12月16日 ルールにとらわれない ルールや規則だけにとらわれて、人間がコチコチにこわばってしまっていませんか。 ルールや規則は、人間生活を混乱から守り、いろんな違いのある人々が互いを尊重して一緒に暮らせるよう助けます。 規則をつくるときは、何を本当に目的としているかをよく考えてからにしましょう。この規則をつくった結果、相手を尊重できるようになり、生活がもっとはっきりしてきましたか。目的を忘れて、ただむやみにルールにとらわれてしまうと、人間生活が狭くなり、自由がなくなり、コントロールが主な行動の動機となります。相手やまわりの人がルールに従わないので、いつもイライラしてフラストレーションが増し、文句を言ったり、怒りを爆発させたりして、みじめな人間になります。 たくさんのルールをつくって守れないよりも、少ないルールを皆で大切にして守った方が、人間生活が円滑にいきます。自分でつくった自分に課すルールや、まわりの人に課した規則の考察をしてみてください。それらは、本当に必要ですか。
西尾和美今日一日のアファメーションより抜粋
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心に響く言葉
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皆さんにも是非知っていただきたい心に響く言葉達を紹介しています。
12月12日 健全な与える人になる 長い間、自分のことはあとまわしにして、他人の世話をしたり、機嫌をとったりと「与える人」の役をやってきました。それがわかってからはバランスをとるよう、自分の世話に努力してきました。 自分にやさしく、自分に必要なものをリクエストする技術もだんだん身についてきました。自分を犠牲にすることだけが美徳ではないこともわかってきました。しぼり出しすぎて何も自分の中に残っていず、からっぽになっているのに、他人に与えようとするのは不可能であることも、身にしみて感じるようになりました。健全な与え方と、不健全な与え方の違いも少しづつ、見分けがついてきました。 健全な与え方をしたときは、心が晴ればれとし、被害者意識にさいなまれるようなことはありません。「あんなにやってあげたのに、お返しがこなかった」と思うようなことはありません。与えたいから与えるのであって、憐みや罪の意識、義務感から与えるのではありません。 健全な「与えられる人」になる練習をしましょう。
西尾和美今日一日のアファメーションより抜粋
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12月11日 相手の敏感な点に気を配る 長い間つき合ったり、一緒に暮らしていたりすると、その人の欠点や弱みが手にとるようにわかります。相手の弱いところ、敏感なところにつけこんで、相手の傷に塩をぬり込むようなことを言ったり、したりしたこともあるでしょう。 まわりの人の傷つきやすい点、敏感な点に気を配って、思いやりをこめたつきあい方をしてみましょう。 とくに、口げんかなどになったとき、相手のもろい部分をぐっさりつき刺すようなことを言うのは避けましょう。相手の言葉を注意深く聞き、その人の心の底にはどんな感情があるのか見きわめましょう。その感情を理解していることを相手に伝えましょう。それから、自分の言いたいことをはっきり、しかも相手をとがめずに述べてみましょう。 相手が非難したり、自分の弱みを攻撃してきたら「これは、敏感な点なので、少しやさしくしてください」と言ってみたり、「心の傷が深すぎるので、心の準備ができてきたら話しあいたいと思います」などと言って、ムダな傷つけあいの口げんかにストップをかけましょう。
西尾和美今日一日のアファメーションより抜粋
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12月9日 健全な心配りと、不健全な心配との違い 健全な心配りと、不健全な心配との違いを知りましょう。 最悪な事態を予測して、心配に心配を重ねて、何も手のつかないような状態になるのは、時間とエネルギーのムダです。 子どものとき不健全な家庭で育つ中で、いちばん怖れていたこと、心配していたことが本当に起こったりしました。心配してオロオロして過ごす状態が何回も繰り返されるうちに、それが普通のことになってしまいます。大入になったいまも心配させられるような状態に身を置きやすく、今度は何が起こるかとハラハラ心配しながら暮らすことになります。いつもいつも最悪の事態を想像して、動きがとれなくなってしまいます。 何の行動もとらないで心配を重ねるのは不健全な心配です。健全な心配りは、何かが起こったときに感じることを感じ、自分と相手に心配りをし、やさしい言葉をかけ、力づけたりサポートしたりします。そして、次にどうしたらいいかを考え、問題解決へと行動に移していきます。 健全な心配りと、不健全な心配との違いを知り、健全な心配りができるよう練習しましょう。
西尾和美今日一日のアファメーションより抜粋
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12月7日 “完壁な愛”を追い求めない 親から「お前は何の不自由もなく育てた」とか「本当に可愛がってやった」「お前は愛情をいっぱい受けて育った」と言われても、何となく愛情を心の底で感じないことはありませんか。これは親が子どもという“アイディア”を愛していたためで、人間として愛してもらえなかったせいかもしれません。親の言うことを聞いてお人形のようにしていれば可愛がってもらえたり、どんなにわがままを言っても、あまやかされ、制限をされず、むやみとあがめられて育ったりすると、本当の愛情を知りません。 そこで、大人になってもどこかで愛を得ようと必死になって探しまくります。愛人や恋人をつくっては捨て、つくっては捨てている人は、もらえなかったまぼろしの本当の愛を追い求めているのかもしれません。皆からちやほやされていないと愛を感じず空虚になってしまうので、それから逃げるために、得ることのできない究極の愛を追いかけてしまいます。 一つの人間関係に入ったら、自分にプレゼントをするようなつもりになって、一コマずつ愛を積み重ねていきましょう。ほかのもっと“完璧”そうな人にどんなにひかれても飛びつかないで、一つの人間関係の中で自分をじっくり見つめ、愛情を深めていく経験をしましょう。いてもたってもいられないような気持ちになったら、逃げないで自分を見捨てることのないようじっとしていましょう。 西尾和美今日一日のアファメーションより抜粋
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