今日はギターのことを書きます。
小学校6年生の時に、従兄弟のお兄さんが、ギターを弾いて聴かせてくれました。
当時流行っていたP.P.M.(ピーター、ポール、&マリー)の曲でした。
「花はどこへ行った」という歌です。
その時、「ギターが弾けるようになりたい」と思いました。
商店街に質屋さんがありました。質流れと呼ばれる品物が展示されていて、その中にクラシックギター
が、陳列されていたんです。
確か、4千円くらいだったと思います。
そのショーケースをいつも眺めながら、「あのギターが欲しい」と強く思っていました。
母に相談すると誕生日に買ってあげると言うので跳んで喜びました。中学1年生の誕生日のことでした。
そのギターには教本が付いていて、「真夜中のギター」という歌が最初に載っていました。
♪町のどこかに、淋しがり屋が一人、黙って夜明けまでギターを弾こうよ」確かこんな歌詞だったと
思います。
それをマスターするために毎日毎日ギターを弾き続けました。
一つの曲を覚えると次の曲が弾きたくなり、毎日のギター練習はそれからずっと続きました。
次に覚えようと思ったのが、S&G(サイモンとガーファンクル)です。「スカボロフェアー」という
曲がものすごく難しくて素敵なんです。必死でした。
ちょっと聴いてみてください。
ギターテクニックが抜群なんですよ。
スカボロフェア サイモンとガーファンクル
どうですか。素晴らしいギターでしょう。
それをマスターするのに、何ヶ月もかかりました。
それからというもの、ギターの練習を狂ったように続けました。
ジャンルはいつしか、フォークに。特に当時人気だった吉田拓郎さんの歌をひたすらコピーしたもので
す。拓郎にかぶれていたと言っても過言ではありません。
拓郎の歌を聴きながら、自分でも作詞作曲をするようになりました。
中学3年生の時に、ギタークラブを作ろうと先生から提案があり、僕は初代部長になりました。
そして中学の文化祭には、「フォーク喫茶」なるものをやりました。
即席でバンドを作って、これまた当時人気だった「かぐや姫」のコピーバンドをライブハウス風に
やりました。
そして高校生になるとすぐに、親友だった増田君と二人でバンドを結成「竹蜻蛉」というグループ名で
オーディションやコンサートにずいぶん出場しました。
曲はオリジナル中心でした、高校3年生の卒業までこのバンドを続けました。
話は飛んで、それからずっとギターを弾き続けていたわけですが、教員に採用されてからも
教室で子どもたちと一緒に、ギター伴奏で「みんなの歌」という歌集を使って朝の会や帰りの会で
ひたすら歌いました。一年間で歌集がボロボロになるほどみんなで歌いました。
ギターはこうしてずっと活躍し続けていたんです。
教員バンド、「ヒゲバンド」を結成して、地域行事や学校のイベントなどに出場もしました。
質流れ店で買ったギターは今でも家に置いてあります。
ギターを買い集めていつの間にか6台になってしまいました。
もう、そのギター達も活躍の場を失ってしまったので4台はハードオフに売ってしまいました。
一番高いギターは、「オベイション」というメーカーのエレアコギターで16万円しました。
そのギターを今は教会で使っています。
それがこれです。
いい音出すんですよね。
ギターと僕はこうしてずっと繋がり続けていました。
おじいさんになってもきっとギターを弾いているでしょう。(笑)