St.Valentine's Day バレンタインは、ヴァレンティヌス(Valentinus)の英語読みです。 彼は、紀元3世紀に実在し、269年頃の2月14日にイタリアのテルニで殉教したローマの司祭であったと言われています。 彼自身に関する歴史的記録はほとんどありませんが、彼にちなんで伝えられている物語や伝説はたくさんあります。 当時のヴァレリアヌス皇帝は、ローマ軍の兵士たちの結婚を禁じていたのに、ヴァレンタインは構わずに若い男女の結婚式を司式したので、恋人たちの味方ということになった話。 修道士時代、ヴァレンタインは一つの誓願を立て、町々を訪ねては悲しんでいる人々に、毎日一人ずつに聖書の愛の言葉を書き送る奉仕を生涯続けたという伝説。 彼が後に投獄された時にも、窓に来る鳩に託して、木の葉に書いた慰めの言葉を送り続けたとさえ言われています。 さらに、この季節になると小鳥たちが愛の営みを始めるので、恋愛の守護者ということになったという説もあります。 いずれにしても、春の先ぶれのこの季節に記念されるのがこの「愛の使徒」ヴァレンタインです。 神の愛の実現のために終生努力したことと、自然界や男女の愛の現実とが混同して、さまざまなヴァレンタイン伝説が生まれました。 迫害のただ中で、キリストの愛を伝えるために、クラウディウス皇帝によって処刑されるまで、懸命に奉仕した、この古代の殉教者の精神を忘れてはならないでしょう。 ほぼ同じ時代に、同名の主教たちがいたことも知られており、それぞれの伝承の混同もあったらしいのですが、日本独特の習慣となっているチョコレートのプレゼントが、ヴァレンタインと何の関わりもないことは言うまでもありません。日本の製菓会社の商業主義にみごろにのせられて流行したこの習慣はその真の意味を見失った形で広まってしまいました。 この日は、神様の愛について考え、特に一人で寂しく過ごす知人や悲しむ人、悩める人への連絡をして自分なりの愛の表現をしていくことにこそ、意義があるのかもしれません。 愛を発見する
ニックス・マルティネス バレンタインデーにプレゼントをあげる相手がいなくて寂しく思っている人がいるなら、これをその人に捧げます。 バラの花もハート型の箱に入ったチョコレートも、ロマンチックなカードももらわない、あるいは、あげる相手がいない・・・誰でもそういった経験があるはずです。ともすれば落ち込んでしまいますね。周りのカップルは手に手をとって街を歩いているのに、自分はたった一人で、空に暗い雲が集まるのをじっと見つめながら、目に涙があふれてくるのです。 こんな日に、大切な誰かがいてくれたら…そして相手にとっても自分が特別な存在であると知ることができたなら、どんなに素晴らしいでしょう! もう一度、空の雲を見上げて下さい。そこには明るい希望があります。上からの暖かい光線が、陰気な灰色の雲の縁に、光り輝くほのかな銀色の色彩を投げかけているでしょう。 もしかしたら、あなたが今日一人ぼっちでいるのは、あの素晴らしい暖かな光を与えて下さる方があなたといたいからかも知れません。そんな風に考えたことはないかもしれませんが、バレンタインデーには、神にも愛する恋人が必要なんです。大切に、胸にしっかりと抱きしめる誰かが。もしかしたら、神はあなたをご自分の大切な恋人として取っておきたかったのかも…。 神の恋人になるなら、ぜったいに幸せになれるという保証つきです。どうしてですって? 神は愛の本質そのものだからです。そのパワーの源にリンクすれば、最も素晴らしいことが起こり得ます。もう一人ぼっちではなくなり、人を見てうらやましく思うこともなくなるのです。愛である神を心の内に招き入れるならば、神は、2月14日だけでなく、今から永遠に、あなたのものとなって下さるのですから。 ハッピー・バレンタインデー! |
キリスト教入門
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つたない知識の範囲でキリスト教を少しでも多くの方に知っていただこうと開設した書庫です。聖画なども載せています。
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信仰によって未来が見通せるものではない。信仰とは、ただ未来に導いてくださるお方を知り、そのお方を愛しているということだ
