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【クリスチャンのつぶやき】この祈り 君に届け

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 この本は何度も繰り返し読んでそしていつも新たな発見があります。時々この本の中身を紹介しようと思います。今日はマグダラのマリアの巻です。

 マリアマグダレーナ 抜粋

女性の読者ならおわかりでしょう。男から男を遍歴する女性は必ずしも激しい情慾の持ち主とは限らないでしょう。そういう女性の中には何か渇えたものを心にかくしていて、それを男に求めるが決して充たされない。だからまた次の男を探して歩く。そんな女性だっているはずです。
 彼女の渇えたものは何か。それは一言では言えないでしょう。自らの全てを貫いてくれる絶対的な愛か。それとも身も心も充足させる充実感か。そういう激しい渇きマグダラのマリアもイエスに会うまでは持っていたと考えられます。
 だから彼女は一人一人の男のなかにそれをみつけようとした。しかし、愛慾というものは一時の陶酔を彼女に与えても、絶対的な満足をもたらしはしない。
 だから彼女はまた男を変える、変えても最後に残るのは苦い幻滅と自己嫌悪です。そして、言いようのない空虚感です。一つの空虚感を味わう度、それを充たすため別の男の所に走る。そして彼女はふたたび心に傷つかねばならぬ。
 彼女は愛に渇えていた。渇えていたからこそ、愛ならぬ愛慾でその渇を癒そうとしていた。
 だがイエスは人々に愛慾ではなく、愛の話を語った。その時彼女は自らの渇を本当に癒すものが何であるのかを一挙に知ったのでしょう。自らが男達に求めていたもの、愛慾の中で見いだそうとしていたXはここにあると霊感にうたれたように察知したのでしょう。
「わたしが与える水を飲むものは永遠に渇くことがない」
この聖書の言葉はこのまま彼女にあたります。それ以後、マグダラのマリアはイエスの弟子団の一人となったのでした。
 マグダラのマリアは愛慾の世界の限界を身をもって体験したから、本当の充足を知ったといえます。
驚くべきことにそれら愛慾をイエスは否定していないのです。
イエスの教えの特徴は人間的なものを放棄せよと言わぬ点です。彼が言うのはそれら人間的なものを「絶対化するな」「より高きものに移行せよ」ということなのです。

恋愛依存症の心理分析

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「なぜ、つらい恋ののめりこむのか」という副題がついたこの本をなんど繰り返し読んだことだろう。
恋愛依存症の最大の特徴は相手に対して過度の時間を与えることです。とりつかれたようにパートナーのことを考え、一緒にいたい、触れていたい、語りかけていたい、話を聞きたい、そして愛され、大切にされたいと思うのです。こんなこと普通じゃないかと思われる方もいるかもしれませんが、それが病的になるのが依存症です。
 「あなたとは、生きていけない、でも、あなた無しでも生きていけない」という著者のたとえは実によく言い表していると思います。
 心当たりの方は、この本を是非ご一読いただきたいです。そして、少しでも自分の生き方みつける道しるべになればと思います。

神との対話

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  9月25日
午前三時のおむつを替えなければならない赤ん坊に、
毎月一日に支払わなければならない請求書に、神性を見る。
配偶者を襲う病に、奪われた職に、
子どもの発熱に、親の苦痛に神の手を見る。
それができたら、聖者だろう。
 4月24日
セックスは大いなる愛の表現である。
他者への愛、自分への愛
生命への愛の表現だ。
だから、あなたがたは
セックスを愛すべきだ。

 この本は、毎日1つずつ読み進めていく形式で語りかけられている。

この本に出会ってから、僕は魂の解放を経験した。

大きな木

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THE GIVING TREE という原題「与え続ける木」という訳の方が的を得ているとおもうのだが、、。
 むかし、りんごの木があって、かわいいちびっ子となかよし。まいにちちびっ子はやってきて、木の葉をあつめ、木によじ登り、枝にぶらさがり、りんごを食べる。
 ちびっこはやがてどんどん大きく成長するたびにこの木からいろいろなものを持っていってしまう。
最後には切り株になってしまうが、それでも「木はうれしかった」というフレーズが繰り返される。
 与える愛 これがこの本のメッセージだと感じた。

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エルフィーのことを、はなします。エルフィーは、せかいでいちばん、すばらしい犬です。
ぼくたちは、いっしょに大きくなりました。
でも、エルフィーのほうが、ずっとはやく、大きくなったよ。
 中略
ときどき、エルフィーがわるさをすると、うちのかぞくは、すごくおこった。
でも、エルフィーをしかっていながら みんなはエルフィーのことだいすきだった。
すきなら、すきと いってやればよかったのに
だれも、いってやらなかった。いわなくても、わかるとおもっていたんだね。
 中略
ぼくは、エルフィーに、やわらかいまくらをやって、ねるまえには、かならず
「エルフィー、ずーっと、だいすきだよ」っていってやった。
エルフィーはきっとわかってくれたよね。
ある朝、目をさますと エルフィーが死んでいた。
よるのあいだに、死んだんだ。
ぼくたちは、エルフィーをにわにうめた。みんな、ないて かたをだきあった。
にいさんやいもうとも、エルフィーがすきだった。でも、すきっていってやらなかった。
ぼくだって、かなしくてたまらなかったけど、いくらか、きもちがらくだった。
だってまいばんエルフィーに「ずーっと、だいすきだよ」っていってやっていたからね。
 中略
いつかぼくも、ほかの犬を、かうだろうし、子ネコやキンギョもかうだろう。
なにをかっても、まいばんきっと、いってやるんだ。
「ずーっと、ずっと、だいすきだよ」って。

小学校1年生の国語の教科書に載っている絵本です。
涙が止まらなくなるほど、心をうたれました。

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