみました(^^)
・ゲレンデ近くの宿泊施設の紹介
これも今ならスマホ じゃらんなんかで鼻くそほじりながらでも予約できますが、当時はこーゆー雑誌買って日を決めてからその宿に電話したおして予約をするしかありませんでした。「すいませんもう予約で一杯です」とか言われて何度くじけたか(スキーバスツアーは宿まで込みなので高くてもニーズあった)
ちなみに上記雑誌の裏
レオーネやら、カペラカーゴやらエスクードのCMです なっつかし〜(+o+)
「極楽スキー」!
左が88年 初めて出た雑誌?本?
これ読んで目から鱗がごそっと20枚くらい取れました!
ホイチョイプロダクションの作品
右はなんとか頑張ってそのノリ継いだ極楽スキー’89 (ホイチョイは一部記事のみ)
でもその翌年 極楽スキー’90 をVHSのビデオにしてしまった・・・・
面白くなかった・・・・ 本やら雑誌は寝る前に布団に入ってにまにま想像(妄想?)を膨らませながら寝落ちてしまうのが気持ち良かったのだが・・・
この本読んで スキー場での昼飯
ラーメン、カレー、カツ丼 に文句を言うべきだ!と思った。
で栂池高原の1ゲレ食堂で半分本気の旨いピザとピールを楽しむことを覚えてしまった。
この本読んで ガッツスキー以外のリゾートを楽しむ余裕を持った
すごい本であった
ちなみに スキーヤーの語り継がれる秀作 「私をスキーに連れてって!」はホイチョイの作品
よき本 よき時代であった・・・・(時代的にはバブルに入ってました)
左:三菱のミラージュ XYVYX(造語でザイビクスって読ませます)
右:三菱のミラージュ サイボーグ
三菱もがんばってた時代 良いメーカーさんだったのになぁ・・・
さて今宵はここまでにしとうございます。
へさべさに極楽スキーでも読んで 寝落ちるかな(^_^;)
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地口部(おやじギャグ)
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先日 山菜そばやらバスツアーの記事を書いてから村々してました(^_^;)
昭和おやじ わしらのスキーをもうちょい語りたい!
って思いが湧きだしてムラムラ(^_^;)
とは言え大変多いので今夜は車関係でちとお付き合いお願いします
白馬やらに行くには塩尻!松本!大町!ってな田舎の都会の街を通らなけりゃならずすんごい渋滞なのでした。特に往路は深夜行なので何とかなりましたが復路の夕方 この三市を通るのにどんだけ時間かかったか!
それでもそっから志賀高原やら白馬方面へ行くのは超大変! 復路の渋滞地獄は続いてましたのでグースカ寝れるバスツアーが最良でした。
右のスキーツアーCMの女の子が着てるのが当時流行ったF1パイロットスーツ風スキーウエア
アイルトンセナやアランプロストモデルってな種類があった!(お〜今は恥ずかしい(^_^;))
マイチェンでGT 200馬力のとんでもねえ存在だった
当時で265万円!
他高速のSAではスプリンターカリブ(100馬力でしたが182万 スキー用に車高調整機能付いてた)やらセリカGTFOUR(私をスキーに連れてって映画の影響もあり垂涎 ちなみに304万)、ほかブルーバードSSS(アテーサリミテッド:ビスカス付きセンターデフ、リアLSD)がエラそう(^_^;)。他にプレーリー、シャリオ、サファリ、ハイラックス、ランクル、テラノ、ギャランVR-4、デリカ、パジェロなんかがエラそうでした。
でも普通にマークⅡやらクラウンにスキー板載せてスキーに行くのも普通でしたね
当時はスタッドレス黎明期 スパイクタイヤの粉じん公害にて91年にスパイクタイヤ全廃ってな通達が出てた。
まだ高値の花なので普通にタイヤチェーン巻いてスキーに行きました。
私はバイアスロン 当時金属tチェーンしかなかった時にさっそうと登場! 逆にチェーンを目立たせる!ってな逆転の発想のオレンジの樹脂チェーン! 結構えらそうにできました(^_^;)
色々悩んで工藤由紀のCM 「さ〜いぷが3000本! さ〜いぷが3000本! 強いじゃない♪」のゴジラサイプのオブザーブを購入
当時ブリジストンは氷上専門 ブリザックと雪上専門 ホロニックの2ブランドでスタッドレス黎明期の試行錯誤をやってた。
ヨコハマはガーデックスってブランドで雪上最強って言われたけどホロニックもガーデックスも今はなし(^_^;)
ちなみにジェミニイルムシャーの屋根に乗ってるキャリアはカーメイトのイノーってブランド
これも今はなし・・・・
次代の進化って厳しいですね(+o+)
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先日の記事でちょっと書いた
山菜そばに 七味山ほど!