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ルカによる福音書 2章21節 八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から 示された名である。 4本のローソクに灯りが灯りました。
今日は主の降誕を祝う日曜日。世界中がこの日、祈りに包まれます。 地球規模の祈りです。 みなさんは、何を祈りますか。 地球は今、急速に「愛の星」に向かっています。 「愛」こそ地球を救う唯一の手段です。 イエスキリストは、十字架に架かるためにこの世に生まれました。 誕生物語はそのまま、死の物語へと繋がっているのです。 クリスマスの色、緑と赤は、命と血を意味しているといいます。 イエスキリストの生と死を想起しましょう。 そして祈りましょう。 世界の平和を 家族の平安を クリスマスおめでとう。 救いの主は生まれたもう。 |
いよいよアドヴェントクランツに3本のローソクが灯ります。 1ヶ月間待ちに待ったクリスマスを迎える週がやってきたのです。 「待つ」ということについて考えてみましょう。 人と待ち合わせをして相手が遅れた場合、 私たちは時間が来たからと行ってすぐにそこを立ち去ることなく しばらく「待つ」はずです。 なぜなら相手が必ず「やってくる」と信じているからです。 相手に対する信頼が前提にあって「待つ」ことができるのです。 そしてその裏には相手との「約束」があるからです。 「待つ」とは「約束」と「信頼」の上になりたつ行為なのです。 キリストは必ずやってくる。これは神との約束でした。 だから人々は「待ち」続けたのです。 ♪久しく待ちにし 救いの主来たり とらわれの民を 解き放ちたまえ 喜べ インマヌエル 来たりて 救いたもう♪ 讃美歌21 231番 ※ インマヌエル=ヘブル語で「神 我らと共にいます」という意味 |
マタイによる福音書2章16節 さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者達に確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。こうして預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した。 「ラマで声が聞こえた。 激しく嘆き悲しむ声だ。 ラケルは子どもたちのことで泣き、慰めてもらおうともしない、 子どもたちがもういないから。」 もう一つのクリスマス物語です。
第二アドヴェントにふさわしくないかもしれませんが知っていただきたいお話です。 当時のユダヤ人の王「ヘロデ」は占星術によりベツレヘムにキリストが生まれるという預言をたいへん恐れていました。 そこで占星術師達を読んで詳しく調べるように命じたのです。 占星術士達は星を見つけイエスの誕生に立ち会います。 しかしその帰り道「ヘロデ王の所に帰るな」とのお告げを受け、別の道を通って自分たちの土地に帰ってしまいます。 騙されたことを知ったヘロデ王はベツレヘム周辺の乳児を一人残らず殺させたというお話です。 人間はなんて残酷なのでしょう。イエスの誕生と引き替えに多くの犠牲者が出たのです。 何故?とつぶやかざるを得ない出来事です。 旧約聖書エレミヤ書ではすでにこの出来事を預言していました。 人間の愚かさ。権力者の殺戮。これは過去に起こった悲惨な出来事ではありません。 現在の私たちの社会にも同じことは繰り返し起こっているではありませんか。 例えば、耐震強度偽造問題。まさに殺人的な建築物を平気で造ってしまう構造。権力とお金がうずまく中で起こってしまった悲劇です。 毎週のように繰り返されている幼児や児童の殺人被害。 イエスが生まれた当時の社会も今も何も変わっていない。人間は罪深い。 だからこそ救い主の贖いなしに救いはあり得ないのです。 歴史を見て学ばなければならないことはたくさんあるのに、何度も何度も同じような罪を繰り返しているそれを防ぐ術も知らない。 クリスマスは今年もやってきます。しかし、世の中は暗いニュースでいっぱいです。 共に主を待ち望みましょう。 世界に平安あれ!神よ我らと共にあれ!! |




