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心理学博士ジョン・グレイ著「ベストフレンド、ベストカップル」という本がある。 恋愛や男女の根本的な違いについて書かれたベストセラー本である。 男女が仲良くやっていくために、必要な7つの心の習慣をあげているー 1) 愛情(人との交わり、統合し、分かち合う態度) 2) 思いやり(相手の欲求に答えたい、相手が幸せになるように心を配ること) 3) 理解(相手の言葉や感情や状況を相手の立場にたってそのまま受け入れる) 4) 尊重(相手がありのままでいられるように相手の人間性の価値、権利、希望、欲求を認める) 5) 評価(相手の努力や行為の値打ちを認める) 6) 受け入れる(相手の存在や行動を進んで受け入れる、感謝に値する人) 7) 信頼(相手のいいところを認める) 両者にとって大切なのは、愛情であることは間違いないが、ここで、女性にとって一番大切なのは、思いやり、理解、尊重であるのに対し、男性にとっては評価、受け入れられること、信頼されることが一番大切なことだと博士は言う。 なるほど、女の人は、寂しいときに一緒にいてもらいたい、自分が特別な存在であるということを常に知らされていたい、自分の話を「うん、うん」と聞いてくれることや「君はどうしたいの?」「僕はこうしたいけど、君はそれで大丈夫?」と自分の意見を尊重してくれるようなやりとりを望んでいる。 女性は、男性が自分のそのような欲求を満たしてくれないと、相手を変えようと必死になる傾向があるように思う。 相手が自分の思い通りに変わらないと、心のなかで相手を恨みはじめる。 その怒りの捌け口として、相手に批判的になったり、相手を傷つけるような言動に走ってしまう。 そうすれば、いつか、彼が変わると信じ込んでいるから。(これは、逆効果だね!) 男性にしてみれば、その遠まわしな「彼氏改造計画」は、意味不明のヒステリーにしかうつらないだろう。 男性は、ありのままの自分を愛してくれて、受け入れてくれる女性を求めているのではないかと思う。 「今のままのあなたでは駄目。十分ではないのよ。」と言われるほど、相手にとって自信を失うことはない。 博士によると、男の人は、自分の存在やがんばり、努力や行動自体を評価してもらいたい、褒められたいという欲求に突き動かされている。 そして、そのままの自分を認めてもらいたい、社会や人の役に立つために、ときに恋愛や女性よりも仕事を優先するというのが男性の特徴だそうだ。 また、一日100回愛していると言わなくても、ちゃんと愛しているということをもっと信頼してほしいというのが男性の言い分なのだろう。 「もし、君が好きでなければ、一緒にいないよ。それくらい、わからないの?」という具合に。 それなのに、女性は、映画やテレビドラマのようなロマンチックな言葉や、自分が最優先順位に置かれて、プリンセスのように扱われることを期待している。 男性が、仕事でがんばっていることを評価せず、忙しい合間をぬって女性と時間を過ごそうとしている努力や行為は無視して、自分を特別扱いしてくれないことに腹を立てて、相手を変えようとする。 女性は、優しい言葉や思いやりがはっきりわかる方法で与えられないと、「自分はもう愛されていないんだ。」と絶望感にひたってしまう。 対して、男性も男性で、女性が何を求めているのかに耳を傾けず、自分のやりたいことや生きがいだけに夢中になってしまう傾向がある。 女性が、言葉にしてはっきりと言われなければ、万事がうまくいっていると思い込んでいて、自分から積極的に女性を思いやることや理解しようとすること、尊重することをおざなりにする。 これでは、男と女は、根本的にうまくいくはずがない! 結局、みんな自分の欲求を相手が満たしてくれることを期待しているから、腹が立つし、うまくいかなくなるのだと思う。 聖書のなかに、サマリヤの女のお話が出てくる。 旅の疲れを休もうとしているイエスがサマリヤの女に出会い、井戸の水を求めて話しかけたところから、この異邦人が霊的に変えられて、救われていく姿を描いた記事である。 「あなたには夫が5人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。」 イエスは、はじめて会ったこの女性が過去に5回も結婚や離婚を繰り返していたことを言い当てる。 