神様へのメール

【クリスチャンのつぶやき】この祈り 君に届け

キリスト教入門

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つたない知識の範囲でキリスト教を少しでも多くの方に知っていただこうと開設した書庫です。聖画なども載せています。
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アドヴェント第二主日

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       マタイによる福音書2章16節
さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者達に確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。こうして預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した。
 「ラマで声が聞こえた。
  激しく嘆き悲しむ声だ。
  ラケルは子どもたちのことで泣き、慰めてもらおうともしない、
  子どもたちがもういないから。」
もう一つのクリスマス物語です。
第二アドヴェントにふさわしくないかもしれませんが知っていただきたいお話です。
当時のユダヤ人の王「ヘロデ」は占星術によりベツレヘムにキリストが生まれるという預言をたいへん恐れていました。
そこで占星術師達を読んで詳しく調べるように命じたのです。
占星術士達は星を見つけイエスの誕生に立ち会います。
しかしその帰り道「ヘロデ王の所に帰るな」とのお告げを受け、別の道を通って自分たちの土地に帰ってしまいます。
 騙されたことを知ったヘロデ王はベツレヘム周辺の乳児を一人残らず殺させたというお話です。
人間はなんて残酷なのでしょう。イエスの誕生と引き替えに多くの犠牲者が出たのです。
何故?とつぶやかざるを得ない出来事です。
旧約聖書エレミヤ書ではすでにこの出来事を預言していました。
人間の愚かさ。権力者の殺戮。これは過去に起こった悲惨な出来事ではありません。
現在の私たちの社会にも同じことは繰り返し起こっているではありませんか。
例えば、耐震強度偽造問題。まさに殺人的な建築物を平気で造ってしまう構造。権力とお金がうずまく中で起こってしまった悲劇です。
毎週のように繰り返されている幼児や児童の殺人被害。アメリカなどではこうした事件は毎日どこかで起こっていると言われています。
イエスが生まれた当時の社会も今も何も変わっていない。人間は罪深い。
だからこそ救い主の贖いなしに救いはあり得ないのです。
歴史を見て学ばなければならないことはたくさんあるのに、何度も何度も同じような罪を繰り返しているそれを防ぐ術も知らない。
クリスマスは今年もやってきます。しかし、世の中は暗いニュースでいっぱいです。
共に主を待ち望みましょう。
世界に平安あれ!神よ我らと共にあれ!!

アドヴェント第一主日

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アドヴェント(待降節)は、毎年、11月30日に最も近い日曜日から始まります。
今年は、今日、12月3日が第一アドヴェントです。
この日からクリスマスの飾りをして特別な礼拝を守ります。
  ルカによる福音書2章節〜
そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおのの自分の町へ旅立った。

「その頃全世界の人口調査をせよとの勅令が皇帝アウグストから出された」

聖書はこの歴史的事実を淡々と書き記しています。

すでに天使のお告げにより、身ごもっていたマリアは夫ヨセフとともに住民登録をする旅に出ます。

ユダヤのベツレヘムに着いた頃、マリアは破水し、いよいよ生まれるという段になって宿舎をさがします

しかし、その夜どの旅館も満室で断られてしまいます。

1軒だけ馬小屋なら空いていると言われた宿があり、二人はそこに泊まることにしました。

イエスは馬小屋で生まれ、飼い葉桶の中で産湯をつかったのです。

つまりイエスの誕生は最も卑しく、低く、社会的弱者の只中で起こった事実なのです。

神様は何故、そんな境遇にイエスを置かれたのでしょうか?

