2012/10/10(水) 午後 3:49
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繰り返しになって、ごめんなさい。
晴佐久神父が「救われない人はいない」とおっしゃるのは、ご自分が(幼児洗礼を受け、司祭を志していたのに、)大失恋して、すべての神学が無意味に思え、何もする気がなくなって、それこそ、闇の中に深く沈んだような状況だったとき、「わたしはある。あなたもあれ」という存在が神なのだと気づいた。 それで、すべてがわかったような気持ちになった。「お前のままでいいから、そこに存在せよ」というのが神の愛で、それを伝えていけばいい、と神父への道に戻った。だから、それだけを伝えるためにいる、と。 多摩教会のHPには、教会名の下にメッセージがあるそうです。(一行ね) ご覧ください(回し者?) |