このサマリヤの女が何故、5回も結婚や離婚を繰り返したのかについて聖書は詳しく語っていない。 ある方の祈りから気付かされたことだが、彼女は、自分の心の渇きを満たすために、男性に頼って生きてきたに違いない。 誰かに出会う。 この人こそ、自分を幸せにしてくれるに違いないと胸を躍らせる。 でも、しばらく一緒にいると、不平不満にさいなまれる。 誰と一緒にいても満たされない。 彼女の心を満たしてくれる人がいない。 寂しいとき、ずっと一緒にいてくれる人がいない。 彼女に愛情を持って、思いやりと理解、尊重を与えてくれる男性がいなかったのだ。 そして、おそらく、彼女と時を過ごした男性もまた、彼女に自分のがんばりや存在を評価されることがなく、ありのままの自分をよしとされず、自分のいいところを認めてもらえなかったから、彼女を去っていったのかもしれない。 「この水を飲むものはだれでも渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者は誰でも乾くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命への水が湧き出ます。」(ヨハネ4:13−14) 結局、人間の心の空洞を埋めてくださるのは、イエスキリストだけだ。 もちろん、目の前にいる誰かにすがりたい、愛してほしい、慰められたいという欲求を人間は拭い去ることができない。 でも、イエスにだけが与えることができる水を、人間の井戸から無理に汲み取ろうとしたところで、互いにカラカラになって、満たされるはずがないのだ。 そして、また、相手からもらおうとしていた愛情や理解、尊重、思いやり、評価、受け入れることや信頼をイエスが私たちに与えてくださっていることを受け入れ、信じたときから、私たちもまた、それらを自分自身に対して持ち続けていくことができるように思う。 自分の井戸が満たされたとき、はじめて、その水を汲んで人に与えることができる。 このように書くと、うまくまとまるのだが、頭で納得できても、人間は、右から左へ急に変われるわけではない。 それでも、気付くということの威力は大きい。 そこから、何かが変わっていくに違いない。 |
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ブログのお友達、チップモンクさんがいつもいつも僕に気付きをくれる記事を書かれます。今回はあまりに納得したので転載させていただきました。男と女の間には、深くて暗い川がある、誰も渡れぬ川なれど、エンヤこら今夜も船を出す。ローエンド、ロー。。。なんて歌が昔ありましたっけね。男と女の違い、他者性を理解し合えばきっとうまくいくんですよね。
2009/9/26(土) 午後 5:47
^^だから〜〜。祈り求めるのでしょうね〜
アーメン
2009/9/26(土) 午後 6:21
たまごさん>祈り求めることで、間を埋めてくださるんですね。
2009/9/26(土) 午後 6:42
素敵な記事ですね。すごく・・わかります。
女性とは・・・そうなんでしょうね。ここにかかれてるような、思いやり、理解、尊重・・そういった気持ちで相手がいてくれると安心するものかもしれません。
そして、男性の、記事に書かれているところも、私、ブログをやって男の人の本音とか本心とか、不安とか・・いろんな話を聞いてきて、だからこの記事にとっても共感できるところがあります。
2009/9/26(土) 午後 7:17
おっshioriちゃん、男の本音や本心を渡り歩いてきたんだね。男は案外ナイーブなのね。(笑)女は結構図太いのよね。(笑)
2009/9/26(土) 午後 7:19
すっごく納得・・・。良い記事!!
理解や尊重してもらったって思えると、すごく嬉しいですもん。
私は逆効果を何度かしたことがあるので心に響きまくりです><
この記事を転載してくれたルークさんに感謝のポチ!!
2009/9/26(土) 午後 7:50 [ - ]
なあさん>こんばんは。コメントとポチありがとう。
今のご主人はちゃんと理解してくれているかな。相手を尊重して接していくことがすなわち「愛」だよね。
2009/9/26(土) 午後 7:52
8:22さん>与えることが愛の第一歩ですね。人は弱いから奪うことにいつの間にか気が向いてしまう。
2009/9/26(土) 午後 10:46