これ癖になったって書きました
もうちょっと追記です。
単純に辛いってのも習慣性があります。
ひ〜ってなった経験ある人は 刺身や寿司のさび抜きには戻れないと思います。
ココイチの2辛以上頼む人はハウスバーモンドカレー甘口は食べられないと思います。
同じくそばやうどんに七味入れて旨いと感じちゃうともう七味なしでは食べられなくなります。
言い方替えれば もっときついのが欲しくなる 麻薬性 です(^_^;)
でもって困った事に七味の成分って知ってますか?
その名の通り 唐辛子をメインに7種の混合物です。
唐辛子だけなら一味
でその内容物ですが
信州 八幡屋磯五郎 では
唐辛子、山椒、生姜、麻種、胡麻、陳皮、紫蘇 だそうです。
東京 やげん堀 では
唐辛子、焼唐辛子、黒胡椒、山椒、陳皮、けしの実、麻の実 だそうです。
何が言いたいのか?(^_^;)
麻ってマリファナ(大麻)の種、けしの実ってモルヒネの種です。
一応漢方という事で許されてますが麻薬の種です(^_^;)
(昔、七味の麻の種を取り出して大麻栽培したとかの話もありましたが、多分熱処理されてるので芽は出ないと思いますので都市伝説???)
おわかりかな?
ぐっは〜 辛〜いい!! って のが癖になる七味の奥に何かいるかも?
種とは言え何らかの麻薬のDNAを持っててそれが作用してる可能性ないのか??? な?
昔読んだ本 (たぶん阿佐田哲也だったと思う)に載ってたが
戦後の混乱期に流行った飲み方(たぶんバクダンって飲み方だったと思う)
焼酎の熱燗に七味を一瓶位の大量投入! で飲むと
真冬の寒さでもまっぱ脱いで走り回れるようになるとの事
カプサイシン、アルコールだけでない何かもあったのでは??? 笑
常習性があったようです。 でもやはりすぐに体を壊してしまうようです・・・
まあ ほどほどにしましょう(^_^;)
おぼろげな記憶でバクダンをググると今しは焼酎のビール割りってな飲み方をバクダン(便宜上そう書いてますがビアジョッキの中に焼酎のショットグラスを落とし込む飲み方だそうです)って言うのだそうで、七味大量投入の熱燗焼酎は出てきませんでした
でも焼酎お湯割りに一味や七味を入れて飲む飲み方は今もあるようでほっかほかになってええようです(^_^;)
どうでもええ雑学にお付き合い頂きありがとうございました(^_^;)
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昨日今日とごっつうさぶい中仕事してた
で、急に思い出してめっちゃ食べたくなったもの・・・・・
今は昔
私が20歳ちょっとだった頃
(かれこれ30数年前)
なういヤングはスキーでフィーバー!
ってな感じだった(^_^;)
(言い方ごっつ古いが当時を思い出して・・・)
今の若造にはわからないだろうが、当時は高速道路 中央道は長野方面は岡谷までで、そっから先は建設中!
みたいな感じ。
私は当時名古屋方面に居たがスキー行くなら
Myカーなら 車山高原、白樺2in1とかの高速道路沿い
スキーのメッカ 白馬、志賀高原、野沢温泉、赤倉 なんかはとてもMyカーで行ける距離&道程ではありませんでした。
だからメッカに行くならバスツアーを利用するのが普通でした。
大体21時〜23時に名鉄バスセンターからスキーバスが出てまして、大体目的地スキー場に早朝6時前後に到着ってな感じ。
キャリーバック&スキー板を担いでゴロゴロひっぱりながら電車乗ってバスターミナルに行くのが普通
でもって21時過ぎ(行く先によって出発時間が異なる)に出たとしても早朝まで7〜8時間ある訳でして、まともに高速道路使うと早く着き過ぎるってのもあって、名古屋からだと中央道 中津川あたりで降りて国道19号線を使って各休憩場でたっぷり時間つかってのツアーです。
で諏訪湖を超えたあたりで東京方面からのスキーバスツアーらも合流してほぼすべての西から、東からのツアーバスの休憩場として大繁盛していたのが松本市 国道19号線沿いの「ドライブイン松本」であります。
それこそそっから白馬に行くにしても志賀に行くにしても集結する分岐点前の地の利
冬場はまさに不夜城!