そしてやがてやってくるイエスの死も最も無惨で最も卑しい死に方でした。

イエスの誕生と死の境遇。から考えてもこのような人の言うことに誰が聴き従うでしょう。

しかし、33年間の彼の生涯は後々まで語り継げられていることも事実なのです。

それは2000年の時を経た現在でも世界中で彼の誕生を記念するイベントが執り行われているのです。

神様のなさることは時に適って美しい。

最も大きな存在となる彼を最も惨めな境遇に置かれた神様にはちゃんとお考えがあったのです。

「幸いなるかな最も小さき者たち、彼らは天国でもっとも大きな存在となるであろう。」

聖書の救いはこうしてごく限られたお金持ちや裕福な人々に対してむけられたのではありませんでした。

全ての人に福音(よき知らせ)は述べ伝えられ、全ての人が恵を受けることができるのです。

イエス誕生の謎となった馬小屋での出産はそのような神様の恵を象徴している出来事なのです。

受胎告知

          レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」
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     ルカによる福音書1章26節〜38節
六ヶ月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなた共におられる。」マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」天使は答えた。
「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリザベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六ヶ月になっている。神にできないことは何一つない。」マリアは言った。
「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで天使は去っていった。
もうすぐ、アドヴェント(待降節)ですね。町ではすでにクリスマスの飾り付けがされているようです。
イエス・キリストの誕生は、この天使ガブリエルによる、マリアへの「受胎告知」から話が始まります。
マリアが最後に天使に言った言葉。
let it be to me according to your word.
あの有名なビートルズの名曲「LET IT BE」はこの聖書の箇所から作詞されました。
 マリアの年齢は13才〜15才だったと言われています。いいなづけのヨセフはいましたが、彼女は処女でした。当時のイスラエルでは、未婚の母は死刑に値するほどの重罪です。ですから、天使から告知された内容はマリアにとって驚きでした。
 しかし、信仰深いマリアは言います。「お言葉どおり、この身に成りますように。」
 マリアを聖母とするカトリックと特別視しないプロテスタントではその教理に決定的な違いがありますが、マリアが特別に神様から選ばれたことに変わりはありません。
 マリアの死後、様々な伝説が生まれました。世界各地でマリアが現れたとする目撃証言が相次いでいたり、日本でも、木彫りのマリア像から101回に渡って涙が流されたと言うお話(写真参照)、フランスのルルドの泉で奇跡が今も起こっているというお話、数え切れないほどの不思議な現象があるようです。
  秋田の聖母マリア像
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アダムの創造

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 アダムの創造 ミケランジェロ

   創世記 1章24節〜31節
神は言われた。
「地は、それぞれの生き物を生み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに生み出せ。」
そのようになった。神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。神はこれを見てよしとされた。神は言われた。
「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」
神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。神は彼らを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物すべて支配せよ。」
神は言われた。
「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」
そのようになった。神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。
夕べがあり、朝があった。第六の日である。
創世記によると、神様は自分に似せて「人」を創造されたと書かれています。
つまり私たちは神様に似ている形をしているというわけです。
『この後、「人は独りでいるのはよくない。彼に合う助ける者を造ろう」とおっしゃり、アダムを深い眠りに落とされて、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。こういうわけで男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。』
聖書の記述は非常に深い比喩表現を使って書かれています。この記述は「進化論」とぶつかり合い常に議論の対象となってきました。人の起源は神の言葉によってなったという事実を信じることがキリスト者にとって信仰の礎となります。天地創造の過程はすべて神の言葉によってなったと言うことです。
進化論も正しい解釈でしょう。しかし、その進化の過程はすべて神様の力によって成し遂げられたということなのです。

サウロ(パウロ)の回心

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  使徒言行録9章
さて、サウロはなおも主の弟子達を脅迫し、殺そうと意気込んで、大祭司のところへ行き、ダマスコの諸会堂あての手紙を求めた。それはこの道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいた時、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜわたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れていった。サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった。
 新約聖書を開くと、始めに4つの福音書があり、その後にイエスの弟子達の活躍を綴った使徒言行録、続いてパウロから諸教会に宛てた手紙(牧会書簡)が並ぶ。パウロという人は新約聖書の大部分を書いた人なのです。
 さて、神のお告げを受けるということが本当にあるのでしょうか。聖書によると聖人と呼ばれる多くの聖者が神のお告げを受けています。最も有名なのが、イエスの母マリアの受胎告知です。
 パウロは、はじめサウロという名前でした。キリキアのタルソの豊かな家に生まれた人で、教育も十分に受け、やがて、律法学者たることを志してエルサレムに来ましたが、熱心なユダヤ教の信者として、当初はキリスト教徒の迫害につとめていました。彼はさらにキリスト教徒を弾圧すべく、ダマスコまで出かけて行きましたが、町の近くまで来た時に、突然光に打たれ、イエスの声を聞いて回心したのです。
 キリスト教が今日の姿にまでなったのは、他の誰よりもパウロに負うところが多いと言ってもよいでしょう。
 このように衝撃的で劇的に回心したパウロとまではいかなくても、イエスキリストは今も私たちに現れ回心を迫ります。それは聖書を通して悔い改めよとおっしゃっているのです。

 

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