昨日、記事にもしましたが、元牧師先生の牧師生活50周年祝賀会に行ってまいりました。
狭い会場に大勢の人、教会員だけでなく、いろいろな方が集まりました。
遠く青森からいらした方も。
会の中で、牧師先生のお話がありました。「牧師になったわけ 牧師をやめないわけ」と題して
お話されました。
とても心に残るお話でした。
1945年6月。終戦まであと2ヶ月というその時。先生は、疎開先の静岡で自転車に乗って中学校に
通っていたそうです。ある日の学校からの帰り道、空襲にあいました。近くにあった防空壕に避難した
そうです。そこには、ねこを抱えた老婆がいて、「どうせ死ぬなら家の近くで死んだ方がいいんじゃないか
と勧められたそうです。先生は、それもそうだと思い、自転車に乗って空襲の中、疎開先に向かい無事
帰れたそうです。
翌日、学校に行くためにまた、自転車に乗って走りました、あの防空壕がどうなっているか見に行ったら
焼夷弾の直撃にあい、跡形もなくなっていたそうです。あの時、防空壕を出なかったら自分は確実に
死んでいた。命拾いをしたその時思ったのが、「どうせ死んだ命。さて、これからどうやって生きていこう」
死んだ気になればなんだってできる。そう思って生きる決意をしたそうです。
もう一つの逸話がありました。
終戦を迎え、学校に行くと、墨を毎日すり、教科書に墨で担任教師が言った箇所を塗りつぶす作業をした
そうです。つまり、今まで学校で教わったこと、教師が教えたこと、政府の言ったこと、全て嘘だった。
もう何も信じない。これからは、何一つ信じないで生きていくことにしよう。
先生はそう思ったそうです。
何一つ信じないで生きるということはとても難しかったので、何か一つでも信じるものはないかと
思いあぐねた結果、「もしもこの世に神様がいるなら、それを信じてみよう」そう思ったそうです。
先生は、牧師を50年間続けました。
後悔したことは一度もないそうです。
その原動力であり強い意志である「誓い」は、日本の戦争が犯した過ちと命拾いした経験からきていたん
ですね。他にもよいお話をたくさんしていただきました。実り多い会でした。
先生から最後にカードを頂きました。
イエスが活動したイスラエルのガリラヤ湖畔に咲く花と聖句が書かれたカードです。
>死んだ気になればなんだってできる
この言葉に強く励まされました。
>「もしもこの世に神様がいるなら、それを信じてみよう」
そう思ったのが牧師になるきっかけとなったのでしょうね〜
長い牧師生活 本当にご苦労様でしたといいたいです。
2010/1/10(日) 午前 9:28
チャッピーさん>神様からの召命を受けるってすごいことですよね。みんな神様からこの世での働きを任命されて生きているんだと思います。それに気付いていかないともったいない生き方になってしまいますよね。
2010/1/10(日) 午後 5:13
綺麗なお花・・
牧師先生・・というか、戦時中に周りから教えられたことがウソが多かったという経験は、とても辛いものだったでしょうね。
牧師先生が生き残った意味は、きっとたくさんの人の中に見出すことが出来るでしょう・・・ルークさんの中にも。
2010/1/10(日) 午後 8:28
shioriちゃん>牧師先生が神様の器としてお働きになったことは、先生の元で信仰を育んだ多くの教会員の人の中に息づいていると思います。
もちろん僕の中にも。
2010/1/10(日) 午後 8:48
ルークさん、今年もよろしくお願いします♪
記事の更新を楽しみにしています。
2010/1/11(月) 午後 0:02
とんちさん>今年も宜しくお願いします。
南国の風を吹き込んでくださる記事をまた楽しみにしています。
2010/1/11(月) 午後 6:06