くそほどのバスとMyカーが必ず寄ったと言っても過言ではないかと・・・
深夜に人でごった返すドライブインでした
は〜長い説明(^_^;)
ながら、この当時のスキーだとドライブイン松本はハブ空港のような立ち位置だったと理解くだされ
で名古屋からのバスツアーの我々なら大体3時頃にドライブイン松本に着くのかな。
でバスん中で眠りつつも何度か起きるしで小腹がすいてくるころに
ドライブイン松本!
で必ず食ってたのが 山菜そば!
懐かしい・・・
それこそ西から東からの若人皆 白い息を吐きながらそばに舌鼓・・・
(当然月見やうどんや他の温い食い物も一杯あった)
が私は山菜そばONLY!
ほぼすべてのバスツアーが経由するってのが味噌でして
ある時・・・・
彼女と斑尾(まだらお)へスキーに行くバスツアーの途中で彼女と二人で山菜そばを喰ってたら・・・
「ふつお やないか!」ってな声
振り向いたら大学同じ学部違い同じ年同じ下宿の野郎2人でした(^_^;)
「偶然やね〜 僕ら志賀高原やけどどこ行くの?」
「斑尾行くねん」
ってな会話を軽くしたのち
「んっ????」
彼らが私の彼女の存在に気が付いた(^_^;)
「えっ? 何? もしかして彼女と2人で行くの??」
彼らに会釈する彼女とニヤリとする私
「うん!」
「お前みたいな不届きな奴はこ〜じゃ〜!!!!!」
彼らは私の山菜そばに 山ほど! これでもかっ!って程、七味をぶっかけてプイっっと去って行きました・・・
でも食べた。
おまえらも頑張れよ!って思いながら
ひ〜ってなるほど辛かったけど 心も体もアツアツになりました。
(当時 まだらお って読まずに みだらお ってな言われ方もされたカップルの聖地(^_^;))
それからドライブイン松本に寄ると必ず山菜そばにめちゃ七味唐辛子をかけて食べるのが習慣になってしまいました。
だから寒い時は この山菜そばが無性に食べたい習慣だけが残ってる私です
(^_^;)
あいつらどうしてるかなぁ〜
その後ドライブイン松本は高速道路が延びる(長野道、上信越道)につれ寄る客は減っていき
バスツアーはやはり時間調整で寄ったりも続いていたようですがやはり先細り・・・・
何度か改装したようですが20年ほど前に潰れてしまったようです・・・・
あの山菜そばまた食べたいなぁ〜・・・・・
ps 文中の彼女とは今の嫁ですのでいらぬ心配無用です(^_^;)
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こちら有名なプリティウーマンのワンシーン
ギアさんがジュリアさんに宝石を借りてきて見せてるところ
ジュリアさんが手を出そうとすると
ギアさんが蓋をパッカンっ! って閉じるいたずら
いいねえ〜 これってギアさんのアドリブ
だからジュリアさん演技じゃなしにこのいたずらに本気の自然に笑ってます
ギアさんもしてやったりの笑顔が良いですね〜
これまでが前振り・・・
ふつおのある朝
目覚ましで目覚めて膀胱が決壊寸前である事に気がついた。
かなりやばい! これはヤバい!
あわてて階下のトイレに階段を駆け下りる!
かなりやばい!
ところが前に女衆が入ってたようだ
便座!と蓋!が下りている!
くっそ〜 この忙しい時に〜〜〜
左手で便座の下に手を入れておりゃっって持ち上げると同時に右手でズボンからマラを出して放水開始!
ところがっ!
左手で上げた便座と蓋が最上部まで開いたと思ったら そこで止まらずに
反動で閉まってきた!
放水中である!
惨事を防ぐために閉まるのを止めようと腰を沈めて前へ出た瞬間!
なんとっ!便座の上にマラが入ってしもた
蓋が間髪入れず
上からパッカンっって!
ふにゃまらを挟み込みよった〜〜〜
言葉にしろ わからねエ (byゾロ)
若い頃のように 朝多少のカチカチマラなら多少が抗えたであろうが
ふにゃまらでパッカンっって挟まれたら・・・・・・・
トイレットペーパーで粗相した大参事の床を拭きながら。。。 激痛で目が潤みながら・・・・
朝っぱらから
「神様 私 なんか悪い事しました?」・・・・・・・・(T_T)
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