今日、「天国の窓」という冊子が手元に届いた。
偶然見つけた、 「福音の村」というサイトで、
この人の本を知った。
この人は、1957年生まれ。僕と同じ年に生まれた。
晴佐久昌英神父。同じ年に生まれた偶然はもしかしたら必然であったのかもしれない。
この人の言葉にどれだけ、今まで励まされ、希望を見いだしてきたかわからない。
彼は言う。「現代社会には、愛が足りない。知恵も感性も足りない。しかし、今の世界に
最も足りないのは、魂を救う美しい言葉だ。暖かくて、簡潔で、永遠の輝きを感じさせ、人に
生きる希望を与える言葉。」
晴佐久神父の言葉は人を引き寄せ、救いへと導く。彼の元には人が集まり、洗礼を受ける人も
何百人単位なのだ。
また、彼の説教は、福音を解説するのではなく、「宣言」するのだ。
[「あなたは、すでに救われている」と言い切る。
救われているのだから、「感謝」することこそ、信仰なのだと。
罪に悩み、苦しみ、試練からどん底に追いやられた自分でも、「救われている」と宣言してくれるのだ。
僕は、彼のように、人を救いへと導く仕事にあこがれる。
小学校の教師という仕事を選んだきっかけは、弱い立場にある子ども達を救いたいという単純な
発想からだったのかもしれない。
でも、僕は人を救えたとは思っていない。
救われなければいけなかったのは、自分自身たったのだ。
敬愛する、晴佐久神父様。密かにご活躍を楽しみながら、また祈りを持ってこれからも
神様の愛を宣言するお仕事を応援しています。
晴佐久神父の、大学での講義を是非一度聴いてください。
「俗は聖の器」
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